第3話(六)

(……なんだこれ)

 翌朝。母親が朝ごはんを作ってくれて、間宮と共に三人で食卓を囲んでいるのだが───。

「………」

「………」

「………」

 沈黙がその場を支配していた。

(なぜ?)

 バレてんのか───。夜中にお風呂入ったり洗濯機使ったりしていたので、やはり怪しく思われてるんじゃなかろうか───。まあ、考えてみれば毎朝迎えにくるのも知ってるんだよな。

 間宮にいたっては後ろめたいものがあるのか、箸を手に取りながらチラチラ母親をうかがっている。

「間宮くん」

「は、ハイっ」

 母親が急に名前を呼んで、びっくりしたのか間宮の返事が裏返る。

「お母さんのとこに電話するから番号教えてくれる?」

「……あ、いえ」

 間宮が少し言い淀んで続ける。

「うち、放任って言うか……俺には構わないから、そういうのは大丈夫です」

「そういうわけにはいかないでしょ。今後のこともあるし、良い印象与えないと」

(……『今後』?)

 箸を止めて俺は怪訝に眉を寄せた。間宮も引っ掛かったようだが、おずおずと自宅の番号を教えていた。

「あ、高橋です。お世話になってます~」

 携帯ですぐさま電話をかけて、八割よそ行きの声で話している。

「いえっ、いいんですよ。息子さん良い子で~ええっ、また泊まりに来て下さいよ。うちはいつでも構いませんのでっ。いえいえ気にしなくて大丈夫ですよ~ええ。はい。ではこのまま学校送り出しますので。間宮さんもうちに来て下さいねっはい、では~」

 通話を切り、ふうと母親が息をつく。

 俺と間宮は電話中呆然と母親を見やった。

「───と、いうわけで」

 向かいに座る俺と間宮に真っ直ぐ目を向けて、

「そういうことするのはうちだけにしなさいね」

 母親が問題発言をぶつけてくる。

 ───サッと、血の気が引いた。

(……『そういうこと』って言うのは、つまり)

「すっ、すいませんでしたっ!」

 間宮が立ち上がって平謝りしている。

(謝るぐらいならはじめからすんじゃねぇ)

 イラっとしたが、気を落ち着かせて母親に目を向けた。探るように聞いてみる。

「……あの、いろいろ問題あるんですけど、認めてもらえるんでしょうか」

「な、わけないでしょ、ばかね」

「……………」

 ですよねー。

 俺はどうしたものかと天を仰いだ。

「でも」

 母親が一人食事を再開しながら続ける。

「とにかくとやかく言うことはしないことに今、決めたから。あとは勝手にしなさい」

「……………」

 じっと俺は母親を見た。

 ───猶予ってことかな、と思い、俺も食事を再開することにした。いつまでも立ってぽかんとしている間宮に目を向ける。

「おら、早く食えよ。学校遅れるぞ」

「……………」

 しばらく俺を間宮は見て───黙って座り箸を手に取る。

「………高橋家」っとボソッと間宮が呟いたのは、聞かないことにした───。


 * * *


「お前、親とあんま仲良くないの?」

 学校に送り出され、通学路を間宮と歩く中、気になったことを聞いてみる。間宮は眼鏡をかけていない目を泳がせた後、

「……受験に失敗してから、あんまり」

 言いづらそうに言うのに、俺は少し驚く。

「けっこう長いな。ずっとかよ」

「でも……学費は出してくれてるし……大学行くのが条件だけど」

「……ふーん」

 俺は荷物を持ってもらって手ぶらの両手を持て余しながら、「だったらさ」と切り出した。

「大学と同時に家出たら? なんならおんなじ大学行って一緒に暮らしてもいいし」

「───────」

 ぽかーんと間宮は俺を凝視した。

「なんだよ」

「それって……同棲って、こと?」

 ──────ど、

「同棲ってなんだよっ! 違うっそうじゃなくてっ」

「え、でも」

「違うっばか、」

 なんかやることやったら一緒にいる気満々みたいじゃないかっ。恥ずかしい!

 ぎゃあっ! と内心後悔してると、間宮が嬉々として畳み掛けてくる。

「いつ? 真純はどこの大学どこ行く気なの? 東京? マンションとか借りたりするの?」

「うるさいっまだ先の話だよ!」

「真純と同じ大学行けるように勉強頑張るね!」

「聞けよ話!」

 あーもう。と沸騰しそうな頭を触りながら、しょうがないな……と両手に二人分の荷物を抱え込んで嬉しそうな間宮を見た。眼鏡なしの間宮は無駄にイケメンだ。

(……ま、いっか)

 俺はそっと息を吐く。


 ───そんな未来も悪くない。


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