29.身内が陰謀論にハマってしまったらどうする?

●陰謀論がいつの間にかメジャーコンテンツに?


陰謀論とは何か?

それは証明と反証という過程を経ず、特定の個人や団体にとって有利だという状況証拠や動機だけで実在を囁かれている論説である。

簡単に言うと、

「得する人がいるんだから意図的にやっているに違いないんだよ」

という仮説、または噂といった感じだろう


私が子供の頃(30年以上前)は陰謀論はもっぱらオカルトに属するものだった。


ムーなどのオカルト雑誌の記事に取り上げられ、その突飛さと荒唐無稽さを娯楽として楽しむというのが陰謀論の主な役割だった。

マニアたちは半信半疑どころか、九割疑いの気持ちで陰謀論に触れ、残りの一割を

「もしかしたら本当かも・・・」

という気持ちで胸を熱くさせ楽しんだものである。

中には真に受けて信じてしまう重度のマニアもいたけれど、そういう人達も陰謀論は世間の常識の中では異端で、荒唐無稽扱いされること自体は当たり前だという認識があった。


しかし、現在の陰謀論はどうだろう。著名人や社会的に地位のある人が公の場でそれを口にし、あろうことかアメリカの大統領までが陰謀論を実在しているがごとく扱っている始末である


●陰謀論と親和性が高いインターネット


思うに陰謀論のメジャー化はインターネットの普及とともに起こったムーブメントであろう。


最初期の陰謀論とインターネットはまだオカルトの延長線上だった。

マニアたちはリアル社会では中々出会うことができない同好者をオンラインに求めて集まり、平和裏に情報交換をしていた。


この時点では陰謀論はまだ娯楽であって、現実社会の真理としては捉えていなかった。


しかし、インターネットは得てして声の大きな少数派が目立つ場所である。

ここで今までマニアの中でも「ヤバイ奴」扱いされて相手にされていなかった狂信的陰謀論者達が、発信メディアを手に入れて大きな声を上げ始めたのである。

このノイジーマイノリティたちは、文字通り狂信的な活動を行い、やがてその声の大きさで既存のマニア達を上回り、晴れてジャンルとして狂信的陰謀論はオカルト的な陰謀論から独立を果たしてしまったのである。

今までのオカルト的陰謀論は既存のメディアではあくまでサブカルチャーとして発信されていたし、マニアたちもそれをメインカルチャーに昇華させようなどとは思いもよらなったであろう。


しかし狂信的陰謀論者は陰謀論をメインカルチャー、いや、もはや文化ではなく世界の真実として真面目に情報を発信し始めたのである。


彼らからすれば陰謀論を拡散することは正義であり、親切心から世の真理を他人に説いているのであるから、その熱心さはもはや宗教家のそれであり、陰謀論はまるで教典のような「動かしがたい真理」になってしまったのである。彼らの中では。


●うちの親の例


うちの父親は昔から正義感が強い人だった。

そして公共道徳に対して強い関心があり、また権力者の良心に対して懐疑的であった。


そんな父は「美味しんぼ」を読んでは周囲に化学調味料の危険性を訴え家庭でそれを禁じ、「買ってはいけない」という本が流行った時は家中の生活用品を買い替えた。


そして心から周囲の安全な生活を願って、それを周囲にも勧めた。


当然周囲は父を変人扱いし、煙たげに扱った。

しかし当の父は自分は絶対に良いことをやっているという確信があったので、自己の親切心が受け入れられないことに大層腹を立てた。


だいぶ声を荒げて「真実」を受け入れない周囲を罵ったし、父の主張に反駁する主張やメディアはまるで異端に触れた宗教家の様に思考停止して強く拒絶した。


そして、そんな啓蒙すべき「真実」を定期的にどこからか拾ってきて、周囲に信仰を迫ったのであるから、実に迷惑な話である。


そんな父であるから、段々親戚付き合いや交友関係は狭まっていき、家族からも孤立していったのは言うまでもない事である。


●鬼に金棒、父にインターネット


そんな父の孤独を癒やしたのはインターネットだった。

現役で仕事をしていた時はあくまで趣味程度の利用だったが、引退して田舎に引きこもってからは、ほぼ毎日起きている間はインターネットで情報に触れているのではないだろうか。


そこで趣味が合う人と出会ってコミュニティに参加し、父の孤独はだいぶ癒やされたのだろう。


しかし、ここで思わぬ副産物が父にもたらされてしまったのである。


元々自分に都合の良い情報にしか触れない傾向があった父であったが、主体的に情報を集めるようになったのでよりその傾向が顕著になってしまったのだ。


テレビや新聞などから受動的に情報を得る場合は、必ずしも自分にとって都合の良いものばかりに触れられるわけではない。

中には今まで信じてきたことを真っ向から否定する決定的な情報に触れることもある。


しかし、インターネット等で主体的に集めた情報は、自分の意見を増幅する情報ばかりになる。

これは検索ワード等の絞り込みで無意識のうちに情報を取捨選択してしまっているからだ。


ここで父に起きた変化が陰謀論との出会いだ。

元々、社会は一部の権力者によって歪められていると信じている父にとっては、陰謀論は正に待ち望んでいた情報だったのだろう。


まるで砂地が水を吸収するかのようにどんどん陰謀論を自身に取り込んでいったのである。


●身内が陰謀論にハマってしまったらどうする?


ここでタイトル回収である。

今の父はすっかり陰謀論者として出来上がってしまっていて、アポロは月に行ってないと思っているし、コロナはただの風邪でワクチンは毒なのだ。


これはかなり頭の痛い事態である。


特に呼吸器官が弱い父はコロナに罹ったらイチコロだと思っているので、コロナ禍の時はかなり気を使った。


幸い(?)父は香害という香料アレルギーを持っているので(これは陰謀論ではなく実在する問題)、これを利用してとにかく不特定多数の人がいる公共の場には行かないように提言し、今のところは事なきを得ている。


しかし父は当然ワクチンは打たいないし、罹ってもコロナはただの風邪だから自分には関係ないと本気で信じている。


私はこの認識が誤っている事を指摘した時に父が意固地になるのを恐れて、上記のような別の理由を設けて父をコロナから遠ざけているのであるが、いつまでそれが通じるかどうか分からないし、出来れば平和裏に父の誤解と偏見を正したい。


いや、最終的にどうするかは勿論本人の意思であるから、そこは強制的にどうこうする気はないし、ミイラ取りがミイラになって偏った情報で洗脳する気もない。

それでは父の思い込みがすり替わるだけで根本的解決になっていないからだ。


私が望むのは、父に公平に情報を集める姿勢を身につけて貰うことだ。

一つの新しい情報に触れたら、同じ分だけそれを反証しようとする情報も集めて欲しい。


その上でやはり陰謀論を信じるというのであれば、もうそれは本人の判断だと思うので、その結果を私も受け入れることが出来る。


私がやりきれないのは、意固地さや思い込みからくる情報不足で、本来できたであろう本人にとって本当に正しい判断ができずに、誰かの用意した誘導に引っかかってその犠牲になることである。


私はこれを父に伝えたい。

しかしこれはかなり困難なことだと思う。


コロナ禍だけでも、陰謀論を信じた家族がいる家庭では意見の食い違いから多くの夫婦が離婚したり親子が仲違いしたことだと思う。


陰謀論者が疑っているのは国家などの既存の権力であり、しかもその権力は多層構造になっており、表に出ていない裏の権力者がいると思い込んでいる。


なので、いくら統計や医学の権威の発言等の客観的な情報を引用して説得しようとしても、統計は国家やマスメディアにコントロールされていると疑うし、医学の権威は権力者側の人間である(と陰謀論者は思っている)ので、陰謀論者は耳を傾けない。


このように、あらゆる自分にとって都合の悪い情報が、権力者の嘘か情報操作だとして陰謀論化されてしまうので、客観的な情報を提供しようがないのだ。


彼らは、自分に反対する意見は隠蔽工作だと捉えてしまっているわけだ。


こんな彼らに耳を傾けてもらう方法はあるのだろうか。


例え親子間の信頼関係を拠り所にしても、お互いに持論を信じてもらうのが信頼だと思っているので一歩も譲らないだろう。


情に訴えても同じことだ。


まるでカルトに入ってしまった親族を脱退させるような困難さがここにある。


やはり対立する立場から物を言っても相手の耳には一切届かないだろう。

ここはひとまず味方認定されて、味方側からの疑問として反証をぶつけるしかないのではないか。


●陰謀論者には寄り添いを


一部の悪意をもってデマを流布する輩は別として、多くの陰謀論者には悪意はない。

ここは皆意見が一致するところだと思う。


だからわざわざ自分で出向いて陰謀論者をやっつけたり論破したりする必要はないのだ。

あくまで実生活で触れ得る人にそういう傾向が現れて、自分の生活に影響が出そうであれば初めて対処が必要になるという具合のものであろう。

害のない陰謀論であれば、好きなだけ思い込ませてあげればいいのだ。

そして、親族や友人が正義感から陰謀論者になってしまった時、やるべきことは寄り添うことなのだと思う。


時間をかけて、相手の陰謀論に理解を示す。

相手の言う通りに実践することは難しくても、まず相手がロジックだと思っていることを分かろうとする姿勢が必要なのだと思う。


その上で納得できないところ、疑問に思うところは一緒に調べてくれとお願いするべきだ。


すると相手は自然と反証に触れる機会が増えるだろう。


例えば、相手がワクチンを打つことへ危険性を訴えれば、その考えが間違っていると言うのではなくて、一緒にワクチンへの疑念を調べた後、相手と同じ熱量で打たないことへの不安も伝えてみよう。


するとそれはもう陰謀論を打ち破るための攻撃ではなくて、あくまで同志の悩みとして受け取られるはずである。


そうやって反対側の意見に触れていくと、自然と視点が客観的な部分に落ち着いてくる。


相手はこちらの不安を解消しようと一生懸命反証を乗り越えられるロジックを探すわけだが、そこで

「自分にとって不利な情報は全て権力者の陰謀だ」

と主張しても他人の不安は解消されない事を知ることになる。


こうなると必要となるのは他人と共有できる事実、つまり客観的な事実をもった説得となるわけで、自然と公平な判断に近づいていくことになる。


私はこのやり方で父にワクチンを打つことによってどの様に重症化リスクを避けることが出来るのか調べてもらった。

私は肥満なので、コロナはかなり重量化リスクが有るのだ。

そしてワクチンによって重症化リスクを避けられるという明確な情報と同等かそれ以上のワクチンを打つほうが危険だという情報を父は探し出すことが出来なかった。


これにより、父は私がワクチンを打ったほうが良いのか打たないほうが良いのか判断できなくなり、持論のワクチン有害論は崩れていった。


いまだ自分がワクチンを打つところまでは至っていないが、上記の作業を呼吸器官疾患がある自分に当てはめてみる土台は既に出来上がったと思う。


そしてそういった事を繰り返すことにより、事実ではなく人々の願望に訴えかける陰謀論を疑う習慣を身に着けてほしいと思う。

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