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  • 第131話への応援コメント

    お大事になさってください。

    >私の次に来た人は、看護師さんにマイナンバーカードを渡して、暗証番号を教えていた

    致し方ないこととは思いつつ、本来はこのようなことを「してはいけない」ルールなので、ムムム…、という感じです。

    COVID-19が流行するまでは、インフルエンザの患者さんも、待合室で待っていたように記憶しています。COVID-19の可能性もあるので、「発熱患者さんは外で待機」というのは致し方ないようにも思ったり、COVID-19が2類感染症から5類感染症になったときの、「COVID-19の取り扱いをインフルエンザと同じにする」というお題目を唱えていた人が多かったことを思い出すと、「やはり扱いが違うよな」と思ったりです。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    今日は、一日、解熱剤を飲まないでも、平熱で過ごしております。
    いつも、専門的なコメントを頂き、勉強になります。
    この季節は、川線・山線さんにとっては、特に忙しい毎日と思います。お身体に気を付けて下さい。

  • 第125話への応援コメント

    やっていることは大人、でも道具は子供、そこに連続性がある、というところ何とも言えず感慨深いものがあると思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    やっぱり、急いで大人になって欲しくないな~なんて、思っちゃうんです(^^;)

  • 第119話への応援コメント

    おっしゃる通り、「正規の価格」×0.6で正解です。

    妻と買い出しに行っていつも驚くのが、彼女の記憶力です。買い物が終わった後、「ちょっと待って」と私の足を止め、毎回レシートとにらめっこ。「あれ、これはこの値段でよかったっけ?ちょっと待ってて」と言って値札を確認に行きます。彼女の勘違いと、値札のつけ間違い、3:7くらいで、彼女の方が正しいです。

    サービスコーナーに声をかけて、きっちり返金してもらうところ、偉いなぁーと思ってみています。

    私が独身の一人暮らし時代の買い物は、財布の中の金額を頭に入れて、必要なものを「多分これなら支払えるはず」という直感だけで買っていました。割引シールが張ってあれば、「ちょっと安くなるはず」とは考えましたが、「いくらになる」までは考えませんでした(暗算、苦手なもので…)。

    「家計を預かる者の責任感」と、「習慣」なんだろうなぁ、と思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    奥様の記憶力、凄いですね。私は、レシートの確認て、あまりしていませんでした。それ、大事ですね。次からは、やってみます。
    私も、家計を預かる者として、計算頑張ります(^^)/(電卓アプリで)

  • 第116話への応援コメント

    おっしゃる通りだと思います。たとえ、使用許可をもらっていたとしても、

    「市から使用許可をもらっているので、ここからこちら側には入らないようにしていただけますか?」

    といえば済むことです。そのようなものの言い方しかできない人は、そのような人生を歩んできたのだろうと思います。「人としてどうよ」と思いますよね。

    そんな姿を子供たちの前で見せて、自身は恥ずかしくないのだろうか(恥ずかしくないのでしょうね)、と思います。

    大変悲しいことだとおもいます。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    賛同して下さり、スッキリしました 💪(*^_^*)

  • 第115話への応援コメント

    「痛みが人の心を弱らせる」その通りだと思います。「緩和ケア」が重要なのは、大きくはその一点に集約されると思います。

    初期研修医の頃、師匠から我々初期研修医たちに、「君たちがどんな診療科に進もうとも、『心肺蘇生術』と『緩和ケア』についてはしっかり身につけておきなさい」と指導されたことを覚えています。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    病気になった時の辛さも、痛みも、経験しないとわからないですね。
    その経験が、病気になった人へかける言葉に、反映できるようにしたいと思いました。

  • 第106話への応援コメント

    システムが高度になって、普通の人では分からないようなトラブルで、どうしようもなくなること、ありますよね。昨日まで普通に動いていたのに、なぜ今日は立ち上がらない?とか、同じソフトで3分前は普通に印刷できたのに、なぜこっちの書類は印刷できずにエラーが出るの?など、PCにかかわる「普通の人にはわからない」トラブルでにっちもさっちもいかなくなること、しばしばですね。

    困った時の対応、やはり今でも「人」がしてくれると、安心ですね。

    作者からの返信

    コメントを、ありがとうございました。
    同感です。高度なシステムはいらないので、シンプルで人のぬくもりが感じられるサービスが良いなと思います(*^_^*)

  • 第104話への応援コメント

    血圧は常に変化しています。「24時間計測する血圧計」がありますが、そのデータを見ると常に上下しています。なので、一時的に高い数字は、あまり気にせずとも好いと思います。私が一度、外来診察中に患者さんと大喧嘩した後は、血圧は200を超えていました。本当に上がるときはそれくらい上がります。

    「高血圧」と「脳」の関係については、難しいところです。いわゆる「ストレス」がかかると血圧は高くなります。ストレスと血圧の関係は比較的ダイレクトです。ストレスを感じて脳から「血圧をあげるように」と身体に指令が出るのですが、これは「脳の病気」ではなく、自然の反応です。脳出血、脳梗塞、くも膜下出血の時にはびっくりするほど血圧は上がりますが、こんな時には、とてもではありませんが「普通」ではいられません。血圧云々ではなく、出ている症状で「救急車を呼ぶ」ことになります。脳出血、くも膜下出血など、出血している病態の時は緊急で血圧を下げますが、血管が詰まる「脳梗塞」の場合は、血圧が200を超えるようなことでない限りは、高血圧は「そのまま」で管理します。なので、「脳の病気」が「血圧」に影響を与えることはあまりないと思ってもらってよいです。

    腎機能と高血圧、ホルモンと高血圧は大きく関連するので、甲状腺の確認はされたとのことですが、その他の血圧をあげる働きのあるホルモンなどの評価も、もし行うなら行ったほうが良いと思います。ただし、50歳以上の年齢であれば、90%以上が、体質からくる「本態性高血圧」なので、そこまでがっつり検査するかどうか、というのも悩ましいところです。私は高血圧の患者さんで、少なくとも60歳を超えていれば、そこまで検査はしていません。

    血圧を測定するタイミングは、「時間」ではなく「状況で」というのはよいと思います。朝は、大体することが決まっているので、時間的にも一定になるかと思います。

    気になったことは1つあって、一つは、左右の腕の血圧差です。1回目の血圧が高い、ということはよくありますが、高齢の方では大血管の動脈硬化の影響で、左右の腕の血圧が異なることがあります。左と右で血圧差が20mmHgを超える場合には、血圧が低いほうの腕に行く動脈の根本近くで動脈硬化があり、血流障害を起こしている可能性があると考えるべき、とあります。一度、左右の腕で2回ずつ血圧を測定し、その平均値を見て、本当に左右差がないかチェックしたほうがよいかと思います。

    現在の血圧の平均値が135/80であれば、正常範囲だと思います。一応、収縮期血圧(上の血圧)が130未満を「至適血圧」、130~140を「正常高値」と呼んでいます。「正常高値」の方のほうが「高血圧に移行しやすい」ので注意、とされています。まもなく改定される高血圧ガイドライン2025では、年齢によらず135/85を超えるものを高血圧としていますが、今までのガイドライン2019では、自宅血圧の目標値は135/85とされているので、数値としては「合格」だと思います。

    作者からの返信

    とても詳しいコメントを、ありがとうございました。
    「合格」をいただき、安心しました(*^_^*)
    左右2回ずつで、左右差のチェック、やってみます。

    それにしても、血圧200って、凄いですね。とても失礼な患者さんだった事と想像致します💦
    ストレスって、いろいろな症状で現れるのですね。気を付けながら、穏やかに、過ごしたいと思います。

  • 第99話への応援コメント

    我が家でも、キッチンにつるしてあるカレンダーに予定を書き込むこと、というルールになってます。スケジュール管理、慣れたスタイルが一番ですよね。

  • 第95話への応援コメント

    ハーゲンダッツが200円、とは破格の値段ですね。

    我が家では、ハーゲンダッツを食べるときは家族全員分買ってきて、家族全員でテーブルを囲み、みんなで「いただきます!」をして食べてます。食事の時もそうですが、特別なものを食べるときは、そんな感じです。

    夫さん、自分で食べたことを忘れるのはよろしくないですね。2つ買ってもらっていて、1個しか残っていなければ、気が付くと思うのですが…。

    みずえさんの心のつぶやき、我が家では私への「説教」になると思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    川線・山線さんのお家は、一家団欒と言う言葉が合うお家ですね。
    我が家は、バラバラです。仲が悪い訳ではないのですが(^^;)

  • 第94話への応援コメント

    おっしゃること、よくわかります。YouTubeのショート動画でも、「『これはなんだ』問題」の動画を見て、イラストを見ても答えが分からないこと、よくあります。

    「竹細工のザル」は確かに今では見ることは稀ですね。むしろ、金属製のものやプラスティック製の、今の台所でよく見る「ザル」を出す方が分かりやすいでしょうね。

    私が小学生だった昭和50年代と、令和の今では、「時代が違う」のだろうなぁ、なんてことを思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました(^_^)

  • 第91話への応援コメント

    今まで気にしていませんでしたが、確かに「お客さま」ではないよな~、と思います。時に怪しげなDMに「あなた様への重要なお知らせ」なんて表現が使われていますが、日本年金機構は、これに倣って「あなた様への大切なお知らせ」としたほうが、通りは良いように思いました。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    「あなた様への大切なお知らせ」、良いですね!

  • 第89話への応援コメント

    それほどおしゃれにこだわりのない男性では、気に入った少数の服を着回しする傾向にあると思います(私がそう)。あまり洋服に「冒険」をしないのです。

    私も普段着は、高校時代から装いが変わりません。妻から「こんなの着てみては」と提案された服も、なぜか着ないままに「タンスの肥やし」状態です。

    うちの親子は、背の高さはほぼ同じ(家族全員160cm前半)なのですが、息子たちと私では「横幅」が大きく違うので(恥)、私の服を子供たちが着ると、ブカブカです。ただ、長男はネクタイを締めることが多くなったので、ネクタイは彼のものだけでなく、私のものを貸してあげることも多いです。ちょっとうれしいです。

    作者からの返信

    貴重な、男性目線のご意見、ありがとうございました。そうか!「拘りが薄い」んですね。納得です(^^)/

    ネクタイの共有、良いですね! 我が家も、いつかそういう時がくると嬉しいな~と思いました。

  • 第77話への応援コメント

    子供のころから、そして今でもGは苦手です。見つけると泣きそうになります。

    おっしゃる通り、「まっくろくろすけ」のように視界の隅に走っていくのがわかります。

    医学生時代のアパートが、Gが出まくっていたので、何とか心の中に「戦う勇気」を持つことができました。一人暮らしだと、誰も助けてくれないものですから。

    今の家では2回見ました。1回目は台所、2回目は私の寝室となっている仏間です。

    妻に頼るわけにもいかず、当然子供たちもビビっているので、「父ちゃん」が戦う事となります。私は薬を撒くのは好きではないので、物理的に戦います。

    我が家でのGの侵入経路は、エアコンの排水管か、お風呂の排水口です。なので、子供たちがお風呂のお湯を抜いた後、栓をしていないことに気づくと、怒り狂ってます。

    作者からの返信

    コメントを、ありがとうございました。

    「今の家では2回見ました」との事ですが、2回だけですか!凄いですね。我が家の一年間に出没する回数より少ないです。
     やはり、配水管・排水口が侵入経路ですかね(^_^;)。気を付け様と思います。
     この戦いは、ずっと続きますよね。温暖化が進むにつれ、一年中。敵も、進化して殺虫剤が効かないヤツもいるとか…。私も、物理的戦いで頑張りたいと思います!

  • 第69話への応援コメント

    「気胸」は日常臨床でしばしば出会う疾患です。発症は本当に突然なので予測できないのが悩ましいところです。

    私が研修医時代、同期と先輩(4年上で、同期が大学1年生の時のキャプテン)の「気胸」にまつわる話を聞いたことがあります。同期も先輩も、バスケットボール部で「長身、細身」の体格です。ランニング中に同期が、急に胸に痛みが走り、息苦しくなったそうです。先輩に「キャプテン、胸が痛くて息苦しいです」と伝えたそうですが、「お前、気合が足らんねん」と説教され、ランニングを続けさせられたそうでした。同期は練習後、息苦しさで病院を受診し、「自然気胸」と診断され数日の入院を要したそうでした。その先輩が、「反復する気胸の外科的治療」などを行なう「呼吸器外科医」になった、というのは少し面白いところです。

    さて、「気胸」については、肺の虚脱の程度で、外来で経過を見るか、入院するか、ということを判断します。「人工呼吸器をつけている」、「事故で発症した気胸」など、特殊な状況で起きる「緊張性気胸」は、速やかに対応しないと命にかかわりますが、突然に誘因なく発症する「自然気胸」は「命を左右する」ことはめったにない、と考えていただければ、と思います。

    作者からの返信

    詳しい解説をありがとうございました。
    「自然気胸は、命を左右する事はめったにない」と言うお言葉に、安心しました。ありがとうございます。

  • 第68話への応援コメント

    みずえ様が、この事故のニュースを聞かれた時のご心痛はいかほどだったか、と考えると言葉もありません。

    その上で、厳しい話になりますが、やはり「突然死」を完全に予防することは「不可能」だ、という事です。

    心臓に起因する突然死、と限定したとしても、例えば、「心電図で異常を認めない」という事は、「本当に問題のない心臓」であることを保証するか、という問題があります。

    突然に心拍数が150位に速くなり、また突然に正常なリズムに戻る、という「発作性上室性頻拍(PSVT)」という疾患があります。WPW症候群でもしばしばみられる不整脈です。この不整脈には、WPW症候群のような副伝導路を介して頻拍を起こすPVRTと呼ばれる病態と、心房での電気刺激を受け、タイミングをずらして心室に伝える「房室結節」の中で不自然な電気信号のサイクルが起きる「PVNRT」という病態があります。PVRTを起こす心臓は、WPW症候群のようなδ波が見られますが、PVNRTでは、発作時でなければ、心電図は全くの正常です。PSVTが命にかかわる、という事はほとんどありませんが、可能性がないわけではありません。「PVNRTによるPSVTを起こしやすい心臓」は、PSVTを起こさない限り、気づかれないことになります。

    24時間の心電図を記録する「ホルター心電図」という機械がありますが、健康で、普通の心電図で問題のない方で、ホルター心電図を行なうと、1日10万回心臓が拍動するうち、1000回ほど、「上室性期外収縮(SVPC)」、あるいは「心室性期外収縮(VPC/PVC)」という不整脈を起こしていることが知られています。私もそうですが、「お酒を飲んだりすると不整脈を感じる」という方が時々おられ、そういう方の不整脈は前述の不整脈です。私も、それなりに酔っているときに脈を触れると、結構な頻度で期外収縮が起きています。単発の期外収縮が散発していてもあまり問題にはなりませんが、6連発(教科書によっては3連発)以上の心室性期外収縮は、「心室頻拍(VT)」と扱いが変わります。持続する心室頻拍で、うまく心臓から血液が拍出されない状態は「pulseless VT」と呼ばれ、緊急除細動が必要です。

    「心電図で異常なし」「心エコーで異常なし」、若い人ですることはないと思いますが、「冠動脈(心臓を栄養する血管)造影で異常なし」を確認した心臓であっても、何かの拍子に致死的不整脈を発生することはありうる、という事です。

    また、逆の視点で見てみると、致死的不整脈を起こしやすい心臓の基礎疾患として、「Burugada症候群」という疾患があります。心電図で、「不完全右脚ブロック」と「V1,V2誘導で特徴的なST上昇」が見られます。ただ、「Burugada症候群」を有する人の多くは、致死性不整脈を起こすことなく一生を終えます。疾患概念が確立したのは1980年代頃かと思いますが、それ以前も、普通に運動し、普通に仕事をしても多くは問題なく寿命を終えます。「Burugada症候群」の方については、「失神歴(失神するのは一時的に心臓が止まるため)がなければ経過観察」、「失神歴があればICD(埋め込み型除細動器)の挿入」となっています。

    WPW症候群はそれほど珍しくない疾患ですが、ほとんどの方は、何事もなく一生を終えます。一部の人はPSVTなどを起こします。極めてまれに、致死的不整脈の原因となることがあります。この20年ほどの間に、心臓の「カテーテルアブレーション」の技術が長足の進歩を遂げているので、今ではWPW症候群で、少なくともPSVTを起こす方は、短絡路に対してアブレーションを行なうと思いますが、私が研修医だったころは、「PSVTを起こしているときにWPW症候群の人は対応を間違えるな」という事は学びましたが、学校生活については、無症状のWPW症候群の生徒に対しては、運動制限はかけなかったように記憶しています。

    WPW症候群を有する人の大多数が、学校生活での運動負荷、部活での運動負荷をかけても問題なく寿命を全うするので、運動制限をかけることで得られる利益と、失われる損益を考えると、WPW症候群を持っている人全体、として考えると失われる損益の方が大きくなるからです。

    致死性不整脈の多くは、器質的(臓器に問題がある)ではなく、機能的(何らかの加減で機能がおかしくなった)問題で発生すると思われます。運動中ならなおさらです。おそらく、突然死した子供たちを司法解剖したとしても、死因は同定できないだろうと思います。

    宗教的に聞こえるかもしれませんが、そうではなく現実として、誰にとっても「明日必ず生きている」という保証はないのです。いくら医学が進歩したとしても、そこは「越えられない壁」なのだと思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    専門的な事を解りやすく解答して下さり、ありがとうございました。

  • 第66話への応援コメント

    車のフロントガラス、冬季の早朝は凍り付いていることがほとんどです。スプレー式の融氷剤を使っていますが、昨季は2本使ったのが、今期は1本を使い切りませんでした。やはり少し暖かかったのかもしれませんね。

    石油ストーブ、懐かしいですね。いつの間にかファンヒーターにその座を奪われてしまいましたが。大阪の冬は、着込めば命を奪うほどには冷えないので、我が家の暖房は「こたつ」一択です。後は私の起床1時間前から自分の寝室を温め、目覚ましが鳴ると同時に布団から出られるようにする、くらいでした。

    ほんわりじんわり温まるなら、電気式のオイルヒーターは安全だと思います。エアコンより電気代がかかるのが難点ではありますが、優しい暖かさです。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    「こたつ」も、良いですね。子供の頃を思い出します。「こたつ虫」(こたつから出られなくなる現象)になっていました。

    いつかは石油ストーブを卒業しないと…と思っていますが、もしかしたら、温暖化で暖房器具がいらなくなるかも知れないですね…。

  • 第65話への応援コメント

    完全に使いきれない形状の容器、イライラですね。我が家の洗濯洗剤、漂白剤、柔軟仕上げ剤、シャンプー、リンス、食器用洗剤、考えてみましたが、イライラを来たすようなものはなさそうです。

    ただ、スーパーやドラッグストアに行くと、「最初のボトル」を買う方が明らかに「詰め替え用」を買うより安いことがよくあります。私と妻は、結構このことにイライラしています。せっかく「詰め替え用」を販売しているのだし、そちらを安くして、本体を何度も使ってごみを減らすようにしようよ、と常々思っています。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    そうなんですよね!詰め替え用の方が、割高の商品って、多いですよね(>_<) 

  • 第63話への応援コメント

    後者の方には、同情いたします。クリニックの近くにあるいわば、「門前薬局」状態の薬局なら、そのクリニックがよく使う薬は揃えているはずで、おそらく、「一般的には使われることの少ない薬」を、「門前薬局」ではない薬局でもらおうとされたのでしょう。今、薬が本当に足りない状態で、問屋に薬が入庫したら、これまでの販売実績に応じて、各薬局に配分されるので、回ってこない薬は本当に「回ってきません」。近くの店舗、と言っても結構遠いのでしょうね。待つ方も大変ですが、薬を取りに行く方も大変だと思います。とはいえ、事情を説明しても「何でないねん」と言われるとモヤモヤしてきます。

    若者、ご年配にかかわらず、前者のような方にはしばしば遭遇します。当方は「処方箋を書く」側なので、「いつもの薬が供給停止するので、同じ系統の別の薬を処方しますがいいですか?」と3回くらい念押しをして、「OK」をもらってから処方箋を書いても、薬局から「疑義紹介」で、「患者さんが『なぜいつもの薬じゃないんだ』と怒っておられます」という事が稀ならずあります。「こっちの言うこと、何を聞いていたんだ!」と思います。「ほかのところならそうしてくれた」という言葉もしばしば耳にします。「それは『健康保険』のルール違反です」と繰り返し説明しても、押し問答になります。当方も生身の人間なので、口にはしませんが「じゃぁ、最初からそうしてくれるところに受診してよ」と思ってしまいます。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    参考になりました。
    コロナの頃から、医療従事者の方々へのご苦労をねぎらう言葉や活動が目立ってきましたが、それ以前からも、この様な「医療行為」以外のご苦労はあった事と思います。行政で、もっと配慮・支援をしてもらうべき事ですよね。例えば、病院や薬局に、コンシェルジュ的な人を置くとか。
    さまざまな事が、便利になる様で、不便になっている事もあり、大変な思いをされている事と思います。感謝しております。ありがとうございました。

  • 第61話への応援コメント

    日本はまだまだ捨てた国ではないなぁ、と思う一方で、「経営努力」とはいえ、比較的都心でも、駅員がいない、車掌もいない、ではなぁ、と思ってしまいました。

    女の子も慌てたのでしょうね。ご家族から女の子が、「どうして荷物だけ電車に乗せたのよ!あの荷物、その後どうするわけ!」と叱られたのではないか、と心配してしまいます。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    車内って、ある意味「密室」で、逃げる手立てがないのだから、対策をして欲しいですよね。

    女の子、ちょっとは叱られないと…(^^;)

  • 第60話への応援コメント

    素敵なやり取りだと思いました。心温まりますね。

    作者からの返信

    ありがとうございます♥

  • 第58話への応援コメント

    自分が正しくて、相手が間違っていても、相手が胸を張って堂々と主張をしてくると、「あれ?間違ってたかな?」と不安になることはありますよね。

    ご存じかもしれませんが、昔読んだマンガ「動物のお医者さん」で、主人公のハムテル君が解剖学の口頭試問で、

    ハム:「ウマの脛骨です」
    教授:「違うよ」
    ハム:「いや、ウマの脛骨です」
    教授:「違うよ」
    ハム:「いや、ウマの脛骨です」
    教授:「うーん、そうだったかねぇ?」

    というシーンがあったことを思い出しました。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    私だけではない様で、安心しました。
    見守りボランティアをしながら、毎回、脳トレと思って、子供達と一緒に問題を解いています。

  • 第56話への応援コメント

    「一蘭」、もともとは会員制のラーメン店でした。独特の注文方法で人気だったようで、会員制から一般向けに開放し、チェーンを広げていったようです。

    まだ店舗が博多にだけあった20年以上前、博多観光で、友人たちと食べましたが、確かにうまかったです。

    博多の豚骨ラーメンは、確かに細麺で、麺の硬さもバリエーションに飛んでいます。「バリ堅」と聞くとかなり硬めのような印象を受けますが、さらに固いものもあり、「針金」とか、「湯通し」なんてものもあります。独特の文化県です。

    ただ、福岡県民はラーメンよりもうどんの方が好きだそうです。私の同級生が言っていました。



    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    一蘭て、そんなに凄いお店だったんですか!会員制って、それだけ味に自信があるのですね。スーパーに、一蘭コーナーがあって、一蘭の袋ラーメン・カップラーメンが売っていました。カップラーメンが1つ500円くらいしていて、驚きましたが、コメントを読ませて頂いて納得しました。🍜

  • 第55話への応援コメント

    「揚げパン」懐かしい響きです。

    確かに魅力的ですね。恐ろしいほどの力を発揮してくれると思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました(*^_^*)

  • 第54話への応援コメント

    「ショートケーキ味のインスタント焼きそば」・・・・。

    商品の提案者は何を考えたのか、開発者はどんな苦労をしたのか、発売に「Go!」を決定した人はどういう意図を持っていたのか、非常に興味深いところです。

    少なくとも私なら、「ショートケーキ味のインスタント焼きそば」ではなく、「ショートケーキ」と「ソース味のインスタント焼きそば」を買う事を選びます。

    ユニークな商品だと思いました。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    検索して見ましたら、2016年12月にも発売して、今回は味もパッケージもバージョンアップしたそうです。食べた方の感想も、それぞれでした。
    胃に、食べ物で冒険をする余裕がないので、私も「ショートケーキ」+「ソース味のインスタント焼きそば」を選びます(^^;)

  • 第50話への応援コメント

    それはご心配だったと思います。私も、息子から同じことを言われたら、訳の分からないこと満載で、「それ、ほんまに大丈夫か?」と思います。

    「インターン」は就職する前に、無給でその職場の仕事を経験する、ということです。実際に希望の職種の「インターン」を経験して、現実の仕事を知ること、人とのコネクションを作ることなどで、最近は日本でも一般的になっているようです。

    「社長の友達が所有する別荘」という時点で、怪しさがプンプンしてきます。まだ、「社長が所有する別荘」の方がましです。内容はよくわからないけど、「何か仕事をする」というのも、怪しさプンプンだと思います。

    私も個人的な意見ですが、「やめて正解」だと思います。私の息子になら、「そんなあやふやで、おいしそうな話には絶対何かあるから、絶対にやめておけ」というと思います。

    作者からの返信

    \(^o^)/
    力強いコメントを、ありがとうございました。
    ホントに、「怪しさプンプン」ですよね。

    インターンて、そういう事だったんですね。詳しく教えて下さって、ありがとうございました。

  • 第48話への応援コメント

    中学生高、高校生だったかのころ、キャベツが豊作で「値崩れするから」という理由で、せっかくできたキャベツを、トラクターで畑の土ごと粉砕していた、という画像が記憶に残っていますが、そのころがウソのようですね。

    不安定な世界状況と、日本の経済力低下を考えると、農林水産業への労働者のシフトを推し進めていくべきだと思うのですが、なかなかうまくいきませんね。

    おやじの話では、おやじが子供のころは、「松茸」は「シイタケ」よりも安く、季節になると木箱でいくら、だったそうです。隔世の感があります。キャベツや白菜などの農産物も、今後そういうことになっていくのだろうか、と心配になります。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    キャベツや松茸にそんな過去があったなんて…。これからも、いろいろな物の値段や価値が、変化しそうですね(^^;)
    取り敢えず、春キャベツに期待しようと思います(^o^)/

  • 第47話への応援コメント

    少し長くなりますが、すみません。

    私の実家は貧乏だったので、私が医学部に進学した時には、子供のころからかかりつけだった診療所の先生が、「君みたいな若者を医者に育てるのも、医師の仕事の一つだと思う」とおっしゃってくださり、心の面でも、お金の面でも応援してくださりました。拙文では「恩師」という言葉で書いていますが、本当に先生がおられなければ、私は医師になれませんでした。

    先生のような医師になりたい、と思って医師になり、修業期間を経て、その診療所に「医師」として戻ることができました。先生とは4年間、ともに仕事をしました。

    最後の年、6月の職員健診で、先生がご自身の胸のレントゲンを確認しておられました。「先生は大事な人だから、私にも確認させてください」と伝え、二人で先生のレントゲン写真を確認し、「何も(問題)ないね」と結論付けました。

    先生は夏ごろから「この夏はしんどいな」とおっしゃられるようになり、診療所のスタッフみんなが、「先生もお歳だからなぁ」と思っていました。

    9月頃にベテランの看護師さんたちが、「先生、顔、むくんでない?」と繰り返しおっしゃられるようになり、「では先生、レントゲンを確認しましょう」と私がレントゲンの指示を書きました。撮影した写真には、6月にはなかった淡い影がありました。

    そのころは、非常勤で、私の修業していた病院に週1回、訪問診療のために通っていたので、そのレントゲンと、そのあと撮影した胸部CTを「師匠」(師匠は内科全般を見られますが、専門としては呼吸器内科医です)に診てもらいました。

    「先生、厳しいことを言うけど、これ、肺がんのStage 4だよ」と言われ、目の前が真っ暗になったことを覚えています。確か9月の末だか、10月の頭の頃でした。

    「恩師」の肺癌は、私が現在まで経験した肺がん患者さんの中で、最も経過が速いものでした。10月の末に、診療所50周年祝賀会が予定されていて、恩師はそのあいさつで、「私も命懸けの戦いを行ないます」と言われ、集まった全員が言葉を失ったことを覚えています。

    恩師はその後急速に悪化し、1月の正月明けに永眠されました。

    永眠された日の朝、私は夢を見ました。恩師と、恩師が大活躍されていたころ、事務長として活躍されていた方(その時は存命)、そして私でお茶を飲んでいました。「先生がお元気になられてよかったなぁ」と私は心から嬉しくなりました。恩師は私に、「先生、あの時の健診のレントゲンは、全くわからなかったよねぇ」とおっしゃられ、大きく笑われていたことをはっきりと覚えています。

    目が覚めると日曜日の午前7時過ぎでした。「あぁ、夢だったのか。今日はお休みだし、先生のお見舞いに行こう」とおもい、布団から出て、もう起きていた妻に、「今日は先生のお見舞いに行こうと思うんだ」と声を掛けました。「そうね」という妻の言葉を聞きながら、こたつに入った時に、私の携帯電話が鳴りました。

    恩師の後を継いだ新理事長からの電話でした。「先生が、先ほど息を引き取られました」とのことでした。

    私は、恩師の病気が見つかってから、再度健診の写真を見直しましたが、「病気がある」と思ってその部位を見ても、そこに病変がある、とは思えませんでした。でも「私が気づけば…」とずっと心の重荷になっていました。

    恩師は、そんな私をおもんばかって、夢に出てきてくださったのだろう、と思っています。

    長くなりましたが、私の経験でした。

    作者からの返信

    ご経験談をお書き下さいまして、ありがとうございました。
    偶然の夢では、ないですよね。胸が熱くなりました。
    亡くなられた先生は、川線・山線さんの、心のコンパスとなって、いつも近くにいらっしゃる様に思います。
    川線・山線さんにとって、大切なお話をここに書いて下さって、ありがとうございました。

  • 第46話への応援コメント

    この寒い時期に「温かい」って、とっても幸せを感じますね。

    こたつだったり、お湯が出るキッチンだったり、お布団だったり。

    医学生のころはお金がなかったので、キッチンは水道だけ、暖房もつけずに、布団の中で暖をとりながら勉強していたことを覚えています。その時のことを考えると、夢のようです。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    当たり前の事だと思っている事が、当たり前じゃないって気が付くのって、大事ですよね。
    私が子供の頃は、自宅も学校も、和式ぼっとんトイレでした(>_<)
    あの頃の事を考えると、本当に夢の様です♥

  • 第43話への応援コメント

    本当にそうだと思います。

    昨日は私は仕事がお休みの日だったのですが、妻と二人で、静かに過ごしていて、夕方になって長男と次男が帰ってきて、そこそこにぎやかになって、みんなで食卓を囲める。

    当たり前のようで、でもとても幸せなことだよなぁ、と昨日しみじみ思っていたところでした。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    世界中の人が、こんな風に感じてくれると、争い事や、虐待、いじめが減るんじゃないかなあ~って思います。

  • 第40話への応援コメント

    こういう事ってありますよね。一度痛い目を見ないとわからない、というのは人の常かと思います。

    私も高校時代に乗っていた自転車を、高校卒業式の「翌日」に盗まれました。大阪には珍しく「大雪」(と言っても1cmくらいの積雪ですが)の日だったので、「こんな日に自転車を取らずとも…、自転車乗ってたらこけるのに…」と思ったことと、「鍵をかけておけばよかった」と激しく後悔したことを覚えています。

    親からは「新しい自転車はお前のお金で買え!」と叱られ、予備校通学に必要だったので、ずいぶん懐にダメージがあったことを覚えています。

    私の好きなビートルズ、”While My Guitar Gentry Weeps"という曲の歌詞に、「失敗をするたびに、僕らは何かを学んでいくんだ」というフレーズがあります。

    息子さん、もう「面倒くさい」からという理由で「鍵を掛けない」という事はしなくなるだろうと思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    そうですか、川線・山線さんも、盗難された事があったのですね。しかも、高校卒業式の次の雪の日とは…。やはり、鍵はしないとダメですよね(>_<)
    自転車に鍵をかけるのが面倒なのはわかります。買い物に行こうと思って、マンションの駐輪場に行き、鍵を忘れた事に気が付き部屋まで取りに行く…なんて事、しょっちゅうです。自転車にも、指紋錠とか、暗証番号鍵とか、開発されるかも知れないですね。もう、存在しているかも。

    先程、この話しの続きを掲載しました。また、お時間がある時に読んで見て下さい。

  • 第37話への応援コメント

    ものすごく難しい話ですね。レジ袋が有料化されたとき、「レジ袋が無料だから、プラスティックゴミが増えて環境悪化につながる」と理由付けがなされていたように記憶していますが、もしそうなら、「傘袋」も本質的には同じですものね。

    私の傘は、コンビニでちょっと贅沢にお金を使った、布製の傘で、自宅で撥水スプレーを一杯傘に吹き付けています。なので、建物に入る前に、人のいない方向に傘を数回、バサバサと小さく開け閉めすると、ほとんど水滴は取れてしまいます。なので、傘袋を使わずにいたのですが、おっしゃる通り、数滴の水でも転倒される方はおられるので、そこについては反省しました。

    確かに傘袋問題、難しいです。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    ダイヤル式の傘立てを設置するって案もありますが、使い方がわからないとか、晴れちゃうと傘を忘れちゃうとか、使用数の問題もありますね。
    ホントに、名案が浮かびません(>_<)

  • 第36話への応援コメント

    焼きそばやお好み焼きの、ソースの焼ける臭い、本当に食欲をそそりますね。

    焼きそば、おいしかったことと思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    はい!朝から身体が「焼きそば!!」になっていたので、とても美味しかったです(*^_^*)

  • 第32話への応援コメント

    給食が一日で一番の栄養源、という家庭があることをとても悲しく思います。

    時折、学校給食の写真が新聞やネットでアップされますが、思い出補正がかかっているのかもしれませんが、私たちが子供のころの給食の方が、量も多く、充実していたように思ってしまいます。

    物価の上昇程、給食費は上げられないので、やむを得ないところなのだろうと思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    私も、自分が食べた給食の方が、ボリュームがあった様に感じました。自分が、子供だったからかなあ~。
    子供達に「これでお腹いっぱいになる?」と聞くと「うん」と言う回答が多かったです。


  • 編集済

    第31話への応援コメント

    あぁ、「勉強はできるけど、絵がとても苦手な子」、まるで自分を見ているようです。

    小中と、図工や美術の授業は本当に苦痛でした。体育と図工、私のトラウマです。

    小学2年生の時、図工の課題で、「隣の人の顔を粘土で作りましょう」という課題が与えられました。ラッキーというか、アンラッキーというか、隣に座っていたのは、ほのかに思いを寄せていた子でした。

    苦労して作ったのですが、どう見てもひどく下手くそで提出したくなかったのですが、提出せざるを得ず、翌日、「いじめっ子」と呼ばれる連中が、私の作品をもって彼女を「ブサイクだ」と言って(彼女はとてもきれいな人でした)、彼女が泣いている、というとんでもない事態になったことを覚えています。申し訳ないこと、この上ないです。今でもトラウマです。

    中学生のころに描いた絵は、美術の先生から「こんな絵、幼稚園児でも描かないよ」と言い捨てられたことも覚えています。

    高校になって、芸術が選択となり、音楽を選択することで絵をかくことから逃れられ、本当に良かった、と思っていました。ただ残念なことに、医学部入学後、組織学(各組織の顕微鏡的構造を学習する学問)で、組織像をスケッチしなくてはならなくなり、苦労したことを覚えています(これは馬鹿にされることはなくてよかったです)。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    昭和の時代は、そういう先生いましたね…(^^;)。クラスの雰囲気も、友達の事を“いじる”と言うか、“からかう”のは普通に見逃されていましたね(^^;)
    今は、不得意な物があっても、先生が“どこか良い所”を探して、褒めながらアドバイスをされている様に感じます。

    子供達を見ていると、誰にでも、得意不得意があるんだなあ~これが人間の面白い所なのかも…と思います。

  • 第30話への応援コメント

    きれいにアイロンのかかった綿のハンカチを持っている男の子、多分「育ちがいいんだろうなぁ」と思いました。恥ずかしながら、私が毎日ズボンのポケットにハンカチを入れるようになったのは、子供が生まれてからのことでした。

    アイロンを当てるのは好きで、学生時代から、白衣や日常着ているカッターシャツには自分でアイロンをかけていました。今は妻にお願いしていることも多いですが、お弁当包みも、子供のハンカチも時に私がアイロンをかけています。アイロンをかけて、ピンとなっているのは好きです。

    アイロンかけが必要な綿のハンカチは吸水性が良くないので、私のポケットに入っているハンカチも、タオル地です。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    独りよがりな妄想で「お母さん」と思ってしまいましたが、お父さんだったかも知れないですね(*^_^*)。

  • 第29話への応援コメント

    加齢に伴う変化の一つとして、「感情失禁」というものがあります。感情を抑えきれない、という事です。悲しくなれば涙を流し、怒りに火がつけばボウボウと燃え上がる。という事です。

    怒っていた女性の息子さんは、お母様のそのようなふるまいを何度も経験されていたのでしょう。元気で自分をいつくしんでくれた母が、年老いて弱り、人格が変わっていったり、自分のことを忘れていったり、というのはとても悲しいことだと思います。

    自分の知っている子供が、立派に仕事をしている姿を見ると、応援したくなりますね。心の中で、「がんばれー!」と言いたくなります。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    加齢に伴う変化で、感情を抑えきれない事を「感情失禁」と言うんですね。年を重ねると、涙もろくなりますが、それも感情失禁だったんですね。何か、納得しちゃいました。
    怒っていた高齢の女性にも、理由があったと言う事ですね。そう考えると、怒りも静まりますね。これからは、そう考える様にしたいです。

  • 第28話への応援コメント

    その「大人の男性」の行動を私は全く理解できません。

    子供さんの年齢が何歳くらいなのかはわかりませんが、子供たちが集まって、ワイワイと、ある程度の範囲で騒ぐのは個人的には許容範囲だと思います。

    注意するだけでなく、「携帯で写真を撮る」ということを平然と行うことができる精神に、ぞっとしたものを感じます。

    「肖像権の侵害」として、法に訴えてもいい行為だと私は思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    ですよね~。 賛同して下さって、自分の考えに安心しました。

    こんな感じの方、結構いるんです。
    例えば、登校中や公園で遊んでいる子供達の行動にいちいち文句を言ったり、学校にクレームを言う人等。一方、優しく見守って下さったり、困っている感じの子がいたら学校や見守りボランティアのスタッフに教えて下さる方もいます。
    携帯で子供達の写真を撮った人や、そういう行動をする方って、何か屈折した思いがあり、怒りの矛先を弱者に向けているのかな?と、不憫にも思います。って言うか、そういう風に思う様にすると、ちょっと怒りも静まります。
    でも、もし私がその現場を見たら、そーゆー行動をする人を動画撮影でもしてやりたいです! 実際にはしないけれど、「防犯カメラに写ってますよ」くらいは言いたいです。

  • 第27話への応援コメント

    つい最近(1,2年前)、中華人民共和国が、風船に小さな探査装置を付けて飛ばし、日本やアメリカに「訳の分からない飛行物体が飛んできた」という事がニュースになったように記憶しています。数か月ほど経ってから、「中国から飛んできた」という事が明らかになり、少し騒ぎになったことを覚えています。偏西風に載せて風船を飛ばすと今でも中国から日本やアメリカに風船を付けて様々なものを飛ばすことが可能です。

    「正義」というのも厄介なもので、おそらくその時代は、「風船爆弾を作る」という事は「正義」だったのだろうと思います。もっと言えば、時間を守って工場に向かい、与えられた仕事を懸命にこなす、今でも当たり前のことが、「風船爆弾」とつながっている、という事が怖いところです。

    戦隊ものを引っ張り出すまでもなく、「世界征服をたくらむ悪の組織」なんてものは大したことはありません。相反する「正義」がぶつかるから「戦争」は激しく悲惨なものになるのだと思います。

    個人的には「正義」には常に「自分は本当に「正義」なのか?」と内省を含んでいるものだと思います。それゆえに弱く、「狂信」という名の「似非正義」に蹂躙されてしまうものなのかもしれない、と思います。だからこそ、常に自分の中に「これは正しいことなのか」という問いを忘れずに生きていたいと思っています。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    “常に自分の中に「これは正しいことなのか」という問いを忘れずに生きていたいと思っています”とのお言葉、「はい! 私も、そうします!」と思いました。

  • 第26話への応援コメント

    我が家も、図書館のヘビーユーザーでした(「です」が正しいか?)。

    私の帰宅が遅かったので、圧倒的に妻が読み聞かせをしていました。もちろん時間のある時は私も絵本を読んであげていました。あぐらをかいて子供たちを私の太ももに座らせ、絵本を読んでいたことを覚えています。

    そのおかげか、2人とも本好きに育ち、1枚のカードで10冊まで借りれるので、毎週家族4人のカードをフルに活用して、40冊ずつ借りてくる、という事をつい最近まで続けていました。子供のために本を借りる、という作業がほとんどなくなったのは、この1,2年のことです。

    親である私たちも、本は読むほうですが、私たちの両親は、そんなことをしてくれなかったので、「うちの子たち、恵まれているよなぁ」と妻と話しています。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございます。

    40冊の本を借りるって、重くて大変だったのでは?と思いました(^_^;)
    本と一緒に、お子さんとの思い出も、たくさんありそうですね。
    そして、お子さんが本好きって良いですね♥

  • 第22話への応援コメント

    いつも更新を楽しみにしています。心無い一言が人をどんなに深く傷つけるか、まだまだ障がいへの理解の認知は低いと改めて感じました。
    どうか多くの人がみずえさんのエッセイを読んでくださいますように。そして1人でも多く、共感してくださる方が増えますように。障がいへの理解が深まりますように。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    さまざまな意見、考え方があり、それを発言する場が増えてきた昨今、何が正しいのか…と思う事が多々あります。
    たくさんの人に共感してもらえる様な力はありませんが、考えるきっかけになってくれたら良いなあと思っています。


  • 編集済

    第22話への応援コメント

    80代男性だと、戦時中に生を受け、ある程度は戦時中の教育を受けてきた人かと思われます。優性思考に染まった時代の教育を受け、「多様性の時代」を認識することもなく生きてきた人、そして、「弱者」を慮れる心の「優しさ」を持っていない人なのだろうと思います。

    このような人ほど、同じように「80代で、身体も思うように動かせないのに、生きていてもしょうがないよなぁ~」と言われると、烈火のごとく怒るのだと容易に想像がつきます。

    傍で見ていて、大変不快だったことと思います。

    黙っていた奥様は、「言っても無駄」と思っているのではないでしょうか。人の考えは覗けないので、そう思っていた方が、私たちの心の安定が保てます。

    高齢者を中心に診療に当たっていますが、女性の方が男性よりも時代の変化についてきているような印象を受けています。社会とのコミュニケーションの取り方が総じて女性の方が上手なのだろう、と思います。当然「偏見まみれ」の人もたくさんいますが。

    「人のふり見てわがふり直せ」ということわざがありますが、年をとっても、というか年を取って様々な経験をしてきたからこそ、いろいろな人に「優しさ」を少しでも分け与えられる自分でありたい、と思います。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。
    本当に「人のふり見てわがふり直せ」ですよね。そして「優しさ」や「思いやり」を忘れずにいたいと思います。

    若い時だったら、この高齢の方に、一言いってしまったかも知れませんが、そーゆー事をしなくなったのも、成長した証でしょうか(^^;)

  • 第10話 への応援コメント

     私は小学一年生になった頃はチビだったので、親と一緒に電車で出掛ける時は切符を買ってもらえませんでした。
     「チビで良かった」
     と親が言ってましたが、私の子供ながらも小さな自尊心は大きく傷つきました。

     その後、成長するに従い、親への信頼は無くなり心は離れて行きました。

     子供の心をあなどるなかれ!

     と、私は子供を持つ大人たちへ言いたいです!

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    はい! 肝に銘じさせて頂きます。

  • 第9話への応援コメント

    爺さまは

    健脚散歩か

    徘徊か




     げん😒

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

  • 第20話への応援コメント

    いつも更新を楽しみにしています。4時間の新ドライバーさんとのドライブ、お疲れ様でした。
    少し前のエピソードと比べると、高速!?すごい!
    4時間の運転、すごい!
    と、思いながら読ませて頂きました。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    高速だから、人や自転車が飛び出してこないと言う安心があるかな?と思いましたが、そうでもなくて、ホントに神経を使いました。
    でも、若さって凄いですね。息子の方は、そんなに疲れた感じではなかったです。

  • 第8話への応援コメント

    それ実は

    良い子にお駄賃

    配る神






     げん😃

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    ですよね!(*^^)v

  • 第7話への応援コメント

     小学生の頃、理科の先生が言ってたことを思い出しました。

    「豆腐と納豆って、作り方からいうとおかしい言葉だぞ!」
     
     というのです。

     豆を発酵させる…つまりある意味腐らせることでつくるのが豆腐だろ?
     豆を絞って型に納めて作るのが納豆だ。

     逆じゃないか!

     と、子供の僕らに必死に訴えていました。

     確かにそう言われりゃあだけど、今さらやっぱり納豆は納豆のまま、豆腐は豆腐のままだよなぁ…。

     


     げん😃

    作者からの返信

    コメントありがとうございました。

    先生のおっしゃる事、「確かに!」と思いました。でも、「今更…」という気持ちに同感しました。

  • 第3話への応援コメント

    もはやもう

    ジェンダーフリーの

    ヤな渡世





    げん😃

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

  • 第18話への応援コメント

    人間という存在そのものが、過去の経験や、所属した組織、集団、学んだことにどうしても縛られてしまうので、「全く差別や偏見のない」人間、というものが「存在不可能なもの」ではないか、と思っています。個人的には、「自分自身がそういうものだ」ということを意識していくことが大切か、と思っています。

    私が医学部4年生の時、大学祭実行委員のNo.2でした。大学祭は2日間でしたが、そこで使うスピーカーシステムが数百万円の代物でした。当然業者さんから借りるのですが、高価なもので盗難のリスクがあるため、機器をセッティングした学祭前日と、学祭1日目の夜(2日目の夕方にお返しすることになっているので)は、実行委員で交代で見張りをすることになっていました。

    実行委員には当然女性もいるので、女性にも夜の見張りを割り振りました。

    反対意見は男性から出ました。「女性にそんな危ないことはさせられない」と。もちろんそういう反論が出るのは予想していました。私はあえて、反論をしました。「男性と女性が平等」ということであれば、できることは男性・女性にかかわらずするべきではないか?」と。

    「公平」という言葉と、「公正」という言葉があります。「公平」は「平等」と置き換えてもよいと思います。私がこの「見張り番」で問いたかったのは「公平」は「公正」なのだろうか?ということでした。逆に「公正」を実現するためには「不平等」が必要な場合もあるのでは、ということでした。

    私は50代ですが、この50年で、男女の関係性は大きく変わってきたと思います。もちろん、現状が「公平」でも「公正」でもないのは事実ですが、改善はされつつあるようには思います。

    平均値で話をすれば、男性と女性、身体的特性が異なるので、完全に「等しく」なることは不可能です。重要なことは、その特性の違いは「実際に存在する」ものとして、その特性の違いに「優劣」をつけない、ということだと思います。

    昭和や平成初期のころのように、女性だけがお茶を入れたり、デスクを吹いたりするのは「ナンセンス」です。男性でも女性でもできることは、性別の差なく行なうべきだと思います。その一方で、例えば、ハイジャックなどで多数の人質が発生した時に、「子ども・女性」を先に解放するよう要求するのは「不平等」だと思いますが、それは「公正」だと思います。ウクライナでも、「徴兵」が行われ、「徴兵」の対象は男性だったと思います。志願兵は女性でも受け入れていたかと思います。

    平等・公平・公正、正しい在り方がどういうものか、私にはわかりませんが、「問題意識」を常に持ち続けることが大切なことだろうと思っています。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    “ハイジャックなどで多数の人質が発生した時に、「子ども・女性」を先に解放するよう要求するのは「不平等」だと思いますが、それは「公正」だと思います” ←確かに、そうですね。

    難しい問題ですが、「問題意識を常に持ち続けることが大切」と言うお言葉、胸に刻ませて頂きます。

  • 第2話への応援コメント

     私の母フミは、米軍爆撃機による東京大空襲の夜、住み込みで働いていた恵比寿の工場主の家から、新潟の実家へと逃避した経験をよく話していました。

     山手線の駅も車両も、爆撃を避けるために電気は点けずに真っ暗、電車内はぎゅうぎゅう詰めで、女性の親子が南無阿弥陀仏を唱えていたとのこと。

     必死の思いで何とか新潟県山中の実家集落にたどり着いたら、頭上をB29爆撃機の編隊が長岡市の市街地方向へ飛んで行くのが見えたそう。

     悔しさに泣きながら石を投げたという話を何度となく聞かされました。

     長岡の街にはフミの叔母が居たんですが、爆撃された後は行方不明のままになっているそうです。




     げん😢

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました。

    お母様、大変な思いをされた事と思います。辛い記憶のお話を聞かせて下さいまして、ありがとうございました。
    この様な戦争の話しは、語り継いで行くべきだと思いますので、機会がありましたら、森緒様の作品でも、紹介して下さい。

  • 第1話への応援コメント

    昭和の昔に、初めて弘前に旅した時、宿への道を聞こうと地元の人に尋ねたら、ネイティブ津軽弁が全く分からず、街中を一時間さまよい歩きました。

    ヘロヘロになって宿に辿り着いた時には、朦朧&空腹で、あと5分で餓死するところでした。

    今となっては良い思い出です。

    作者からの返信

    コメントをありがとうございました♥
    大変でしたね(>_<) あの頃は、スマホなんてなかったですから。  
    「ネイティブ津軽弁」…確かに、通訳が必要な時、ありますよね。でも、何故か暖かく、優しい気持ちになります。

  • 第1話への応援コメント

    はじめまして。
    心が温かくなるお話です。
    日常のふとした人とのふれ合い、大切にしたいです

    作者からの返信

    ありがとうございます(^^)/♥

  • 第6話への応援コメント

    こちらは初めてコメントします。

    運転免許の取得、おめでとうございます。教習所の車の様に助手席にブレーキがほしいお気持ち、大変共感しました。子供の運転で出かける時は、私は右足に力が入りエアブレーキを踏んでいます。

    行動範囲が広がり心配も増えますが、ステキなエピソードも増えると思いますので、新作を楽しみにしています。

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございました。
    “エアブレーキ”、同感です!(笑)
    まだまだ“ステキなエピソード”にたどり着くまでには時間がかかりそうです(^^;)