受験生は走る

「はじめ！」

　イヤーワーム……極度の緊張にさらされたとき、耳で音楽、囁き、ノイズが流れ、思考が停止する。わたしの大学受験……日々、学校、塾、家勉を繰り返した。試験本番。何かがおかしい。わたしは何も考えられない。試験開始の合図と同時に、有名なロールプレイングゲームのBGMが流れてきた。小学生から中学生になるとき、皆がやり込んでいた。

　すたーと

　中学生の頃、美しい勇者になる夢を描いていた。美しい髪、グラマラスな体、強靭な精神で世界を救う。異世界へ飛ばされた。英語の長文が草原、文法が岩、イディオムが滝だ。

　右手に剣、左手に盾、鎧姿。はるか遠くに塔の影、それを囲むように湖が横たわる。点在する樹木、草原に誘うように空いた穴。遠くに石壁が連なる。スライムがうごめく。

　この日のために勉強してきた。難しい文法を覚え、イディオム、参考書が崩れるまでやり込んできた。合格できるなら陰キャでもよかった。８ビット！？人かどうかすら怪しい。せめてパッケージは美人に仕上げてくれ。そんな問題？スライムなんて近づきたくもない。

　てか、仲間もいねえのかよ。一人で草原にいるのか。魔王を倒してくれとか、そんな話ないのか。ひょっとして全部、説明書にあるのか。

（またスライム……いや、もういい）

　わたしの思考は停止したまま、何度も何度もスライムに体当りした。

　もはや操られている。

　剣はないに等しい。

　樹に突撃！？

　蜂がわらわら出てきた。

　ちょんちょんと突いた。

　永遠にも思える時間……

　てれっててっててー♪

　レベルアップした。

「もういいねんて……」

（まだ洞窟はムリだよ！吸い込まれた。誰だ、勝手にわたしの体を押すのは。右じゃない。前に行くな。そこは穴だぞ。誰？操るのは）

　案の定、真っ暗だ。人生と同じだ。松明もないのに洞窟に入ってどうするんだ。

（右！？左！？前！？戻るの？）

　斜め進めない？壁にガンガン当たりながら進んでいくと、地上に出た。視野が広がる。

　背後にドットの湖。

　目の前に白亜の塔。

（押さないで。いつの時代のゲームに転生？洞窟覚えてたら抜けられるてどういうこと？魔王はいらんて。城に入ったらダメだよ。ダンジョン攻略より無理ゲーだ。いきなり魔王かい！）

　げーむおーばー

「はい。そこまで」

　試験監督官の声がした。

　冷や汗とともに見た答案用紙のマークセンスには、印がつけられていた。まさか、わたし、解いてたのか。あれ？どういうこと？

　受験は終わった。

　人生詰んだ。

　おわり