報告

簡単解説


津山城 安崎(主人公)の居城。美作の中心部にある。まあまあ栄えている。


豊岡城 但馬山名家当主の居城。但馬の東にある。まあまあ栄えている。


月山富田城 安崎の主君南郷家の主君尼子家の当主の居城。出雲の東にある。ものすごく栄えている。



「お久しゅうございます。」


 出雲国月山富田城。謀聖尼子経久が築いた大城郭の一室で、粗末な衣服を身にまとった男が頭を下げていた。


「おう。元気そうだな。」


 親し気に声を掛けてくるのは尼子一門衆筆頭尼子国久。精兵集団新宮党の党首でもある。数十年前出雲西部吉田氏の養子に入った経緯から公の場では吉田国久、あるいは吉田孫四郎と名乗っている。


 先代当主尼子経久の次男にして現当主尼子晴久の叔父。その力は大きく、こと軍事力に限れば尼子本家に比肩した。


「で、首尾はどうだ?ああ、いや、待て待て。」


 国久は口を開きかけた安崎を制止すると、のそりと立ち上がった。


 ぐるりとあたりを見渡し、座る。


「・・・」


「よし。あー、なんだ。、安心して話せ。」


 安崎は違和感を感じて眼前の男を注視する。すっとぼけた顔だ。何か、そう、何か言葉通りでない部分がある。


 ・・・、安崎は帰還の使者を国久に送った。尼子からの命令というていだが、規模がでかい勢力は、幹部が勝手に指示を出し、勝手に褒美を出すこともある(らしい)。尼子家そのものに話が通っていない場合、直接使者など出せば無礼者扱いされかねないので、指示を下した国久のそのまた家臣に使者を送った。


 するとどうだろうか。彼はわざわざ月山富田城に安崎を招いた。大門の門番や、通りがかった尼子家臣にまで紹介した。


 つまり、つまりだ。


 安崎は大きく息を吸い、凛々しく背筋を伸ばして、芝居がかった声を出した。


「国久殿!成し遂げました!」


 国久はにやりと笑うと声を張り上げた。


「おお、さすがは安崎!腕ひとつで成り上がった者よ!」


「因幡の姫!捕らえましてございまする!」


 国久は大仰に肩をゆすると激しく手を叩いた。


「あっぱれ!あっぱれだ安崎!これで但馬の連中も因幡統治に手を焼こう!憎き大内を打ち破った暁には、お主にも褒美をたんと出す!」


「ははあ!ありがたく!」


・・・沈黙が場を満たす。


 溜息をひとつこぼすと、国久がひたひたとこちらに近づき、腰をかがめて息を潜めた。


「で?」


「はい。」


「実際どうなった?」


「そのことについてご相談が。」


「うん?」


「姫らしき御方を捕らえました。ただ、あー、実に闊達な御方で、行列では姫に相違あるまいという確信があったのですが、どうにも・・・」


「ふむ。」


「ですので、こちらに移した際に一度確認していただきたく存じます。本物でなければこちらで連れ帰りますので。」


「・・・いや、待て。」


「はい。」


「姫らしき方を捕らえた。」


「はい。」


「本物かどうかは、わからん。」


「はい。」


「・・・よし。」


「・・・」


「安崎、姫君は連れてこなくていい。」


「は?」


「お前の城で匿っとけ。」


 安崎が困惑すると、顔に出ていたのだろう。国久が軽くうなずいた。


「これから因幡と但馬の一帯に噂を流す。」


「はい。」


「因幡の姫が攫われた。というものだ。」


「はい。」


「お前の攫った姫が本物であろうとなかろうと、但馬と因幡は混乱する。それで十分。」


「・・・混乱いたしますか?」


「もちろん。だからお前もあんな茶番をしたのだろう?」


「はい。まあ。・・・間者が本城にいるのは、まずくないですか?」


「間者というほどでもない。尼子は京極を追い出すときに山名と手を組んだからな、息のかかったやつが残ってるのさ。」


「それを間者というのでは?」


「なあに、盗み聞きした情報を豊岡に流す程度よ。」


「・・・それを間者というのでは?」


安崎は咳ばらいをすると、居住まいを正した。


「まあ、豊岡はそれでいいでしょう。姫を留め置くのは何故です?いっちゃあなんですが、津山はなかなかの危険地帯ですよ?」


「まあ、そうだろうが。」


「ああ、間者のなかに姫の顔を見知っている奴もいるかもしれませんな。」


「まあ、そうだな。」


「しかし、格式を考えるとこの城でなくては侮辱ととられませんか?万が一本物であったときに家臣のそのまた家臣の城に置いておきましたじゃあ、面目もたたないでしょう。」


「まあ、なあ。」


「?」


「んー。」


国久はぽりぽりと顎を掻くと、ゆっくりと腰を下ろした。


「この城に姫を迎えるとなると、但馬の連中がこちらまで攻めてきかねない。大内と構える今、それはまずい。」


国久はこちらを見ずに言った。


「これが表向きの理由だ。」


「はい。」


「但馬の連中がここまでくるにはどう見積もっても一年はかかる。戦の支度をして、混乱極める因幡を抜けて、伯耆を平らげなくては辿り着けん。」


「はい。」


「そして、半年あれば戦は終わっている。大内を潰せば周辺諸国は恭順する。籠城しつつ軍を集めれば但馬なんぞひねりつぶせる。」


「はい。」


「大内に潰されれば居城もくそもない。」


「さようで。」


「つまり理由はほかにある。」


「なるほど。」


国久は一息つくと、大きく体を伸ばした。


「お前、自分の身分言ってみろ。」


「・・・尼子家傘下南郷家侍大将でございます。」


唐突な質問に戸惑う。


「そうだ。お前は尼子家うちの傘下のそのまた傘下だ。陪臣ってやつだな。」


「はい。」


それと今の話のなにが関係するのか。


「この国は、身分が重要だ。だが、身分ってのは、人それぞれだ。」


「はい。」


「例えば俺の息子は戦で人を斬ったことが一度もない。汚らわしくていやだそうだ。」


「はあ。」


「だがな、それでも年がら年中命を危険にさらしているお前より身分が高い。」


「はい。」


「それは俺の身分が高いからだ。」


「はい。」


「身分が高いだけのやつ。つまりは戦には出ねえがいい飯食えるドラ息子なんかは、ことさら身分を大事にする。」


「なるほど。」


「そしてそういうやつはな、他人も同じだと思い込むのさ。」


「・・・つまり。」


「そう、つまり、だ。身分の低いお前に預ければ尼子に歯向かった家の娘に恥をかかせられる。自らの家臣が自分より格上の家の娘を任されているのを見れば、きっと嫉妬するはずだ。亀裂が入れば統制しやすい。そう考えるやつもいる。」


安崎がなにを言うべきか弱り気な顔をしていると、国久は肩を叩いてきた。


「世の中ってのはそんなもんだ。」


「我々にとっては生き死にかかわる事態ですよ。津山の城で預かれば、但馬がこちらに来かねません。」


「なあに、大内に勝てば助けてやるよ。」


「ははは。その前に潰されそうですね。」


よっこいしょと腰を上げ、国久がどすどすと廊下に向かう。


「ま、うまいことやれ。姫を手中におさめるってことは、因幡の統治権を手に入れるってことだ。陪臣が因幡国主か。夢があるなあ。」


ではなと大股で部屋を出る国久を、安崎は複雑な表情で見送った。






簡単解説


尼子家 大名 各地の小名、国人をまとめている。


南郷家 国人 尼子家の傘下という立ち位置、土地はあまり広くなく、豊かでもないので家臣を食わせるので手いっぱい。最近領地が増えたが危険も増えたのであまり喜ばしくない。


安崎家 国人の家臣 南郷家の家臣という立ち位置。国人に率いられて最前列で戦う郎党と同格。じつは尼子家の重臣と対面することは身分の関係上かなりおかしい。領地は国人格だが身分は国人の陪臣格なので周辺領主に舐められている。








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