閑話 南郷家城館奥の間
森と川に囲まれた小高い丘の上に南郷家の館はあった。
新田公に従い鎌倉を攻めたと伝わる初代南郷家当主南郷重貞から数えて14代。一時は山陰の雄としてその名をとどろかせた南郷家も、今では居城周辺の土地をかろうじて維持している有様である。
さらにいうなれば、現在の居城は南郷重貞が南因幡に建てた大池城はすでにない。何代か前の当主が謀反を起こした実の弟ごと焼き払ってしまったのである。
かくして南郷一族は大幅に減じた勢力に見合うこじんまりとした館を造り、住まうこととなった。
やや傾いだ柵に囲まれた館の奥で、当主友貞はやせぎすの男と顔をあわせていた。
「では、まことに。」
「うむ。」
やせぎすの男は溜息をついた。
「但馬は本格的にこの地を掌握したいようだ。」
「それにしても風麗の儀を復活せよとは。」
無理無体すぎると友貞は首を振った。
因幡の物成りは悪い。軽い凶作でも冬を越せるか怪しくなるほどのやせた土地であった。それが尼子の親征にはじまる一連の出兵、但馬山名の侵攻と、わずかな期間に大きな戦を繰り返している。
「我が蔵にもう銭はない。」
「うちもだ。奥の畳まで売る羽目になったわ。おかげで朝起きると体が痛くての。」
やせぎすの男が苦笑した。
畳は高く売れた。板敷が一般的なこの世界において、畳で客を出迎えることは権威の誇示を意味した。逆に、どれだけ格の高い家柄であっても、畳を敷いていなければ嘲笑された。さらには畳の快適性に目をつけ、寝室に敷くものも多かった。
「とはいえだ。」
男は目を細める。
「できませんと答えて、はいそうですかと引き下がる連中ではない。兜や妻、娘に至るまで一切合切持っていかれるぞ。ただでさえわれらは仇敵なのだ。」
「な、まさか・・・」
友貞が絶句した。
武家が困窮することはままある。慢性的に困窮し、ひとたび戦や凶作が起こるとたちまち危機に陥った。
そんな武家の最終手段が、兜の譲渡や嫁・娘の献上である。兜は領有の証として絶対的な力を有しており、これをささげることは隷従と同義であった。また、妻や娘の献上も一般的な婚姻と異なり、家を乗っ取られるという事である。加えて、「献上」された武家の女たちはどんな恥辱にも耐えねばならず、その将来は悲惨の一言に尽きた。
「そうなっては父祖にも家族にも顔向けができん。だが・・・」
やせぎすの男が沈痛な顔で外を見やった。
「岩美では女子供に至るまでなで斬りにされたそうだ。」
「岩美殿は特に激しく抗いましたな。」
「うむ・・・立派な男であった。」
友貞も頷く。そう、立派な男であった。寡黙な男で滅多に意見を言わない、まさに岩のような男。但馬の侵攻を許してしまったことを恥じ、降伏勧告の使者を切り捨てて激しく抵抗した。
岩見家当主が捕まったと噂がたったのが10日前。
但馬山名家の嫡男が直筆で、岩美家当主を縛り上げ眼前で娘を凌辱したと記した手紙が届いたのが四日前のことである。
「あの手紙は、胸糞悪いものでした。」
「・・・忠義の志士をああも嘲笑するその性根が信じられん。誇りを傷つけたとああも誇らしげに書き連ねる思考は気味が悪い。」
やせぎすの男が顔をゆがめる。
「あれほどの男が、このようなっ!」
やせぎすの男は激高し、ゴホゴホと咳をした。
「お、落ち着いて。」
友貞の言葉が耳に入っていないかのように、やせぎすの男は目に暗い光を灯した。
「敬愛する大殿はその首をさらされ、友はこれ以上ない恥辱を味わわされた。わしはもう、耐えられん。」
友貞は重い表情で眼前の男を見つめた。はじめから訪問理由はわかっていた。病をおしてまで会いにくるなど尋常ではない。これは彼からの誠意なのだ。岩美のように蹂躙される、半ば確実なその未来に引きずりこむことへの、誠意。
「頼む!われらと一緒に戦ってくれ!」
ぱちりと、火鉢の中から音がした。
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