被害は軽微なり
「後方部隊、被害はいたって軽微のようです。」
「うむ・・・」
因幡の姫の嫁入り行列。道中因幡国衆による襲撃を受けつつも姫を守り抜いてきた。無事に但馬の地に帰還することに成功し、もう一息と意気込む中での襲撃である。
「常陸守どの、ひとまずお味方の砦まで進んではいかがでしょう。」
「いえ、奴らを追撃すべきと存じます。」
「いや、敵があのような少数で、しかもこちらまで寄らずに引くとも思えん。第二陣がいるはずだ。この先も隘路、襲撃をしのぎ切れるよう、布陣を張りなおしたほうが良い。今、周囲も探らせている。」
花嫁行列の責任者、茶鍋常陸守の言葉に周囲の者が得心したりとうなずく。そうだ。なんの意味もなくあんなことをするものか。因幡山名の旧臣が自暴自棄になって襲いに来たのであれば輿を狙うはず。そうでないならば、別の目的があるはず。
輿は襲われた。だが、それは幾人かの雑兵が無意味に突撃してきたものだ。多少慌てはしたが、終わってみればなんてことはない、圧勝だった。
報告では突然草むらから石や矢が飛んできたという。ここに伏兵を仕込んでいたのであれば、なんらかの目的があるはず。それが後方を襲って終わり?そんなばかな。
但馬国は平穏だ。完全武装の隊列、それも主家直下の軍を襲う勢力などいない。
因幡の旧臣か、国人か。はたまた別のなにかか。ともかく警戒するに越したことはない。もうすぐ豊岡の城で、そして守るべき姫はここにいるのだ。
それから半刻ほどたったが、周囲に敵の姿は見えず、花嫁行列は訝しみつつも但馬豊岡に向けて出発した。
※
幾人かの屍が横たわる岬で、その男は身をよじらせていた。
大失態だ。殿から仰せつかさった大事な任務。久姫を足軽に変装させ、輿には替え玉をのせる。大規模な襲撃を可能とする敵対勢力を潰した今、道中もっとも配慮すべき懸案は、輿への集中攻撃であった。むろん固く守る。だが、隘路が多い地形上、どうしても限界がある。
因幡の国衆・家臣の最優先事項は但馬の横暴を止めること。言ってしまえば姫を弑してでも但馬にわたらせなければ、それでいいのだ。因幡山名の分家もまだある。出家した因幡山名の一族もいる。とにかく姫が但馬にわたり、大義名分を持たれることだけは避けたいのだ。
だからこそ、護衛計画は難航した。それこそ輿に矢の雨が降り注げば、姫は危うい。
そこで考えられたのが変装である。姫を足軽に変装させ、襲撃を受けずらい列後方に置く。周囲は精鋭で固める。
襲撃犯が輿を狙おうと列全体を狙おうと、なんとかなるはずだった。
まさか我々の背後から奇襲されるとは。まさか我々を狙うとは。まさか、久姫があれほどまでに動けるとは。
男はさきほどの光景を思い出す。護衛の背中を蹴倒し、取り押さえんとする自分をひらりと躱し、槍を向けた兵をするりと抜けたあの敏捷さ。
あれが大名家の姫君か?
・・・兎姫、か。
男は混乱の渦から聞こえた語句を紡ぐ。
あの動き。金魚のようなうちの姫とは大違いだ。
ふっと笑みを浮かべる。久姫が足軽に扮していることを知っていた者は皆死に絶えている。護衛は偽の姫を守って豊岡の城まで行くだろう。
自分の任務は失敗だ。家族に累が及ぶかもしれない。
ああそれにしても。
「素早かったなあ。」
ぽつりとつぶやいて、男は息を引き取った。
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