第14話 北畠具教、織田信長と密かにまみえる

信長が今川義元の西進を阻止すべく、様々な策を講じていた頃、伊勢国の北畠具教は将軍義輝と会っていた。すでにいくつかの戦国武将(守護)が京を目指して進軍の時期を狙っていることは、ふたりとも把握していた。それらの力をどう操っていくか、将軍家の威信がかかる事態であり、日本国の安寧をもたらす重要な鍵となっていた。


場所は朽木(くつき)の興聖(こうしょう)寺。義輝がかつて朽木一族に囲われて、何年か住んでいたこともある。その庭園は現在でも名園として残り、多くの観光客が訪れる。


「義輝様、今川義元もまた、京を目指しておるようにございます。甲斐の武田、越後の上杉など他の守護や豪族も虎視眈々、上洛を目指しておるようにございます」


「今更言ってもしょうがないが、今は三好勢が好き勝手ばかりしておる。我は将軍と言っても世情をつぶさに見ることはかなわず、結局はあやつらの言うことを聞かねば話が進まん。今、京を目指す者どもを配下にできれば、新しい世の中を作れるのだが」


長く続く三好勢との争いは根が深く、義輝には三好長慶を暗殺する計画があるなどと噂するものもいた。


「義輝様、今、京に上ろうとするもの達は兵力もあり、それなりに国も豊かに治めております。しかし、将軍の権威を素直に聞き入れるかどうか、それがしには少々疑いを持っております。最初はともかく、長らく幕府内に入り込めば三好勢と同じような姿になるやもしれぬと」


具教が座ったまま、表情を変えずに話すのを不機嫌そうに眺めていた。


「では具教、そなたの考えは如何にあるか申せ」


「されば、」


具教はすっくと立ち上がり、義輝を見下ろすように傍らまで歩んでくると、そこにあった香炉を持ち、手に取り、話を続けた。


「このような値打ちの香炉を持てるのも、将軍家に財があるからでございます。日ノ本を治めるには、財が必要です。つまり年貢です。年貢を多く納めさせるよう、多くの富を得たもの達からとりたて、富を増やせれば良いのですが、それには不満も出てくるでしょう。年貢以外の儲けの手立てを考えなくてはなりません」


「それには」


香炉を元に戻すと、具教は義輝のすぐ傍らにどっかと座った。


「新しい風を都に吹かせねばなりませぬ。」


そしてあの人物の名を挙げた。


「尾張を支配する織田信長に会われましたか」


すでに義輝は京のとある公家屋敷で信長と会っていた。しかし、義輝には彼のギラギラとした目の光が気に入らなかった。言葉は丁寧であったが、何か、野心が目立ち、自分の上に立ちはだかるように思われた。


「会うにはあったが、あれは、まだ何者ともわからぬ。それに今川が京へ上る道筋ではないか。どうせ滅びる。」


義輝ならずとも、普通ならだれもがそう答えるであろう。しかし、具教は違った。信長と道三の出会いから、何かしらの新しい何かを感じ取っており、それがことごとく的を射ているように思われたのだ。


「きっと大化けする」


はっきりとした理由はないが、そう信じて疑わなかった。


「勝負は時の運、今、あの若者の運に乗ってみるのも一策と思いまする。」


「それよりも、今は三好勢をなんとかするのが先決じゃ。そなたにも力になってもらうかもしれないが、よろしく頼むぞ」


義輝は具教の意見は意に介さず、はっきりと返答した。


数日後。具教の姿は常在寺にあった。明智光秀と初めて会った寺である。この日、明智光秀の仲介でいよいよ織田信長と会う機会を得た。具教の心臓は期待でその鼓動が高鳴っていた。


「光秀殿、何かと忙しい折、世話になった。」


光秀を上座に据え、具教と大川助九郎は挨拶した。上座の中央には、同じく浪人姿の痩せた男が座っていた。着流しを着こなしているのか、よく似合っていた。


「織田信長様にございまする」


光秀は具教の方に目を向けたまま紹介した。そして、信長に具教、”北村智三郎”を紹介した。信長は北畠具教の名を聞くと、すっくと立ち上がり、具教を上座に招こうという仕草をした。具教は即座にその動きを制し、言葉を続けた。


「いや、良いのだ。今日はお互い身分を隠しての立場。光秀殿にも”ともさん”と呼んでもらっている。」


その言葉を聞いて静かに信長はその場に座り直した。


「なかなか礼儀もわきまえておる。ただの荒くれ者ではないと思うておったが、私の思うよりも大きな男だ。」


具教は想像以上に信長が大きな人物として見えた。


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