第39話

 ヤイバたちは船上の人となっていた。

 飛空船とでもいうべき、その名はミネアポリントン号。竜を狩ることだけを目的とした、狩人たちの捕竜船である。

 先程のワイバーンを固定してぶら下げたまま、ミネアポリントン号は馳せる。

 その甲板上で、ヤイバたちは船長に対面して事情を説明していた。


「ハッハッハ! 今どき冒険者たあ、珍しいなあ。まあ、そりゃオレたちも同じか」

「えっと、とりあえず助けて頂いてありがとうございます」

「気にすんな、ボウズ! こちとらこれが生業でな。……もう、随分竜も少なくなったが」


 この髭面の恰幅がいい男が、船長のサブボップだ。歳の頃は六十前後の壮年で、真っ白な顎髭の好々爺といった印象である。

 勿論、強面の狩人たちを率いて竜を狩る、現場一筋の大親分なのだが。

 それでもヤイバは、悪人ではないように思った。

 チイも同様のようだが、カホルがすぐに声をあげる。


「えっと、サブボップさん、だっけ? なんで殺したし!」

「ん? ああ……オレらの商売だからな。竜は捨てる場所がねえ、なにからなにまで全部売れる。今日の獲物は久々の大物、これで半年は食っていけらあ」

「ちっちゃいひなが沢山いた! あの竜、お母さんだったんだよ!」

「そりゃいいな、絶滅されたらこっちも商売あがったりだ。……ま、時間の問題だがな」


 そっとヤイバは、手でカホルを制する。

 その間もずっと、ブランシェはヤイバの脚にしがみついて震えていた。

 確かに、カホルの言い分もわかる。

 同時に、サブボップ氏の主張も筋が通っているように思えた。

 そして思い出す……イクスが以前言っていた。魔王討伐から僅か十年。十年で世界は激変してしまったのだ。エルフやホビット、ドワーフといった亜人が姿を消し、そのエルフも魔王に加担したダークエルフを民族浄化で滅ぼしてしまった。

 この異世界はもう人間の時代、近代を迎えつつあるのだ。

 当然、竜のような幻獣じみたモンスターも数が減ってるのだろう。


「カホルさん。この方たちは私たちの世界でいうところの、漁師さんみたいなものです」

「でもさ、チイたん!」

「人間は皆、他の生命を譲ってもらって生きてます。でも、カホルさんのそういうところ、私は好きですよ?」

「ひ、ひっ! ……もぉ、いい。チイたん、そういうとこだってば……反則」


 とりあえず、カホルは怒りを収めてくれたようだ。

 それでサブボップも、どこかホッとしたような顔を見せる。

 彼らとて、竜が憎くてかりたてている訳ではないのだ。


「じゃあ、よう。威勢のいいオネーチャンも、そこのボウズたちも。一緒に祈ってくれや」


 そう言って、サブボップは船の舳先に立つ。

 帽子を脱いで胸に手を当てると、他の乗組員も皆それに倣った。

 厳かな夜空の儀式に、自然とヤイバたちも調子を合わせる。


「肉も骨も、爪も角も、一片たりとも余さずに。ただ魂のみ、天へと還れ」


 ――天へと還れ。

 船員たちが唱えるので、その祈りにヤイバも言葉を重ねた。

 恐らく、竜を狩る者たちの敬意の念を込めた儀式なのだろう。

 ポカンとしてしまったカホルを肘でつつきつつ、チイも祈りの言葉を呟く。

 慌ててカホルも、豊満な胸に手を当て叫んだ。


「天へと還れええええっ! ……ぐすん。わかってるけどさ、でもさあ」

「ハッハッハ、まあ、今も昔も好かれる仕事じゃねえがな、お嬢ちゃん。今はこういう立派な捕竜船もあって、随分楽に仕事ができるようになった」


 もっとも、竜自体が激減しているし、同業者の中には見境なく竜以外のモンスターを乱獲する者たちもいるらしい。

 それにしても、ヤイバは驚く。

 この船はマストに帆の代わりに、無数のプロペラが回っている。

 そして船体の左右には、ガスで膨らんだ気嚢が備わっていた。

 ちょうど、双胴船のような格好である。

 ヤイバたちの時代にもかつて、飛行船が全盛期だった時代があったのを思い出した。


「あの、サブボップさん」

「おう、なんでえ」

「少し教えていただけないでしょうか。魔王が討伐されてから十年、なにがあったんですか?」

「なにがってお前ぇ、知らねえのか?」

「なにぶん、田舎者でして」


 魔王が率いる闇の軍勢によって、人類たちは滅亡の危機にあった。

 そして、全ての種族が同意の上で、ハイエルフの大魔導師が禁術によって異世界の勇者を召喚したという。種族の中でも最年長、全ての魔法を習得したスペリオール……それは恐らく、エクストラ・ロールことイクスのことだ。


「ハイエルフの大魔導師は寿命が尽きかけていたが、異世界から召喚された少年少女に同行してなあ。そこから先は有名な大冒険よ。本やラジオでよくやってるだろ?」

「はあ、まあ。そのへんはだいたいわかるつもりです」

「で、とうとう魔王は討伐され、勇者たちは元の世界に帰っていった。そのあとさ」


 サブボップは懐からパイプを出すと、煙草を詰めて火をつけた。

 ゆっくり吸い込み、白い煙が夜風に消えてゆく。


「魔王との決戦には間に合わなかったが、火薬が発明された。石炭でほれ、内燃機関を作って船を飛ばす術もこの通り。最近じゃ、燃える水の発見もよく聞くなあ」

「燃える水……石油か」

「で、平和になった世界で突然、オレたち人類だけが突出して豊かになっちまった。それがまあ、今思えばちとやり過ぎだったんだろうなあ」


 産業革命による近代化、その恩恵が種族の絆をあっさり反故にしたらしい。

 人類はエルフやドワーフたち亜人を遠ざけ、その土地を奪い、共に戦った歴史を忘れていったらしい。僅か十年で、この世界は人類だけのものになりつつあるそうだ。

 少しだけ歴史をかじってるヤイバとしては、耳の痛い話だ。

 地球でも概ね同じようなことがあって、今も紛争が耐えない地域がある。

 かと思えば、巨大国家が国策として一つの民族を消し去ろうとしてる、そんな話だって現在進行系なのだ。


「ありがとうございました、船長」

「なぁに。これからオレらは街の港に入って、そこで竜を解体する。ガキが数人増えたって、たいして変わりゃしないからな」

「因みに船長、十年前は」

「ん? ああ、オレたちだって魔王軍と戦ったさ。それに、昔は竜が沢山取れた。ああいったモンスターは、不思議と魔王とその軍勢……特にダークエルフになつくからなあ」


 ちらりとサブボップの視線が、足元のブランシェを見やる。

 そのブランシェだが、ヤイバの脚にしがみついてうつらうつらと眠り始めていた。

 もう深夜だし、よほど疲れたのだろう。

 それを見て、サブボップはしわしわの顔をさらにくしゃくしゃにする。


「おい副長、空いてる部屋が一つあったな?」

「へえ、船長! ……いいんですかい?」

「いいも悪いもあるか。オレが客として乗せちまったんだ、お通ししろ」


 幸運にも、どうにか異世界最初の夜は無事にこせそうだ。

 多少のアクシデントはあったが、安全に明日の旭を拝めるかもしれない。

 油断は禁物だが、いかにもいぶし銀といった感じの副長が「おう、ガキども。こっちだ」と甲板を歩き出す。

 ヤイバは仲間たちと全員でサブボップ船長に改めて礼を述べ、場を持する。

 既に値落ちしたブランシェは、ヤイバが両手で抱え上げた。

 船内に入ると、やはり機械音が腹に響く。どうやら石炭でエンジンを動かしているらしく、少し煙くて油臭かった。だが、乗組員には気にならないらしく、副長はどんどん先を歩く。

 彼は彼で、なにか少し愉快そうに唇を歪めていた。


「まったく、船長の気まぐれにも困ったもんだぜ。ああ、この部屋だ」

「ありがとうございます」

「ボウズはダークエルフのお嬢ちゃんを置いたらついてきな。少しだが飯と酒を出すぜ」

「お酒は……ま、まあ、その、水とかでよければ」

「お前なあ、ボウズ。悪いが船の上じゃ酒より真水の方が貴重なんだ。お前、いくつだ?」

「16歳、ですけど」

「ハハッ、もう大人じゃないか! 俺なんか15の頃から30年この船に乗ってんだ。……魔王との戦いにも参加したが、ヘッ……正直、勇者たちじゃなきゃ話になんねえ」


 副長は遠い目をして、ランプの揺れる天井を見上げた。

 追憶の中にまるで、今もなにかを探しているような目だった。


「……そのお嬢ちゃんと同じくらいのな、小さな娘が俺にもいたんだ。今じゃかかあとあの世で宜しくやってらあ」


 全種族の存亡をかけた動乱から、十年。

 イクスがヤイバの両親と救った世界は、今も傷つき病んでいた。

 とりあえずヤイバは、ブランシェを他の二人に任せて副長を追う。その先は奥まっていて、食堂と一体化した厨房があった。

 干した肉や腸詰めがぶら下がってて、樽がずらりと並んでいる。

 ヤイバは干した果物とビールを人数分もらって、先程の部屋へと戻るのだった。

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