第18話 予想外の難民

 会議から数日後。

 私が食料の備蓄で頭を抱えている中、街では新たな騒動が発生していた。


「難民が流れ込んできただと?」


 理不尽吹き荒れるこのファンタジーな世界において、難民自体は珍しくない。

 そしてこの世界において、難民が生まれる最大の理由は宗教である。

 国や地方行政に思いっきり悪影響のある宗教が、信徒ごと難民になるケースが非常に多いのだ。


「確認に行くぞ」


「お待ちください!

 何もあなたが自ら出向く必要は……」


 ルシェイドが慌てて止めようとするが、それは聞けない相談だ。


「うちの領民は、自慢じゃないが凶暴だ。

 権限のない連中に任せていたら、難民が死ぬ」


「まったく……こんな時だけなぜ人道的なのですか」


「そうか?

 私は、私を愛している者と愛してない者に、きっちりと線引きをしているだけだ。

 難民としてこの街にやってきたという事は、私を愛そうとしているという事だろう?

 違うなら、その場で切り捨てるだけだ」


 私たちがあまり意味のない問答をしている間に、気を利かせた使用人たちが車を回してきた。

 私が速やかに座席に乗ると、ベア子が無言で隣に座る。

 こいつは私の護衛だから当然と言えばそうなのだが。


「それで? どんな奴が来たんだ?」


 ルシェイドが助手席に乗り込んできたので、今更ながら聞いてみる、

 うむ、思ったより私は焦っているのかもしれない。


「どうやら、オークのようです。

 ダークエルフの軍勢に村を焼かれて逃げてきたようで」


「オークが? 難民に?

 珍しい事もあるものだな」


 オークと言う生き物は、言わずと知れた人型の巨大生物である。

 女性がほぼ生まれず、男性中心で生活する生き物だ

 異常に筋肉が発達した屈強な体をもち、茶色や緑の恋色をした肌と、尖った耳が特徴である。


 面白い事に、他の種族と交わっても、生まれてくる子供はほぼオークになるのだそうだ。

 実に興味深い能力である。


 で、お察しの通り奴らは我が領民にも引けを取らないぐらい凶暴……もとい勇猛な生き物だ。

 知能は低いのにプライドは高い。


 普通ならば、難民などなるはずもないのだ。

 村を焼かれたら逆上し、全滅覚悟で玉砕攻撃をするだろう。

 いったい何があったというのだろうか?


 こんな時にダリオンがいないのは痛いな。

 少し前に修行をしてくると言って出かけたまま戻っていないのだ。


「心配せんでもいいですよ、若様。

 荒ごとになったらおらが何とかしますからね」


 隣にいたベア子が鼻息も荒く拳を握りしめる。


 確かにベア子なら、向こうがよほどの手練れでない限り大丈夫だろう。

 体格だって、オークに負けていない。


 おや、そろそろ現場に到着するようだな。

 窓の外には野次馬根性丸出しの馬鹿どもの姿が混じり始めた。


「道を開けろ! 領主様がお通りだ!!」


 運転している従僕が、クラクションを鳴らして人混みを押しのける。

 どうやら思っているより騒ぎが大きくなっているらしい。


 これ以上車で進むのは難しそうだな。


「よし、出るぞ。 ベア子、頼む」


 まずはベア子にドアの周囲から野次馬を遠ざける。

 すると、私の到着に気づいたのか野次馬の群れの隙間を縫って見慣れた白髪頭が近づいてきた。


「フレニル様! 危険です!

 お下がりください」


 人混みをかきわけてやってきたのは、レオリナである。

 およそゴブリンハンターギルドの連中を使ってオークたちを見張らせているのだろう。

 実に健気な働きではないか。


「かまわん。

 向こうが手を出して来たら、ベア子が対処する」


 ベア子が頷き、威嚇するように指をならした。

 おやおや、ベア子さん、少しお下品ですよ?


 ベア子が一歩前に出ると、怯えた群衆が二つに分かれる。

 すると、なぜか焦げ臭いにおいがだ頼ってきた。

 あぁ、オークたちは住処を焼け出されたのだったな。


「なるほど、確かにオークだ」

 群衆の輪の中心には、銀色の髪と茶褐色の肌をした筋肉の塊たちがひとかたまりになっている。

 特に威嚇するでもなくおとなしいのが少し不気味だ。

 あと、思ったより数が多い。

 少なくとも100体以上はいるだろう。


 これは、まずい。

 オーク共が暴れられたら、この街が終わるな。

 当然ながらベア子一人では対処できないし、うちの領民……凶暴なわれに雑魚が多いからなぁ。


 ここは私が口先でどうにかするしかあるまい。

 実に胃の痛くなる話だ。


 「私はこの街の領主フレニルである。

 お前たちは保護を求めていると聞いたが相違ないか?」


 内心冷や汗をかきつつ声をかげると、一際立派な体格のオークが前に出てきた。


「オデたちは、グリーンオークだ。

 ダークエルフたちにムラをヤかれたので、このマチにホゴをたのみにきた」


「グリーンオーク?」

 そのわりに、連中の肌は濃い褐色である。

 これは何か面白そうな予感がするぞ。


 しっかし、こいつら……唇から上向きの牙が生えていなければ顔立ちもゴツ目の人間と大して変わらないな。

 なんだったら人間の間でも男前で通る奴も、何体かいる。


 というか、この街の少数派である女性陣の目つきが怖い。

 オークたちを獲物を見る目で見ている。

 あー、こいつら筋肉フェチ多いんだよな。

 ゴブリンハンターなんて、ゴツいから出した連中ばかりだし、そういうのが好きな女しかこの街に寄ってこないのは仕方のない話だろう。


「いささか驚いているよ。

 オークであるお前らが人間に保護を求めるとは。

 分かっているとは思うが、今一つ信用がない」


「ナニをすればいい? クツでもなめろとでもイうキか?」


「いや、私は別にそういう事を求めては……」


 私が少しためらっていると、なぜか女性ハンターたちが前に出てきた。


「なら、服を脱いで全裸で土下座してみせろ!」

「そうだ、そうだ!

 敵意がない事を態度で示してもらおうか!」


 ちょっと待つて、お前なんでそんな血走った目でひどい事言うの!?

 私、こいつら怒らせたくないんだけど!?


 しかも、周囲の女性ハンターたちが鼻息荒く同意している。

 君たち、オークの体目当てなのね?

 ドスケベなオッサンと同じ目をしているし!


「わがった……」


 驚いたことに、オークの代表が自分の服に手をかける。

 まずい! ストップだ!

 背後に控えている他のオークたちの目つきがかなり怖くなってきているし!


「まて、そこまでする必要はない。

 お前たちの覚悟を十分に見せてもらった」


 私が慌てて止めに入ると、周囲の女性ハンターたちからブーイングが上がる。

 どうせオークのブツがどれほどのものか見たかっただけだろ、この肉食系女子が。


 なお、男性ハンターたちは当然ながらドン引きだ。


「ここでは色々と話しにくそうだ。

 私の館に移動しよう」


 かくしてむくつけきオークの集団を、我が城に迎え入れる事になってしまったのである。

 ……壁紙にに追いついたりしないだろうな?

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