第16話 かくも美しき爆発物
ゴブリンハンターギルドに到着すると、そこにはレオリナが待っていた。
あらかじめ連絡して、人員を手配させておいたのだ。
確実に秘密を守れる人間を……という条件で。
「使えそうな連中をちゃんとピックアップしてあますよ。
ご自身で確かめますか?」
「いや、さすがにその手の目利きは自信がないな。
一度雇ってみて、使えそうなら契約延長という形にしたい」
なにぶん私はフィールドワークに不慣れだ。
前回の土壌のサンプルも、人を雇って『何か変わった石やつちがあったら持ってきてくれ』と適当に集めさせたに過ぎない。
だから一度、お試しで近場のーあね『私がどうしても調べておきたいきポイント』にしぼって日帰り調査してみようという話になっていたのである。
ルシェイドは本当に心配性だからな……いきなり本番は許してもらえなかったのだ。
あまり時間的な猶予はないのだがなぁ。
「判りました。
集めた連中にも、だいたいそういう感じになるだろうと事前に説明してあります」
「さすがに準備がいいな。
……で、そこの奴隷商人は何のようだ。
探索に役立ちそうな人材でも売りに来たか?」
レオリナの隣には、なぜか呼んでもいない道化姿の女がいた。
「あによー、アタシがいたらなんか悪いの?」
「いや、調査の過程で知りえた事を悪用しそうだなと思ってな」
呪術のうてだまぇはいいとして、人格的にあまり信用できるタイプではない。
微妙に自分と同じ匂いがするのもマイナスポイントだ。
「あ、あはははは、そんな事するはずないしぃー」
意外と腹芸が出来ないな。
目が一瞬斜め上をむいたぞ。
その程度の面の皮では、上流貴族の相手はできないと思ったほうがいい。
「構わんぞ。
悪用できるものならやってみろ。
私のやる事を理解して悪用できるなら、むしろ褒めてやる」
そんな真似ができるのは、今は無き父ぐらいだろう。
あの男、父親としてはどうしようもないボンクラだったが、錬金術師としてはまさに天才だった。
メッサー殺獣光閃車両なんてものも、ほとんどは父の研究成果の一部を流用しただけに過ぎない。
あの男もまた前世の記憶持ちで、しかも特撮マニアだったからな。
「んぐぅっ、なにその上から目線!
いいもん、絶対になんか掴んでやるんだから!」
この欲望剥き出しな視線、わりと嫌いではない。
だが、世の中にはできる事とできない事がある。
「うふふふ、せいぜい頑張りまえ。
それなりに頑張っているなら、多少の褒美はやらん事もない」
そんな感じでリラノッサを軽くいなし、参加するハンターたちと軽く顔合わせ。
特に問題は感じなかったので、すぐに荷物を積んで出発だ。
馬車?
そんなものは使わないよ。
だって、今の私にはメッサー殺獣光閃車両という便利な足があるじゃないか。
「見たまえ、クラリッサ。
この暗い灰色をした不毛の大地を。
君はこれを見て何を思う?」
天井部のハッチをあけ、眼下の風景を見下ろしつつ隣に声をかける。
ちなもに今乗っているメッサー殺獣光閃車両は私がお散歩するために作った特別車両……ジャガーノート君だ。
見た目はでっかい戦車を想像してくれたらいいと思う。
私に車両のデザインセンスや軍事のセンスは期待しないでくれたまえ。
「はぁ? 土が痩せすぎてまともな草も生えてないし、ほんとひどい場所よ。
まぁ、そのぶん特殊な薬効のある草があるから、呪術師や薬師から見たら悪くないっい感じ?」
「ほう? なかなかいい視点じゃないか。
そう、この大地は玄武岩によってできた超塩基性土壌だ。
どうしようもなく痩せていて、植物を育てるには向かない。
しかし、その特殊な土壌故に他にはない性質の植物が育つ。
そしてこの玄武岩の中に
通常、玄武岩の中には
そしてこの
これは……」
「ぎゃーやめて! 専門用語連呼しないで!
何よ、チョーエンキとかフォルステなんとかって!
これだから錬金術師は!」
「安心したまえ。
前に錬金術師からも言われたよ。
これだからベルニエル家のキチガイ親子は……とね」
そんな会話を延々と繰り返しながら、私たちの車両は目的地である河原へと到着する。
私が目をつけたのは、前回の土壌調査の際に、とある宝石が見つかった場所だ。
この手の調査は、川を利用することが多い。
流れてきた砂を調べる事で、上流の山でどんな鉱物が取れるかわかるからだ。
本来ならばこのあと川をさかのぼりながらサンプルを集め、顕微鏡を使いながら目当ての鉱物のある場所を絞り込む……という気の遠くなるように作業が必要なのだが、ここはファンタジーな世界である。
私は地図を広げてこう命令するだけでよかった。
「地の魔術を使える奴は。ここで採取されたこの鉱石の取れる場所を探してくれたまえ」
魔術の理念に『共鳴魔術』という物がある。
形や性質の似たものは、互いに共鳴しあうという考え方だ。
人を呪うのに人形を使うというやり方は、まさにこの理論の最たるものである。
私がサンプルである大きな粒のペリドットを見せると、
ふふふ、みんな優秀だねぇ。
ペリドットは玄武岩の中に生まれる純度の高い
黄色のかかった美しい緑色をしており、太陽の象徴であるという。
「もちろん秘密は守れるよね?
良い子は私が直接雇ってあげよう」
――それ以外は死んでもらうけど。
さすがにレオリナが選りすぐっただけあって、彼等は優秀だった。
戸惑っていたのは一瞬だけ。
地の魔術を使う連中が即座に動き出し、特殊な言語でサンプルのペリドットに語り掛ける。
すると、石は彼等にしか聞こえない言葉で歌いだすのだ。
そして石が歌いだすと、彼等は……お茶の準備を始めた。
とは言っても、魔術の儀式の一環なのだがな。
まずは火を起こし、特別な火鉢に熾こした炭を入れる。
火鉢には砂が敷き詰められており、その砂が炭火によってチリチリに熱くなったら儀式の本番だ。
金属製のカップに茶の粉と水を入れ、地の神や精霊を讃える歌を唱和しながら砂の上をなめらかに滑らせる。
すると、一瞬で中の水がお湯となり、茶が出来上がるのだ。
地球にあるトルココーヒーが、これとほぼ同じやり方なので、気になった諸氏は動画でも検索してみると良い。
なかなか面白いものが見れるはずだ。
そして儀式に参加する者が全員このやり方で淹れた茶を飲み終わったら、訪ねる内容を宣言したうえで、広げた真っ白い布の上にカップに残った茶葉を投げる。
投げられた茶葉は白い布の上に染みを作り……この染みの模様から先ほど尋ねた内容の返答を読み取るのだ。
茶葉占い。
実に古式ゆかしく、そして地の眷属たちと語るための託宣の儀式である。
「フレニル様、判明いたしました」
地図とシーツの染みを見比べて、地の術師が地図の一点を指し示す。
「移動を開始せよ。
君たちの成果に期待している」
再び動き出した我々は、ほどなくして小さな崖がいくつも広がる丘陵地帯に到着した。
玄武岩独特の、柱状の結晶が幾つも連なった断面が実に美しい。
私が号令をかける事もなく動き出した彼らは、手慣れた様子でハンマーを振るい、石を割ったりしながら調査を続ける。
腕力もいるが、同時に知識と繊細さも要求される仕事だ。
あぁ、ベア子。
君は私の護衛なのでじっとしておきたまえ。
あと……君の手は、繊細な作業に向いてない。
訂正しよう。
とても向いてないんだ。
ほどなくして、私の元に大粒のペリドットが幾つも届けられた。
ペリドットは本来あまり大きな結晶を作らない鉱石であるため、小粒であれば非常に安価だが、一定の大きさを超えるとその価値が一気に跳ね上がる。
そして私の前にあるペリドットはどれも大粒。
宝石マニアが見たならば、涎をたらしてうらやましがることだろう。
「うん、色、透明度、共に問題がないな」
手持ちの手帳にペリドツトをかざし、線が二重に見える事を確認する。
最も基本的なペリドットの確認方法だ。
緑のガラスや石英ではこうならない。
しばらくすると、少し離れた場所でよく似た別の石がみつかった。
こちらはペリドットよりも、ずっとヤバい。
デマンドイドガーネット……ペリドットと同じく酸化鉄によって緑に染まる宝石であった。
うわぁ、可能性はわかっていたけど、なんで出ちゃうかなぁ。
この石は玄武岩から直接は産出しないが、その周辺に発生する火成岩かに産出する。
なお、ダイヤモンド並みに希少な石だ。
この世界では、緑の石の価値が非常に高い。
理由は、隣にある宗教国家の聖なる色が緑であり、その治癒術は緑色をした物体を触媒とするからだ。
しかも、術を使ううちにだんだん緑が薄れてしまうので、消耗品である。
緑の染料もよく売れるのだが、緑の宝石は術の効果を高める事もあってはるかに価値が高いのだ。
価値としてはエメラルドと翡翠、あとはデマンドイドガーネットあたりが最高で、大粒のペリドツトはその次あたり。
小粒のペリドットや瑪瑙や蛇紋石、碧玉なんかは比較的に安価で大量にとれるが、消耗も早く魔術の増幅率も低いので、緑の布のほうが人気は高かったりする。
さて、そんなわけでだ。
おそらくこの領地で上質のペリドットが取れる可能性を、隣国は嗅ぎつけているだろう。
私が前回行った地質調査の段階で。
……サンプルのペリドットを見つけたド底辺の冒険者の臭い口から。
ルシェイドは早急に
気が付くと私は呟いていた。
「戦争になるな」
「戦争になるね」
一緒にサンプルを確認していたクラリッサがボソリと返事をかえす。
せめて小粒のペリドットなら問題はなかったのに、ここで採れるペリドットはどれも粒が大きい。
しかもデマンドイドまで獲れてしまった。
これを知って隣国が何もしないという選択肢はないな。
ただし、今の段階で鉱脈を押さえる事が出来た。
外交のカードとして、これは大きい。
この鬼札、どう使ってくれようか。
私の中の、貴族という黒い血がざわめき始めた。
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