第4話 これからよろしく

「『悪魔』をご存知でしょうか」


 イリアスが真面目な顔つきで問いかけていたが、マリナ自身には『悪魔』という存在に心当たりは無かった。目を閉じ、唸り声を出しながらなんとか捻りだそうとする。


「うーん。なんか、魔族の一種とかみたいな感じなのかな?」

「正確には古代に魔物です。このオデュッセウスという都市はラヴァー島という島に建てられている訳ですが、この島が少々問題有りでして。大昔に『悪魔』たちがこの島を根城にしていたそうなんです。

 『悪魔』とは、ある程度の知性を持ち、強靭な肉体に優れたマナ適性、そして残忍な気質を有していたことから……ハッキリ言って迷惑な存在でした。ラヴァー島を開拓しに来た昔の人たちも『悪魔』には手を焼いていたそうです」

「へぇ、そんなヤツが居たんだ。でも今は見かけないどころか存在すら認知されてない訳だし、なんか策を打ったのかな?」

「……微妙なところではありますね。事実を述べるなら『調停者』と呼ばれる人物によって封印された…………という結末が悪魔を待っていたというお話です」

「ち、ちょうていしゃ…………」


 その言葉もマリナには聞き覚えが無かった。イリアスも「私にも……というより、今の人たちにもこの『調停者』が何者なのかは分かっていません」と付け加えた。なんだか不気味な感じだったが。マリナは気にせずイリアスの話を促す。


「……ただこの悪魔のお話には続きがありまして、よく子供に言うことを聞かせるときの脅し文句のようなモノで『悪い子は地下の悪魔が夜な夜な襲いに来ちゃうぞ』というのがあります」

「地下…………」

「はい。悪魔は様々な媒体に封印された後、その昔にこの島の至る所に埋められ……廃棄され……二度と日の目を浴びないようにされたんです。ごく稀に誰かしらが発掘してしまい、闇市場に出回ってしまうらしいのですが…………」


 もうここまで来るとベートの言いたい事が理解出来てくる。つまり、あの色々と妙だった『本』は……………………。




「……あの本は『悪魔が封印されていた本』かもしれないって事?」




「…………少なくとも長くこの街で暮らす私はそう思ってます。悪魔の封印された品が出てくるのはとても珍しいにしろ、『無い』とは言い切れないので……」

 マリナの中で少し嫌な予感がしたが、一旦エルと話がしたくなった。自分の予感が当たってしまうかどうか、彼女に会うだけで分かるだろう。


「……エルに会ってきても良いかな? アタシも調子が戻ってきたし」

「かしこまりました。私についてきて下さい」


 とても綺麗な歩き方をするイリアスにふらふらと後を追うマリナであった。


◇◇◇


 少々長く歩くマリナとイリアス。廊下を歩くだけでも色々高そうな花瓶や絵が飾られており、エルがかなりのお嬢様だという事実を再認識させられる。

「確かさっきここのお屋敷は『ラーテル家』のモノだって言ってたけど、そういう…………貴族ってこの街に結構居たりするの?」

「まあ、そこそこですね。実際少なくは無いとは思いますが、『ラーテル家』と『アンティ家』に関してはそこらのオデュッセウス貴族とは格が違いますので、このような屋敷が必ず建てられている訳ではありません」

「ふーん。何でその二つの貴族は特別なの? いっぱいお金持ってるとか?」

「オデュッセウスの設立に大きく関わった人物たちの祖先だからです。ラーテルとアンティこそがオデュッセウスの始まりなのです」

「え、えぇ!? 凄すぎない? ちょっと緊張してきちゃった」


 イリアスと様々な話題で話しているマリナだったが、次第に先導していたイリアスの足が止まりエルの部屋に辿り着いたことを知る。

 そしてマリナの杞憂に対し、イリアスは顔を向けずにこう答えた。


「大丈夫ですよ。エル様は貴方にかなりお熱くなってますので、向こうから積極的に接してくれます」


 コンコン。心地良いノックの音。その何気ない音でさえ不快感は全く感じず、いかにイリアスが優秀なメイドなのかを証明する。

「エル様、マリナさんがお会いになりたいとの事です」

「はーい!!」

 部屋の中から大きく、そして元気いっぱいな声が聞こえてきた。エルの声だ。中で何か騒々しい物音がしたと思ったら、ガチャリと音がして扉が開かれた。


 中は意外と普通の女の子の部屋といった雰囲気…………だが、部屋の隅に訓練用のダミー人形が置いてあったり壁に武器が飾ってあったりするアンバランス具合から『エルらしさ』を感じる。正義の騎士を目指すべく、自室の中でも鍛錬を欠かさないのだろう。


「エル!! 大丈夫? どこか――――――」

「あの!!」


 「あ」と思わず声に出るマリナとエル。エルがマリナに会話を譲ろうとしたが、マリナからはエルが元気そうに見えたのでエルの話を優先することにした。


「マリナさん! エルのししょーになってくれませんか!!」


「…………は?」

 マリナは思わずポカンと口を開けて唖然とする。今、彼女はなんとおっしゃったのだろうか。


「最初はマリナさんのこと怪しい人だって思ってたんです。けど!! あの戦う姿に隙の無い動き、そして行動の節々から見える『正義』の心!! エルは、マリナさんから色んなことを学びたいんです!!!!」


「ちょ、ちょっと待って」

 マリナは軽く頭痛と眩暈めまいがしてきた。そもそもマリナ自身もあの地下水路であの男を打ち倒す事が出来なかったのだが……そんな事は些細な事らしく、エルの瞳には『憧れ』の二文字がそのまま映し出されるような煌めきを放っていた。

 それが、あまりにもマリナにとって眩しすぎた。


(それに、アタシは大した人間じゃない…………)

 マリナの心に暗雲が立ち込める。今の今まで、自分が何かに成れたことはあっただろうか。…………『師』の後ろ姿、『妹』の笑顔、『両親』の暖かい手、その全てにマリナは手を伸ばしたが…………届かなかったのだから。そんな自分が今になって、こんな将来有望そうな女の子の師匠になるなんて、身に合わないと感じたのだ。


「ごめん。ちょっとそれは難しいかも。アタシはそんな誰かに物事を教えたことも無いし…………それにアタシなんかじゃ似合わないでしょ」

「いえ!!!! そんな事は無いです!!」

 エルはハッキリと断言する。


「……アタシの事、何も知らないのに。ついさっきまで顔を合わせたことも無かったのに、どうしてそう断言出来るの?」

「勘です!! マリナさんは良い人ですし、間違いなくその心には『正義』があると感じたからです!!」


 本当に薄っぺらい。あまりに幼稚な理由。だが、それでも純粋にマリナの事を見てマリナの事を求めてくれるエルの真っすぐな眼差しはマリナの心にチクりと突き刺さってくる。


「大体、『正義』って何――――――」

 マリナの言葉が彼女を肩を叩かれる感覚によって遮られる。振り向くと、マリナの後ろでずっと話を聞いていたイリアスがマリナに対して頭を下げ始めた。とても綺麗な所作で。


「私からもお願いします」

「え、えぇ? イリアスさんまで…………」

「お!! イリアスさんもマリナさんの正義に気づいたのですか!!」

「いえ、そうではありません。もっと確かな理由です」


 そう言うとイリアスは頭を上げ、真剣な――――つい先ほどまでと変わらない目つきでマリナの顔を見る。

「実は、保母やメイド長だけでなくも私の役目です。が、昨日と今日の二日間は個人的な理由で館から席を外してしまっていたのです。

 その結果、エル様は事件に巻き込まれマリナ様も被害を被る事になってしまいました。……そして私は今後も度々エル様の面倒を見切れなくなってしまう時が増えます。出かけないといけない用事が今後増えてしまうので…………。

 エル様も騎士になってある程度戦えるようになりましたが、それでも立場が立場なので危ない目に合う機会が普通の騎士より多くなる可能性もあるのです」


 次第にベートは顔を上げた。その顔はとても真剣な様子で…………どんどんマリナにとって断りづらい状況となっていく。


「何が言いたいのか……という反応をされるかもしれませんが、要するに『マリナ様にエル様の身辺警護を依頼したい』と言えば分かりやすいでしょう」


「……その身辺警護の合間に稽古をつけるくらいなら良いんじゃないかって事?」

「そうです。冒険者は『依頼』を引き受けソレをこなすことで生活する者。私やご主人の方から報酬や寝床は用意いたしますので…………どうか引き受けてくれませんか?」

 おねがいしますと頭を再度下げるイリアス。それに合わせるようにエルも横に並びぎこちなく頭を下げて「エルからもお願いします!!!!」と言われる。


(…………まぁ、少し挑戦してみても良いかな)

 そしてその二人の行動も相まって、マリナに歩み寄らせることに成功した。


「分かった。エルが満足するまで付き合うよ。もちろん一番はエルの『身辺警護』だけど」

「…………!!!! ありがとうございます!!!!」

 エルが大はしゃぎしながらマリナの手を掴みブンブンと振り回す。マリナからも何だか悪い気はしなかった。


「これからよろしくお願いします!! ししょー!!!!」

「ふふ…………うん。こちらこそよろしくね」


 夜は明けようとしていたそんな時、二人の運命の糸がこの瞬間から絡み合い始めたのだった。




 


 

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