第46話 風と共に消ゆ

◆◇◇◇◇◇



 最短距離で夕暮れの街道を馬でひた走る。

 聖都ウプサラとはハイメス国の首都に当たる場所で、ハイメス城や魔法学園スペルアカデミー、そして目的地サンサーラ教の総本部が存在する大都市らしい。


 道中、何組かの怪しい集団と擦れ違う。

 マリーさんの推測ではクーヤさんを待ち伏せしている教団の刺客ではないかと話していた。

 その意見にはクラウスさんもおおむね同意し、「お嬢様は、恐らく街道を外れて聖都に向かっている可能性が高いですね」と話していた。


 馬を休ませる為に”ウルソデン”と言う名の小さな村に立ち寄ったが、村人の話ではクーヤさんの容姿に該当する人物は見かけて無いと言い。

 そして、別のグループにも何度か同じような質問をされたと話していた。

 マリーさんの言っていた通り、クーヤさんを狙う連中がいる事を僕達は確信した。


「お嬢様は単独で向かわれたので、刺客でも容易に発見はできないでしょう。迂回しながら聖都に向かっているとすれば、私達もお嬢様との距離の差を埋めれるかも知れません」


 クーヤさんが屋敷を出たのは、僕達が屋敷を出る約2時間半前。

 街道を最短距離で聖都を目指せば、案外追い付けるかも知れないとマリーさんが言う。

 休憩の回数を減らせば、明日の昼頃には聖都ウプサラに到着できるだろうと話していた。


 冒険者組合を通してギルドに「街道周辺のモンスター討伐」の依頼が多数寄せられているので、街道付近でモンスターに遭遇する事は無かった。

 タクティカ国の冒険者ギルドでも、そういった依頼はよく見かけたのを思い出した。

 冒険者ランクの評価に影響が無く、報酬金額はそこまで高くはないけれど、そういった依頼の積み重ねで商人や旅人の安全な往来が守られていると思うと馬鹿には出来ない仕事だと改めて感じた。


 更に馬を走らせ、完全に日が落ちた所で街道脇に簡易キャンプを作る。

 マリーさんがウルソデン村で購入した道具と食材で簡単な夕食を造ってくれた。

 少ない器具と材料で造ったとは思えないほど美味しい料理に僕達は舌鼓したづつみを打った。

 料理に対してなみなみならぬ熱量を持ったスピカも「旨い!」と言い、自身の料理の腕より上手なマリーさんに対して嫉妬の混じった視線を向けていた。


 状況的に不謹慎で口には出せないが、異国の地で冒険らしい経験をしている現状に少しだけ高揚感を覚えていた。

 野宿なんて何年ぶりだろうか?

 初めての野宿はネイと出会ったばかりの時だったな。

 あの時は身も心も疲弊していて、旅の醍醐味だいごみを感じている場合ではなかったからな。

 僕は彼女から貰ったペンダントを取り出し手の中で転がす。

 その後、僕達は交代で夜衛をして日が昇り始めた頃に再出発をした。



 日が昇り正午に差し掛かる頃に僕達はようやく聖都ウプサラへと到着した。

 クラウスさんが街の門を守る守衛にクーヤさんが通りかかったか聞くと、朝方街に入ったと話していた。

 入口で僕の個人カードを提示すると、守衛は直立し「ようこそおいで下さいました!」と敬礼をした。


 また要人と勘違いされてしまったようだ。

 クラウスさんとマリーさんもなんだか尊敬しているような表情を浮かべているし。

 今後も個人カードを見せる度に、こういう態度を取られると思うと少しムズ痒いかも知れない。


「そこまで時間差は埋めれなかったようですね。このまま大通りを馬に乗って教団本部へ向かいましょう! 往来する人に気を付けながら走っても30分程度で到着するはずです」


 僕達はクラウスさんの馬を先頭に教団本部へと向かった。

 教団本部を目指す道すがら、料理を販売する屋台が視界にはいる度にスピカが「おい、あれ! ……ああ、通り過ぎちゃった!」と反応していた。

 耳をピンッと立てて眼を見開いたと思ったら、すぐに落胆し後ろ髪を引かれるように過ぎ去る屋台を横目で眺めるという行動を何度か繰り返している。

 そして、それを眺めながら斜め後方を走るマリーさんの顔が、心なしかほころんでいるように見えた。


 整備された大通りの街道はかなり広い面積を誇り、横幅は大型の荷馬車が何台も擦れ違える程の余裕があった。

 不思議な薄透明な紫の光が街の至る所にふわふわと浮いており、触れるとスゥっと消えてまた現れる。

 これは何ですか?とマリーさんに聞くと、どうやらこの街の街灯の役割を果たしている代物らしいと話していた。

 今は昼間なので、ほとんど目立たないけれど夜になると一斉に輝きを増して、街を照らすらしい。

 それは凄いな、きっと幻想的な風景に違いない。


 馬を走らせる事40分あまり。

 僕達はようやくサンサーラ教本部のある礼拝堂へと到着した。

 一般公開されている礼拝堂には訪れた住民達の姿で賑わっていた。


「きゃっ!」


 不意にマリーさんが地面に出来た窪みに足を取られて転んだ。

 見ると不自然に壊されたように、そこかしこに石の破片が散らばっていた。

 危ないな、この国は街道の整備が不十分なのだろうか?

 それともこの場所は、すでに教団の管轄下なんだろうか……。


 クラウスさんが「まったく、ドジだな」と苦笑して手を差し伸べる。

 それに対してマリーさんは「うるさいな」と頬を膨らませ拗ねた表情を浮かべていた。


 ドオオォォォオン!!


 その時、晴天の空にも関わらず礼拝堂の奥の建物に巨大な雷が落ちた。

 耳をつんざく轟音が鳴り響き、重い物が地面に直撃したかのような地響きが周囲の地面を揺らした。


 な、なんだ?こんなに晴れて雲1つ無いのに落雷?

 本当の意味での”青天の霹靂へきれき”と言うのを初めて見た。


「あ、あれはお嬢様の起こした現象です! 恐らく落雷が落ちた地点でお嬢様が何者かと戦われている!」


 突然クラウスさんがそう叫ぶと礼拝堂内へ走り出した。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいクラウス! ラルク様、私達も追いましょう!」


 礼拝堂に参列しに来た人々を掻き分け、施設の奥へと走る。

 中庭を突っ切り、更に奥へ進むと警備をしている数人の聖騎士ホーリーナイトが行く手を遮った。


「お前達! ここは立入禁止だ。早々に立ちされい!」


 言うは早いが、聖騎士ホーリーナイトが喋り終える前に、クラウスさんとマリーさんが炎の上位魔法ハイスペルを放ち、相手を怯ませる。


「ラルク様、今です先に!!」


 そうクラウスさんが叫んだ。

 強襲された事で聖騎士ホーリーナイトが怯み、その隙を突いて通路の中央を走り抜けた。

 僕達を追いようにゾロゾロと虫のように湧き出る警備兵をクラウスさん達が後方で抑える。

 僕もルーンショートソードを抜き、ルーンライトバックラーを身に着けた。

 これじゃ、まるで僕達の方が野盗か何かみたいだなと思った。


「あるじ、遠慮しなくても良さそうだぜ。こいつらかなり高価な武具を装備してやがるから、そう簡単には死なないと思うぜ!」


 レオニスが僕の脇を走りながらそう叫んだ。

 本当かなぁ?でもそれを聞いて少し気分が軽くなった。

 友人を助ける為とは言え、人殺しなんて心情的にはばかられる。


 そう考え、改めて僕は冒険者に向いて無いかも知れないと溜息をついた。

 詭弁かも知れないけれど、全ての揉め事を出来る事なら話し合いで解決したい。

 それが実現できれば戦争や種族間の醜い抗争は起きないんだろうな。

 結局、互いに譲れない考えや思想があって、そこに賛同者が集えば争いが起こるって事なんだろうな。


 目の前を立ち塞がる警備兵を幾人か退け、最奥と思われる教会へと辿り着いた。

 その協会の天井は崩れ、上部で煙が立ち昇っていた。

 間違いない、雷が落ちたのはこの建物だ。

 僕は勢いよく入口の大扉を開いた。


 正面の床には石畳が抉れたような巨大な窪みがあり、2体の巨大な女神像は窪みに面した部分が砕けて半壊しているように見えた。

 周辺では黒い鎧を身に着けた騎士が何人も倒れており、それを別の騎士助け起こしている様子だった。


 天井の穴から太陽の光が射し込み、その光景を優しく照らしている。

 それはまるで有名な絵画のようなおもむきのある情景を作り出していた。

 題するならば”戦火の痕”と言った感じだ。

 そう考えて、やはり僕にはお洒落な名称をつけるセンスは無いなと再認識してへこんだ。


 そうこう考えていると視界の隅になにやら光が瞬いているのを見つけた。

 左側の壁際に倒れる男性と、膝を屈してこちらを見ている女性。

 女性の正面には、光り輝く宝石と巨大な槌を手に持った長髪の男性の姿が見えた。


「おい! 戦闘中みたいだぞ!」


 レオニスが叫んだ瞬間、立ち上がろうとしている女性と目が合った。

 あれは、クーヤさん!?

 その後に倒れているのがマウリッツさんだろうか?

 じゃ、あの長髪で黒衣を着た男がオノ…オノス大司教か。


「ラルク君。危険だ! 来ちゃだめだ!」


 口元に血を滲ませているクーヤさんの姿を見て、彼女を救わなければという正義感に駆られ、僕は自然と走り出していた。

 呆然とこちらを眺めていた大司教は巨大な槌を手放し、ゆっくりとこちらに歩み寄って来た。

 なんだ?隙だらけだ、戦う気が無いのか?


 距離が近付き、僕は足を止めて剣を構えた。

 相手との距離は丁度ショートソード2本分、1歩踏み込めば間合いに入る距離だ。

 僕は意を決して足を踏み出そうとした瞬間、目の前の男がひざまずいた。


「ラルク様でございますね、お会い出来て恐悦至極にございます」


 突然の出来事に訳が分からず「えっ?」と驚きの声が漏れた。

 完全に頭を下げひざまずいた大司教をならうように、神像付近の騎士達も一斉にこうべを垂れた。


「ラ、ラルク様、この状況はいったい……」

「お嬢様! お怪我はございませんか!?」


 後ろから駆けつけたクラウスさんも状況が飲み込めず棒立ちになる。

 マリーさんは早々にクーヤさんに駆け寄り、怪我の治療を始めた。

 クラウスさん達を追って来た聖騎士ホーリーナイトも、大司教達が頭を下げている謎の状況に困惑し動きを止めた。


 訳の分からない状況下で何故か僕に視線が集まる。

 クーヤさんはポカンとした表情浮かべ、険しい顔付きで周囲を警戒しながら僕の答えを待つクラウスさん。

 いや、僕もこの状況の意味なんて分からないんだけど、逆に今何が起きているのか教えて欲しいくらいだ。

 混乱の最中さなかクーヤさんがゆらりと立ち上がり大槌を拾い上げると、項垂うなだれたままズルズルと大槌を引きずり近付いて来た。

 そして僕の前でひざまずこうべを垂れる大司教目掛けて、大槌を振りかぶった。


 ええっ!?この無防備な状態の大司教の後頭部を伝説の武器で殴るの!?

 僕は無残に潰された大司教の姿を想像してゾッとした。

 しかし、無情にも怒りの表情を浮かべた彼女は大槌を勢いよく振り下ろした。

 僕は反射的に自分のルーンショートソードとルーンライトバックラーを彼女の大槌に重ねた。


 ギイィィン!!


 甲高い金属音が響き渡り、僕の全身に感じた事の無い程の重い衝撃が圧し掛かった。

 そして全身を駆け巡るピリピリとした感電に似た痺れが継続的に走る。

 よく見るとルーンライトバックラーに乗り全身の毛を逆立てながら大槌を押さえるレオニスの姿と、僕の周囲を透明なベールのようなものが包んでいるのが見えた。


「おい、ねーちゃんさぁ! この場はもう戦場じゃねぇぞ!」


 レオニスは大槌を支えながらそう叫んだ。

 大槌を流れる電撃の影響で全身が帯電し全ての毛が逆立っている。


「この姿じゃ、完封とまではいかねぇか」


 足元ではスピカが対電撃用の防御上位魔法ハイスペルを展開してくれていた。

 それで軽く痺れる程度のダメージですんでいるのか。

 自分が背後から殺されそうとしている状況でも大司教は頭を下げたまま動こうとしない。

 その姿を見たクーヤさんも冷静さを取り戻したのか、力を緩め大槌を背中に納めた。

 大槌は僕達の目の前で「スゥ……」っと霞のようにその姿を消した。

 消えた…流石、伝説の武器と呼ばれるだけはあるなと浅い考えで簡単に納得した。


「あなたが大司教のえーと」


「オノス・フェニックにてございます、ラルク様」


 大司教は未だ頭を下げたまま、僕の言葉に答える。

 正直、初対面の相手にここまで敬意を払われる理由が良く分からない。

 それに、先程から無言のクーヤさんの刺すような視線が痛い。

 まるで僕をサンサーラ教団の回し者だと疑っているような視線だ。


「オノスさん、僕とあなたは初対面ですよね?」


 保身も兼ねて、僕は大司教に初対面だという事を再確認した。


「おっしゃる通りでございます……」


 あまりにも僕に対して敬意を払う姿が自然だったので、自分が忘れているんじゃないかと疑ってしまったくらいだ。

 やっぱり初対面で間違いない、それにしてもこの態度はどういう意図があるんだろうか?


「取り敢えず、顔を上げろよ。あるじが困ってるだろう?」


 僕が言葉に詰まっていると足元からレオニスが言葉を発した。

 大司教は視線を少し上げ、レオニスの顔をマジマジと見つめる。


「もしや貴女様は、ベ・リ……」


 何か言おうとした瞬間、大司教の顔面にレオニスの拳が炸裂し、鼻血を出しながら前のめりに顔面から崩れた。


「……頭が高い! 余計な事は喋るな、あるじの質問にだけ答えろ」


 自分で「顔を上げろ」と言って、上げたら「頭が高い」と言う理不尽。

 大司教は「は、はい。申し訳ございません」と言いダラダラと鼻血を流しながら顔を上げた。

 その表情は、どこか愉悦を感じて恍惚としているように見えた。 

 態度といい表情や服装も含めて、正直かなり気味が悪い。


 さっ、あるじ!準備は整えてやったぜ!褒めて!と言わんばかりの表情でレオニスが僕を見上げる。

 僕は軽く頭を撫で、改めて大司教に向き直った。


「えっと、どうして僕の名前を知っているんですか?」


「……」


 クーヤさんも腕組みをして不信感に彩られた表情で大司教の答えを待っている。

 僕とは初対面だけれど、一方的に知っていると言うのは何とも薄気味悪い話だ。

 その時、僕の脳裏に1つの考えが浮かんだ。


 ”もしかして、僕が破壊神の加護を持っている事を知っているんじゃないか?”


 ハイメス国と言えば、故郷のアルテナ国から隣国のオスロウ国を経由した先にある国だ。

 それに魔法都市と呼ばれる程の国でこれだけ大きな施設を建てるような宗教団体だ、故郷の教皇と繋がりがあっても不思議じゃない。

 その事に気付いた瞬間、僕の鼓動が嫌なリズムを刻み高鳴る。


「それは言えません、ある御方に口止めをされております。ですが”神の寵愛を受けた唯一のきみ”と認識しております」


 やっぱり、この人は知っているんだ。

 僕が破壊神の加護を受けている事を……


 でも理由を言えないとは?誰かに口止めをされているのか?

 大司教と言うくらいだから、この施設の最高責任者だと思っていたけれど、更に上の立場の人物が存在して口止めをしていると言う事なのか?


 考え事をしていると騒ぎを聞き付けた聖騎士ホーリーナイト聖職者クレリック、更に大勢の信者までもが教会の入口に大挙して押し寄せた。

 まさか、この人数で大乱戦なんて事にならないよな。

 そう思ったのもつかの間、頭を下げる姿勢の大司教の姿を見て、皆一様に動揺している様子だった。


「取り敢えずさぁ、ラルクをうやまうってんなら、この緑髪のねーちゃんの家に手を出すのを止めろ。これは命令だ」


 今度はスピカが僕の肩に飛び乗り、大司教を見下すように命令する。

 いくら誘拐犯とはいえ、初対面の人間によくここまで高圧的な態度がとれるものだと少し感心する。


「もしや、そういう貴女様はアル……」


 何か言おうとした瞬間、大司教の顔面で爆発が起こり、黒い煙を上げながら前のめりに崩れた。

 スピカが何らかの魔法スペルを放ったようだ。

 戦意喪失しているみたいだし、許してやれよと思った。


 はっ!忘れていたけどマウリッツさんは無事のようだ。

 皆と同じく状況が分からず、成り行きを見守っている。


 大司教はもはや自分から何か喋る気配は無いし、僕に対して平伏している様子。

 ここは僕が治めるしかなさそうだ。


「あの僕自身は偉くはないですが、クーヤさん…えっとユーイン家の方々にはお世話になっていますので今後強引な手段でちょっかいをかけるのは止めてください」


 僕がそう言うと、大司教は改めてこうべを垂れて「御身の仰せのままに」と短く了承してくれた。

 おっと、もう1つ伝えとかないといけない。


「あと、クーヤさんの武器も諦めてください。歴史的遺産だと言うのは分かりますけど、先祖から受け継いだ大切な武器です。きっと子孫の人が使う方が元の持ち主も嬉しいと思いますよ」


「おっしゃる通りにございます。全ては御心みこころのままに」


 先程から続く完全肯定の連続に「コイツ実は口だけなんじゃないか?」という疑念すら湧いてくる。

 僕達が去ったあと「ペッ」と唾を吐き捨てて、「ちょろいぜ!」とか言って嘲笑うんじゃないだろうな?

 僕の想像する脳内映像でその台詞を言ったのはスピカだった。


「ラルク、こいつ口だけかも知れねぇから、そうだな賠償金貰おうぜ! 誘拐代、俺様達と緑髪の旅費、俺様達と緑髪の治療代、ユーイン家への慰謝料、あと俺様を空腹にした慰謝料含めて8000万ゴールドって所だな。あと今後、緑髪の家に手を出さないという念書も忘れんなよ!」


 法外にも程があるだろう、しかも”俺様を空腹にした慰謝料”ってなんだよ。

 さすがにボリ過ぎだろうと思っていると、大司教から意外な答えが返って来た。


「仰せのままに。今後、我々サンサーラ教団はラルク様と懇意にしている者と敵対する事のないように致します。そして先程の条件通りの賠償をする事を神に誓います。どうかお許しください」


 大司教はそう言って僕に頭を下げた後、クーヤさんとマウリッツさんの方に向き直り、額を地面に擦り付け「これまでの重ね重ねの無礼の数々、本当に申し訳ありませんでした」と大勢の騎士や信者の前で土下座をした。


 クーヤさんは未だ収まらない怒りの矛先を失って、バツの悪そうな表情でガリガリと頭を掻いた。

 ……無理もない。

 父親を誘拐されて自分も怪我まで負わされて、満足にやり返せないまま部外者によって自動的に問題が解決したんだから当然だと思う。

 言葉を失っていると、不意に肩の上のスピカが小さな手で僕の頬をグイっと押してきた。


「ラルク帰るんだろ? 緑髪を連れてさ、執事のじいさんが待ってるぜ?」


 そう言って眩しい笑顔を浮かべる。

 僕は子供の時に友達と一緒に帰ろうと誘う感じで、短く「…帰ろ」と笑顔でクーヤさんに手を差し伸べた。

 彼女は微妙な表情を浮かべていたが、僕の手をしっかりと握った。

 そして僕達はその足で乗って来た馬に跨り、聖都ウプサラを後にした。


 帰りの道中に、聖都の屋台に寄り忘れた事を思い出したスピカは泣きながら引き返そうと叫んでいた。

 その慟哭はハイメス国の荒野に虚しく響き、吹き荒ぶ風と共に消えていった。

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