第43話 爆雷の女神の加護

◇◇◇◇◆◇



 馬車に揺られ、どこかに向かっている。

 俺様は寝たふりをしながら2人の会話に聞き耳を立てていた。

 ラルクは上機嫌にルーンの事をペラペラと語っている。


 タクティカ国の連中と別れてから少し気落ちしていたようだが、この様子なら大丈夫そうだな。

 それにしても、この女……何者なんだ?


 俺様は意も知れぬ不安感のようなモノにさいなまれていた。

 ラルクが船の中で知り合ったという緑髪。

 従者共はただの人間種ヒューマンだが、あの女だけは何かが違う。

 俺様達の脅威になりうる何か、俺様と同等の魔人…いや、違う強大な何かだ。


 レオが見たと言っていた緑髪の武器……

 形状から推察するに伝説に語られているで間違いない。

 ……って事は1つの仮説が成り立つ。

 緑髪は伝説の英雄の血脈で、その因子を色濃く受け継いだ存在だと想像ができる。

 現状あくまでも想像でしかないが、注意深く観察する必要がありそうだ。


 ――なぁ、そうだろう?レオ。

 レオもまた緑髪の事になんとなく気付き、そして危惧していた。

 俺様は片目だけ薄目で開いて、同様に寝たふりをしているレオを見た。

 ……ヤツはだらしなくよだれを垂らしながら熟睡していた。

 コイッは~!!!

 頭にきた俺様は寝たふりを止めてレオに思いっきり噛みついた。


「ギィニャァァァアアアァァ!!!」


 ガジガジガジ……!!


 必要以上に牙をたて、極限まで伸ばした爪を食いこませる。

 俺様が本気で食らいつくと、熟睡中に不意を突かれたレオは聞いた事の無いような大声で叫んだ。

 驚いたラルクと緑髪が俺様とレオを必死に引きはがそうとしてくる。


「こら、寝惚けるな! レオニスは食物じゃないぞ!!」


「ラルク君、スピカ君の体が結構長く伸びてるけど大丈夫なのかい!?」


「大丈夫です! もっと伸びます!」


「もっと伸びるの!?」


 どんな会話のやり取りだよと横目で見ながら、だんだんと怒りが収まってきた俺様はあっさりと噛むのを止めた。

 逆に意味も分からず噛みつかれたと勘違いしたレオは怒りをあらわにして襲い掛かろうと暴れ、ラルクに抱えられていた。

 ふん、だいたい昼間の護衛はお前の仕事だろうが……。

 さぼってんじゃねーよ!

 俺様は「べぇ!」と舌を出し、フンスとそっぽを向く。


 そうこうしていると、「ブルルル」と馬のいななきが聞こえ馬車が停止した。

 俺様は緑髪に抱きかかえられながら、首をあげて車窓の外を見ると馬車は豪邸の前で停車していた。

 どうやら、目的地に着いたようだな。


 緑髪に抱えられたまま馬車を降りると多数の従者が庭園の手入れをしており、眼前には巨大な屋敷がそびえ立っていた。

 なんてでかい家だ、いったい何人で暮らしているんだ?


 俺様は体をよじり、緑髪の手から抜け出しラルクの頭上へと飛び乗る。

 緑髪は少し残念そうな表情を浮かべていたが、すぐに気を取り直したようで俺様達を屋敷内へと案内した。


 玄関を入ると巨大な吹き抜けのホールが広がり、数十名の執事とメイドが「おかえりなさいませ」と一斉に頭を下げて出迎えた。

 そうとうな金持ちのようだな、これは旨い料理が期待できそうだぜ。

 気を抜く事はできないが、何か楽しみが無いとつまらないからな。

 俺様は軽く舌なめずりをして、浅い眠りへと入った。



◆◇◇◇◇◇



「僕達は着替えてくるから客間でくつろいでいてくれ」


 クーヤさんはそう言うとメイドに2、3指示を出し2階へと上がって行った。

 僕達は数人のメイドに案内され客室へと通される。

 待つ事数分、着替え終えたクーヤさんが客室へ降りて来た。


 クーヤさんは部屋着……と言えば聞こえは良いが、シャツにショートパンツという露出度の高い恰好で現れた。

 旅用に着用していた服では気が付かなかったが、クーヤさんはお世辞無しで抜群にスタイルが良かった。

 胴よりも足の方が長く、着痩せと言うと失礼に聞こえるくらいグラマーな体型で、長く綺麗な緑色の髪をポニーテールに纏めて、露わになった”うなじ”が色気を倍増させているように感じた。


 年頃の男としては大変目のやり場に困ると言うか、彼女が体を動かすたびに自然と視線が引き寄せられる。

 見つめ過ぎるのも失礼だし、かといって目を逸らすのも変だし……。

 そう考え、意識すればするほど自分の視線の位置が定まらない。

 これが俗に言う”視線が泳ぐ”ってヤツだな、しかし自覚した所でどうしようもない。

 寝る前に舌の置き場を考え出すと寝れなくなるのと同じ原理だ。

 この国ではこれが普通なのか?

 アルテナ国やタクティカ国とは違う文化体系なのだろうと納得するしかない。


 僕の動揺する様子に気付いたのか、クーヤさんは対面に座りワザと胸を強調するように腕を組み、長い脚を組み替える。


「うん? どうしたんだい?少し顔が赤いようだけど」


 ……また、あの何かを企むような顔をしている。

 俯きながら「もう正直に服を着てください」と言おうと決心し顔を上げた時、彼女の背後に黒い人影が見えた。

 その人影の正体は執事用の制服に着替え、気配を消していたジョルディさんだった。

 僕の視線が彼女の上に向いた直後、ジョルディさんの拳が静かに振り下ろされクーヤさんに直撃した。


「あいた!? じい! いつの間に!?」


「なんですか! 客人の前ではしたない!!」


 目の前で従者が主人の頭部を殴る姿を見て驚いた。

「あるじを殴るのはどうかと思うよ!?」とクーヤさんが怒鳴ると、「この屋敷内では、お嬢様の教育係としての役職が最優先されますので、それとも奥方様に御報告をした方が宜しいのでしょうか?」とジョルディさんが切り返した。

 奥方様と言う言葉を聞いたクーヤさんは「うぐぐ…」と口を紡ぎ、唇を尖らせながら部屋を出て行った。

 先程のジョルディさんの言葉から彼女の恰好が普通じゃないんだと理解する。

 やっぱりそうだよな、おかしいと思った。


「すみません、ラルク様。お見苦しい姿をお見せしました」


「い、いえ。大丈夫です」


 眼福でした……とも言えない。

 残念な思いも少しあるけど、僕はホッと胸を撫で下ろした。


 しばらくすると、露出度の低い衣服に着替えたクーヤさんが戻って来た。

 ジョルディさんはクーヤさんにお茶を出し、僕達にも再度新しいお茶を入れ直してくれた。

 猫舌のスピカとレオニスに冷たいお茶を別に用意するあたり、執事筆頭としてのプロ意識の片鱗を見たような気がする。


「そうそう、父上は明日お戻りになると報告があったから今日は我が家でくつろいでいってくれたまえ。スピカ君もレオニス君も夕食の希望があったら教えてくれ、自慢のコックが腕を振るってくれるからね!」


「うおぉぉ! 本当か!? 肉、肉がいい! 魚も当然だし、麺と…そう、焼物と煮物に蒸料理!」


「先輩、それほとんど全部じゃねぇか。俺は甘いスイーツ一択だな!」


 スピカとレオニスは黄金色の眼をクリクリと輝かせ、遠慮なく自分の食べたい料理を叫ぶ。

 さっきまで満腹で寝ていた癖にどういう胃袋してるんだ……

 恥ずかしいから少しは自重しろと言いたい。

 クーヤさんは「あっはっは! その遠慮の無さは結構好きだよ!」と言い大笑いをしていた。


 その後、屋敷を案内してもらい客室を1つ借りる事となった。

 クーヤさんは好きな部屋を選んで良いと言うが、平民の僕からしたらどの部屋も高級で同じに見えてしまう。

 僕は適当な部屋を選び、少ない荷物を置いて一息ついた。

 審美眼の未熟な僕でも分かるくらい、家具や調度品に至る全てが一般市民では手が出せないような高価な品ばかりに見えた。

 レオニスが「1個くらい持っていっても気付かれないんじゃないか?」と危険な発言をしていたので注意をする。

 僕は2匹が喧嘩でもして部屋の物を壊すんじゃないかと気が気じゃないんだけどね。


 部屋の中を散策していると、不意にドアがノックされ「ラルク様宜しいでしょうか?」と男性の声が聞こえてきた。

 ドアを開けると制服に着替えたクラウスさんが立っていて「お風呂の準備ができたのでどうぞ」と案内をしてくれた。

 スピカとレオニスは失礼にも女湯に入らせろと我侭わがままを言い出したが、クラウスさんは嫌な顔一つせず準備をするようにメイドに指示をしていた。

 本当に何から何まですみません……

 僕は心から恐縮し、何度も頭を下げた。


 クラウスさんに案内されて浴室に向かう最中、廊下の窓から中庭にそびええ立つ銅像が見えた。

 身の丈以上の巨大な大槌を天高く構えたグラマーな女性の姿を再現した銅像は綺麗に磨かれているのか、太陽に照らされて見事な光沢を放っていた。

 まるで船上で見たクーヤさんの姿と重なって見えた。


「クラウスさん、あの銅像は誰なんですか?」


 僕が問いかけるとクラウスさんは歩みを止めて説明を始めた。


「あの像はユーイン家の初代党首にして伝説に語り継がれる天よりの使者、”爆雷の女神”と呼ばれた”サクヤ様”です」


 爆雷……?どこかで聞いたような。

 ああ、そうかレディポートで街の人達がクーヤさんを見てそんな事を言っていたな。

 その事をクラウスさんに聞くと、少し誇らし気な表情になった。


「ええ、クーヤお嬢様は爆雷の女神の生まれ変わりだと言われております。数々の武勇をあげ、17歳にして国王陛下から5つも勲章を頂いた凄い御方なのです」


 じゅ、17歳って僕とおない年じゃないか!?

 見た目が大人っぽいから、てっきり年上の人だとばかり思っていた。

 それにしても、おない年で勲章を貰うとか……凄い人だったんだなと改めて感じた。


 クラウスさんの話を聞いてスピカとレオニスも凄い貴族だと理解したようで、「なるほどな」とか「そういう事か」と口々に話していた。

 たまたまとはいえ凄い人の家に招かれたんだと理解したのなら、あまり変な発言や我侭わがままを言わないでほしいものだ。


 廊下を歩きながらクラウスさんが色々と話をしてくれた。

 クラウスさんとマリーさんはこの家で働き始めて3年目になると言う。

 クーヤさんの母にあたる人がこの家の直系にあたり、現在は魔法学園スペルアカデミーの講師をしており、2人は教え子として魔法スペルの才を見込まれて働かせて貰っているらしい。

 現当主の父親は広大な領地を治める大貴族で、幾つもの博士号を取得している聡明な人物だと話していた。


 そして前置きを終えたクラウスさんは、満を持してクーヤさんの武勇伝を語り始めた。

 彼女は生まれながらに魔法スペルの扱いが上手く、剣術や体術だけでなく学習能力の高さも秀でていたらしい。

 その為、特別に10歳の時に”検定”を行った結果、”爆雷の女神の加護”と”電撃無効” ”癒しの息吹” ”鬼神の腕力”という3つの特殊才能ギフトに恵まれていたと言う。

 なんだか、完全に戦闘に特化したような特殊才能ギフトをお持ちなんだな……


「伝説の英雄の家系として生まれ、その血を色濃く受け継いだお嬢様の評判は国中の者が知るほど轟いております。今日のように旅の冒険者が故の無知により、お嬢様に喧嘩を売ると言う愚行を行う輩は稀におりますけどね」


 そう言って、クラウスさんは苦笑する。

 その後も山賊退治の話や、隣国との戦争の仲裁などの武勇伝を話してくれた。


 クラウスさんは寡黙な感じの印象だったけれど、話してみると案外話し易い。

 特にクーヤさんの話となると嬉しそうな顔をしながら語っていた。

 主従関係とはいえ、クーヤさんは従者から好かれているんだなと思った。


「ラルク様も特別な加護をお持ちとか、お嬢様が貴方に興味を持たれたのは案外似たような加護をお持ちだからじゃないですか? ……あっと失礼しました、そちらは極秘事項でしたね。お許しください」


 僕はその天よりの使者によって倒されたと語られる破壊神の加護を受けているようです。

 もしクーヤさんに知られたら、あの巨大な槌で殴り殺されるんじゃないだろうか……

 僕は一抹の不安を抱きながら案内された浴室で湯浴みをした。



 その後、夕食の準備ができたとお呼びがかかりマリーさんが案内役として訪ねて来た。

 マリーさんにクーヤさんの事を聞いてみた所、クラウスさん同様に饒舌に話し始めた。

 ただ一つ違うのは、マリーさんの話は女性らしい話題が多くクラウスさんのような英雄譚が中心では無かった。

 良く似た兄妹でも、性別によって話の内容がガラッと変わるものだなと思った。


 2人ともクーヤさんの事が好きで、主人として尊敬している所は共通しているようだ。

 クラウスさんとは双子の兄妹でコダ国という砂漠の国出身だと話していた。

 以前訪れたピトゥリア国を北へ北へと北上した所にある広大な砂漠の中央に位置する国だ。


 大広間に案内された僕達は揃って驚きの声をあげた。

 その部屋には幾つものテーブルが円を描くように設置されており、大きな皿に山盛りに盛られた料理の数々が所狭しと並んでいた。


「君達の見事な食べっぷりからバイキング形式にして貰ったけど…どうかな? 気に入って貰えたかな?」


「緑髪! 気にいったぜ!!」

「俺もだ! 最高だ!!」


 スピカとレオニスは僕の上から飛び降り、眼をランランと輝かせてクーヤさんの周りを飛び跳ねるように喜びを全身で体現していた。


 ああ、恥ずかしい。

 ただでさえ、喋る猫を見て従者の人達が驚いているのに礼儀も欠いているなんて……

 僕は肩身の狭い思いをしながら、こんなに大層なお持て成しをしてくれたクーヤさんにお礼を言った。


「気にしないでくれたまえ。これはクラーケン討伐の報酬とでも思って貰えれば良いよ。あの船の所有権はハイメス国にあるからね、君のお陰で修理費が安く済みそうで良かったよ」


 気を使ってくれているのは感じているけど、そう言って貰えると少し安心する。

 クーヤさんは執事からフルート型のグラスを2つ受け取ると、1つを僕に渡し「良き出会いに!」と言ってグラスを重ねる。


「ああ、大丈夫。アルコールは入って無いから。じいがうるさいからね」


 そう言ってウィンクをした。

 僕は先程クラウスさんとマリーさんから聞いた話を交えながら、クーヤさんと楽しい夕食の時間を過ごした。

 夕食のお礼という訳じゃ無いけれど、馬車の中で見たいと言っていたルーン技術の実践を彼女に見せてあげた。

 厨房のナイフに荒々しく大きなエネルギーをもたらす”ウル”の文字を刻んだ。

 クーヤさんの指示でコック長が出来上がったルーンナイフで食材を試し切りした所、いつもの力加減で切ったにも関わらず、木製のまな板が食材ごと真っ二つになり、見学していた人々達は大層驚いていた。


 スピカとレオニスはテーブルに用意されていた料理の約80パーセントを平らげ、さすがに動けないくらいお腹がパンパンに膨れ上がっていた。

 こいつらの異次元的な許容量の胃袋も凄いけど、それでも食べきれない量を準備するとは恐れ入りました。

 スピカは動けないくせに「残りは明日の朝食うから捨てるなよ! もったいないし!」とメイドの方々に釘を刺していた。

 もう黙って寝ていなさい。


 こうして、楽しい夕食のひと時を過ごし客室へと戻った。

 レオニスは転がるようにベッドへと飛び込み、スピカは窓際のイスを陣取って丸くなっていた。

 屋根付きでキングサイズはあろうかという巨大なベッドに寝そべり背筋を伸ばした。


 今日は色々あったな。

 僕はネイから貰ったペンダントを光にかざして、クリスタルの中の花を見つめる。

 最近では寝る前になんとなく花を見るのが日課となっていた。


 柔らかな羽毛の布団に身を埋めていると、自然と睡魔が僕の意識をゆっくりと眠りに誘っていった。

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