16. 食堂での一憂

 時間は少し経って昼下がりの十二時。時刻を知らせる銅鑼どらが一つ、遠くで鳴る。

 そのうねる様な残響さんきょうを私は食堂の中で、昼食がはいされたお盆を手に持ちながら聞いていた。


 いつもなら大急ぎで風呂場に向かっている頃だが、鍛練たんれんが一時間早く終わったのもあり、今日の私はすでに風呂を入り終えている。

 それにこの食堂も、いつもなら座る場所もギリギリなくらい人でごった返しているはずだ。


 だけど、今は私と同じ魔術師枠になった子らで半分程度が埋まっているぐらいだった。

 

 たった一時間でこんなにも気楽なんだからさ、これからずっと今日みたいな時間割にしてくんないかなぁ〜……まぁ無理よな、分かってるよそんくらい。


 そう心の内で少しだけぼやきながら、私は中央付近にある長机ながづくえ、その壁際かべぎわの席にお盆を置きつつ椅子いす腰掛こしかけた。


 今日の献立こんだては、白身魚しろみざかな煮付につけに青菜あおなのおひたしっぽい小鉢こばち、大根っぽい根菜こんさいの醤油色に染まった煮物にもの茄子なすと芋っぽい何かの味噌汁に茗荷みょうがっぽい野菜の……浅漬け?醤油漬け?みたいなやつ。そしていつものドカ盛り玄米ご飯。


 一汁三菜いちじゅうさんさい漬物つけもの、健康的な食事。

 ……若干塩分過多かもしれないけど、汗をかきまくっているこの時期ならむしろ丁度いいと思うことにしよう、うん。

 

「んじゃ……いただきぁーす」


 雑な食前の挨拶あいさつを済ませながらはしを手に取り、私は目前の食事へとはしを伸ばし始めた。……うん、今日のごはんも美味しい。


 この料理を毎日作ってくれているカンザンには失礼だが、彼の見た目と反してこの食堂の料理は優しい味付けだ。そして毎日、日替わりのメニューを振る舞ってくれるのも、空きが来ることがない。

 だからか、こうして毎日彼の料理を食べることは、ここでの生活において数少ない楽しみでもあった。

 

 だが、なんだかんだ慣れたこの生活リズムとこの食事を食べている時、私の中でなにかが引っかかった。


 落ち着いた食堂の中で感じたそれは煮付につけの小骨こぼねじゃなく、精神的な何かから来る違和感いわかんだった。

 もちろん料理になにかあるわけじゃないのは、食べている私が一番理解している。じゃあ…この感覚はどこから来ているんだ?

 

 そう思った私は一旦いったんはしを置き、手を組みながら目前のぼんを見つめ、無言で考える。

 そうして数秒ほどたってから、私はひとつの気づきに辿り着いた。

 

 「あ……そっか、そうだよ」

 

 この食事……違和感がなかったから何も疑わなかったけど、んだ。

 そう、なんとなくだが奴隷に出すにしても、そうでないにしても……この昼食、


 ご飯こそドカ盛りの玄米ではあるけれど、肉や魚の主菜しゅさい根菜こんさい菜葉なっぱメインの副菜ふくさい、そして具沢山の味噌汁に漬物。そして主菜の内容も炒め物から揚げ物、煮物と幅広い。

 前世の記憶を遡り、現代社会で比較的近いモノをあげるとすれば、家庭科の授業で見た昭和中期ぐらいの食事がおそらく一番近い様に思える。


 対して、あの奴隷商どれいしょうの身なり、納屋なやに閉じ込められる前に見た建物の構造、そしてコウレンの操る鷹馬たかうまの背から見た町の雰囲気は、お世辞せじにも歴史の教科書で見るような高度経済成長期のようなそれではなかった。

 すくなくとも……明治とか、大正時代くらい?の農村みたいな、色々な近代化きんだいか気配けはいすらあまり無い雰囲気だった。


 というか……よくよく考えれば、この学院自体がそうじゃないか。

 いくら行政ぎょうせいの財産とはいえ、奴隷にこの食事を毎日三食はいささか贅沢ぜいたくすぎじゃないか?


 それこそ子供の奴隷が売買ばいばいされるような治安とモラルの世界、衣食住いしょくじゅうを保証するだけでもおそらくはかなり破格はかく待遇たいぐうなはずだ。少なくとも、人権的じんけんてき尊重そんちょうというか、一定の倫理観りんりかん垣間かいま見える。……まぁヤバいところに送り込む時点で尊重そんちょうもクソもないのかもしれないけれども。

 

 それだけじゃない。二十四時間刻みの時刻を知らせる銅鑼どらかねはともかく、広場のはしにある日時計、移動時に見かけるこの学院の生徒の衣類、建物の建築様式ようしき……少なくとも、外で見た木造建築や人々の衣服などとは明らかに違うものが多い。座学ざがくをしているあの講堂こうどうなんて一番わかりやすい。


 そのくせ、長屋ながやたたみ土間どまの伝統的な建築かと思えば、食堂は床も板張いたばりで机に椅子スタイルと洋式だったりする……なんなんだよ!!もうちょいローカライズというか、こういう見た目や文化っていい感じにお互いが混ざりあっていくもんじゃないの!?


 ……アカン、考えれば考えるほど違和感が増してきた。なんというか……冷たい日本茶の中に溶けてないオレンジジュースの氷が浮かんでいるみたいな感覚だ。とにかく、過渡期かときというには、無理やりねじ込んだみたいなゴリ押し感がすごい。


 異世界転生かつ日本語っぽい言語ってだけでも結構なご都合主義って感じがしてたのに、ごく一部だけ文化水準が高いとなるといよいよもってなろう作品っぽく感じてしまう。どうすんだこの感覚。なんなんだこの世界……!?


「アーズサっ!なーに考えてるのっ!」

「っうぉわぁっ!!!」


 突如とつじょとなりから元気のかたまりのような聞き慣れた声が響き、私を驚かせた。

 あまりの唐突とうとつさに思わず変な声を上げつつも、私は隣で立ったままであろう彼女の方を見た。


「もぉー……驚かせないでよミール……」

「えー?そっちが考え込んでただけじゃん」

「いやまぁ……うん、そうなんだけどさ」

「まぁいいや、隣座るねー」

「あ、うん」

 

 ごもっともな言葉で私をかしつつ、ミールは私の左隣に座った。


 ……あれ、いつもなら向かいに座ってなかったっけ?そう思いつつも喧騒けんそうが聞こえてきた途端とたん、彼女の行動に合点がてんがいった。

 軽く見渡せば、さっきまで程よい人数だった食堂はいつものように私たち奴隷でギッチギチに賑わっていた。


「それじゃ、いっただきまーす!!」


 元気な声で食事前の挨拶あいさつをしつつ、ミールは山盛りの玄米が盛られたおわんの一つを手にもち、勢いよく口へと運んでいた。


「……今日も相変わらずご飯は二膳にぜんなんだね」

「ん?うん。お腹減るじゃん」

「いや減るにしてもじゃない?二膳にぜんは」

「そうかなぁ〜……ぁーんっ」

  

 なんだかんだで数ヶ月間、彼女とこうして食事を一緒にしてきたが、ここに来てからのミールの食欲はすごい。


 ここに来たばかりのまだせこけまくっていた頃、おかゆ時代こそ私よりちょっと多い程度だったが、気づけばご飯二膳にぜんは当たり前。日によっては四膳よんぜんたいらげることもあった。

 それでいて、いつもニコニコしながら美味しそうに食べる彼女の姿はどこか愛らしく、最初の驚きや心配はいつしかいやしに変わってもいた。なんかほっこりするんよね、この顔。宝やでぇホンマ、大事にしてぇ〜……

 

 そんなことを思いながらも、ふと奴隷商どれいしょうとらわれていたあの頃を思う。これだけ大喰らいで食べるのが好きなミールだ、あの時は私以上に強烈きょうれつな空腹感を覚えていたのかもしれない。であれば、私以上に気力や体力のおとろえが激しかったのも、今になって理解ができた。


「……ミールが幸せだったら、私それでいっかなぁ」

「ん〜?……アズサも一緒じゃなきゃヤダよ?」

「……んえ?」


あ、やっば。口に出てたわ。はっず。


「だーかーら、アズサもだって。私だけ奴隷じゃなくなっても、一人じゃさびしいじゃん……」

「ぁ……うん!!そうだね!!二人一緒に奴隷から脱出だー!!」


 はしを止め、少し悲しそうに肩を落とすミールを前に、私はわざとらしく訂正ていせいの言葉を続けた。

 その言葉を聞いたミールはというと、若干ジト目気味にこちらを持つ目ながらも、しばらくするとまた箸を動かし始めた。


 そんな彼女の姿を見つつ、私はふと思いいたった。

 ……さっきまでは色々考えちゃってたけど、別にどうすることなくない?

 

 今はそもそもとして奴隷の身、それもこれから暫定ざんてい死地しちみたいな迷宮めいきゅうに挑む生活が待ち受けている。となれば、そもそも生き残ることが先決せんけつだ。


 逆に言えば、今の生存に必要じゃないであろうこの世界に対しての違和感たちは、それこそもろもろが終わってからでも考えられる。

 なんなら、死地しちから生き残れるだけの力があるなら、学院から出た後もある程度は身を立てながらそれらを探求する生活ができるかもしれない。


「……なーんか余計なこと考えすぎてたかもなぁ」

「んぉ?ふぁんふぉふぉふぉなんのこと?」

「んー?なんでもないよー」


 口にご飯を含みながらたずねてきたミールに私は軽く返事を返す。

 まずは二人で生き残ること、そのために私たちはここに来たんだろ?じゃあ今はそれだけでいい、そう自分に言い聞かせる。


 色々と考えすぎてブレていた目標を再認識できたのもあってか、気づけばさっきまでの嫌なあせりや違和感はどこにもなかった。

 まるでりきみが取れたような心地いい感覚のままで、私は食べかけだった昼食に再び手をつけ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る