15. 慣れない杖、破れたマメ

「腕で振るな!!突き手とじょうの重心、遠心力を考えろ!!かた、もう一回!!!」

「「「「「「はいっ!!!!!!」」」」」」


 白く照らされた広場に、ツツギのげきが飛んだ。


 は高く、はるか真上から容赦ようしゃ無く照りつけるている。広場に等間隔で並ばされた私たちの真下に影は隠れ、本来ならぼやける輪郭りんかくも心なしか鮮明に見えるほど深かった。


 ツツギが迷宮探査員としての私たちの未来を包み隠さず言った後、私たちは4つのグループに大雑把おおざっぱに分けられた。その後、各グループにツツギがおもむき、基本の構えと型を一つずつ教えて回っていった。


 それから私たちは十回ほど、前方ぜんぽうのツツギの動きを見本として型稽古かたげいこをしていた。だが、十回ほどを通しでした以降は時折ときおり休憩を挟みながら、ただひたすら木のじょうを振り続けていた。


 おのれ背丈せたけよりも遥かに長い棒を振る。百八十センチはありそうなその棒の遠心力は、当然だがおさない体ではあしらう事も難しい。振れば文字通り全身を持っていかれそうになる。

 だが、私たち奴隷は慣れないながらもこれといった不満も言わず(というか言えず)、型稽古に勤しんでいた。


「………型やめぇッ!!!各自、休憩!」


 ツツギの一声で全員が手をとめた。というよりかは、ようやくかと言った具合で脱力しその場に座りこんだ、と言った方が正しかった。


 私もその例に漏れず、その場にへたり込んで息を整える。ただ、私の意識は息を整えることよりも、少し前から感じていた両手の嫌な痛みの方がずっと気になっていた。


 両手を自分の顔に対面させると、案の定、そこにはマメが出来ている私の手があった。人差し指から小指の下にかけて、小さくもまぁーきれいに横並びで居座っていやがる。そのうちの一つ、左手の小指下にあるマメにいたってはしっかりと破れており、水風船が敗れた後のように皮がめくれていた。


 そんなめくれた皮を何も言わずに私はつまんだ。そして……


「ッ〜〜!……ったぁ〜」


 思い切って、その皮を引き千切った。


 この処置が正しいかは分からないし、軽く手を振るだけでも赤々としたマメの跡がヒリヒリと痛む。ぶっちゃけ、しなきゃよかったって今更後悔しつつある。

 それでも、このまま皮を残したままにしておくのも、それはそれでいい気分はしないし、残した皮のせいで余計に悪化させるよりかはマシだと思いたい。

 そう自分に言い訳をしながら、朱色のマメ跡を手を振りながら乾かしつつ、私は周囲を見渡した。


 小さくうめきながらその場です者、ふらふらとツツギの方へ歩いていく者、そして各々の側にいる奴隷らと話し始める者……現代社会を生きていた私の価値観から見れば、前時代的なスパルタ指導の典型てんけいだなぁと感じる。


 だが、それでも人以下の扱いを受けていたあの小屋に比べれば、なんと平和で健全なんだろう、そう思ってしまうのもまた事実だった。


「喉乾いたやつは俺んところに来いよなー!」


 ふと大きな声が聞こえてきた。ツツギの声だった。というか、彼以外のざわめきも同じ方から聞こえてくる。気になった私は上半身を彼の方に向けた。


 そこには、鉄杖てつじょうを軽く斜め前に構えている彼の姿と、彼に群がる十人ほどの奴隷らが見えた。


 よく見れば、その鉄杖てつじょうの先には魔法陣まほうじんらしきものがちゅうに一つ、地面と向かい合うように水平に浮かんでいる。そして、その魔法陣からは蛇口……というかシャワーのような霧状の水が下へと流れ出ている。どうやら彼ら彼女らは、その水を求めてワニャワニャと群がっている様子だった。


 まるで夏場のプール施設にあるシャワーに群がる子供みたい。……いや全員子供ではあるか。


 ……ん?てか待てよ。あれ魔術だよな。よくよく考えたら、あれ地味にすごくない?多分だけど、あれ一つでサバイバルするときの水問題、ほぼ解決しそうじゃん。

 え、てかあれ魔術ならどこでもシャワーし放題ってことじゃんアレ。え、万能すぎやん魔術、ヤバぁ。てか待って、私もあれ使えるってこと?てか使えないとヤバくね多分。いや分かんないけどさ……

 

 だが、そんな私の思考を遮るかのように、体がシグナルを発し始めた。


 今更気づいたが、のどかわきが凄い。なんというか、張り付く感覚がして地味に息がしづらいのが何かキモくてムカつく。加えて、たきのように吹き出す汗。そしてひたいにべたりと張り付く前髪の感触。

 まるで不快感がどもえで一気に攻めてきた、そんな最悪な気分だった。


 「……私も水、もらお」

 

 疲れと火照ほてりですこしぼんやりとしつつ、私は木の杖を地面に立て、のっそりと立ち上がった。若干じゃっかん億劫おっくうさはあるものの、先の不快感以外で気分の悪さや頭痛など、熱中症っぽい症状は一応まだ無い。

 正直もう少しダラっと休みたい思いもあるが、このまま放置して脱水症状、果ては熱中症で天に召されるのだけは勘弁したい。


 それにだ。今もツツギの横でドヴァドヴァ出まくっているあの水を見ろ、あの水量を。私程度の体なら、滝行たきぎょうよろしく水柱みずばしらに全身を突っ込める程度の太さは確実にある、だからやっても鉢は当たんないんじゃなかろうか。てかさせてくれ。多分申してるでしょどうせ。だから浴びさせてくれ、頼む……


 そんなことを心の内でぼやきつつも、私も他の奴隷らの群れに混ざろうと手に持った杖をその場に置き、ツツギの元へと歩き出した。




                   ◇




「あ゛ぁ゛〜……スッキリしたぁ〜……」


 ツツギと奴隷のワニャワニャゾーンを背に、私は思わず風呂上がりのおっさんみたいな声を漏らしていた。


 でも仕方ないじゃん。この炎天下で冷えた水飲んで、全身を冷水でさっぱり汗とか流せたんだもん、そりゃ誰でもこうなる。

 おまけにだ、戻る直前には魔術で服も髪も乾かしてくれてるんだぞ。なんというホスピタリティ、現代でも実現すれば一躍いちやく大富豪だいふごうも夢じゃないぞ!!

 ……まぁ私にとっては前世だから実現しても体験は出来ないけれど。


 と、爽やかな心地よさに浮かれていたのも束の間、相変わらずの日照りを前に、その爽快感はあまりにもはかなかった。


 すでに頭からほほを伝うように汗はれてきている。数分もすればまた全身からびしゃびしゃに汗をかきそうだ。

 そう思うと、私は口をへの字にしがら、ため息を一つ吐かざるを得なかった。


 軽く肩を落としながら、元いた場所へ戻ろうと歩き出す。と同時に、私は己の手のひらを再び見つめていた。


「……治癒ちりょう系の魔術って難しいのかな」


 今の私の両手は、マメがある箇所かしょおおうように、包帯ほうたい不恰好ぶかっこうに巻かれている。といっても、コレはツツギが巻いてくれたわけじゃない。


 「お、マメか?包帯なら自分で巻いてくれな」


 彼はあの試験紙しけんしが入っていた箱の中を指差し、そう言っただけだ。まぁ用意してくれるだけでもありがたいといえばそうかも知れないが……


 ただ、自慢することではないが私はテーピングをするような部活には入ったことが無い。

 怪我けが絆創膏ばんそうこうで済むレベルしか経験してこなかった。

 つまりは、まごう事なき文系インドア人間だった。


 そんな私にとって、包帯の巻き方なんてもちろん知るよしもない。

 それに、今は前世みたいに手元のスマホで調べるなんてことも当然出来ない環境かんきょうだ。何度目か分からない、インドア都会っ子としての経験の浅さをひしひしと感じてしまう。


 結局、四苦八苦しながらほどけないよう硬めに包帯を数回巻く、それが精一杯せいいっぱいだった。


 地味だけど、前世でもしてそうでしなかった経験。そして素人目に見てもまぁ下手くそな巻き方に見える包帯ほうたい


 ただ、それに対してちょっとした達成感たっせいかんやポジティブな感情はくこともなかった。むしろどこか夢から覚めたような感覚を覚えていた。

 言葉にするのは難しいけど、なんというか……ここまで魔術に対していだいていた幻想げんそうというか、なんでも出来そうな希望が少し薄れてしまった……多分、そんな感覚なんだと思う。


「……ほどけなきゃいいけど」


 ふと、私の足元に転がっている木のつえに気付いた。真ん中から少しズレたあたりに少し黒くなった血のあとが見える。私のつえだった。

 このまま行ったらいつか真っ黒になるんじゃないか……?と思いつつ、私はそのつえに手を伸ばした。


「……よーし、一旦こっちに注目してくれ」


 杖を拾い上げると同時、ツツギが少し声を張りながら呼びかけた。

 私は手に巻いた包帯がほどけないかをにぎって確かめつつ、彼の方へと顔を向けた。


「よーし全員向いたな。……時間は十一時半、ちぃと早いが今日の稽古けいこはこれで終わりだ。お疲れさん」

「ったぁ〜〜〜……やっと終わったぁ〜〜〜……」 


  その言葉を聞いた私は思わず声を漏らした。いやだってフッツーにキツイのいやだもん。あとこれ以上汗かきたくない。


 それに私以外の子も同じような反応を見せている。なんなら視界のはしに見えていた虎っぽい獣人じゅうじんの子なんかはめちゃくちゃ嬉しそうだ。

 そりゃそうよな、そんな毛皮けがわもふもふでこの日差しはキッツイよな、見てるだけで暑いもん。あ、笑顔かわい。


「……ゥオッホン!!」


 ツツギのわざとらしいせきが一つ響く。

 露骨ろこつゆえに子供でも意図をみ取りやすく、気もゆるんで脱力しつつあった私たちの意識は、少し静まりながらツツギの方へ向いていた。その様子をさっと確かめつつ、ツツギは言葉を続けた。


 「……ただし!お前らは明日以降、これまで通りの基礎きそ鍛錬たんれんと今日教えた型稽古かたげいこをする日々を送ってもらう。まぁ基礎きそ鍛錬たんれんの量は多少減るが、体を動かす時間は基本変わらないと思ってくれ」

「えぇ……やだ……」

「おいそこ、ヤダって言うなヤダって。俺だって毎朝付き合うの面倒めんどいんだからな?」


 思わずらした私の声にツツギがツッコミを入れてきた。彼の言葉で再びざわつきつつある群衆ぐんしゅうの中からよく聞き取れたな。……いや、全体的に気落ちしている低いどよめきの中では、もしかしたら私の声はいくらか聞こえやすかった……かもしれない。


「とりあえ、ず!今日の鍛錬たんれんはここまで!わかったか!」

「「「「「「「ハイッ!!!!!!」」」」」」」

「よし!以上、かいさ……」


 私たちの振りしぼった威勢いせいのいい(気がする)返事に対し、帰ってきたのは言い切らずに終わったツツギの返事だった。

 なんだよ、言い忘れたことがあるなら早く言ってくれ。先走り気味に駆け出そうとした子らを見なさいよ。早く帰りたそうに顔だけ向けて待っているじゃんか。

 

「危ねぇ、忘れるとこだったわ……午後についての連絡だ。湯浴ゆあみと飯を済ませたら、十三時にはここに集まること、いいなー」

「「「「「「「……ハイッ!!!」」」」」」」」

「よーし、じゃあ今度こそ解散!!!」


 今度こそ言い切ったツツギの言葉で、他の奴隷たちは一斉いっせい長屋ながやの方へと走り出す。

 しかし、私はそんな彼ら彼女らが私の横を走り抜けていく中を逆らうように、ツツギの方へ歩き出していた。


「んぉ、なんだ……って、香練コウレンが連れてきたガキか」


 私に気づいたツツギは相変わらずの気だるそうな声で軽く話しかけてきた。

 そして意外にも私のことを覚えていた様子。こんな良い加減そうな雰囲気の割に記憶力は良いのか……


 しかし改めて近くで対峙たいじして気づいたが、口は悪いが眼差まなざしは優しい。少なくとも、意味もなく子供に手を出すような人ではない、そんな雰囲気を感じさせる眼差まなざしだった。


「はい。あの時はありがとうございました」 

「いやなに、あれも仕事だからな。で、赤髪の子は……胆陀の方あっちか」

「はい。何しているのかは知りませんけど」

「そりゃそうだ!まぁこの後どうせ会うんだろ?そんと聞ききゃあいいさ。で、えーっと……」


 あれ、名前教えてかったっけ?いや、あの時に言った気もするけど……まぁいいか。るもんじゃないし。

それに聞きたいことも一つだけだ。とっとと名前言って、すぐ聞いて早く帰ろう。


「アズサです」 

「ん、アズサか。で、なんか用か?」 

「あ。はい!と言っても些細ささいなことなんですけど……午後、ここで何をするんですか?」


 私の問いに対し、まゆを高くあげて意外そうにツツギが見つめ返した。とも思えば、ちょっと面倒めんどうそうに目を細め始めた。表情豊かだなこの人……

 そんな様子で表情をコロコロと変えながらも、彼は私に問いに答えてくれた。 

 

「あ?そりゃぁ何って……魔力量まりょくりょうの検査よ」

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