11. よすがの演説

ぇぇぇぇいんッ!!!!!!!!!起床きしょオォォォォッ!!!!!!!!!!」


 ほがらかな鳥のさえずりを聞きながら、布団のぬくもりでまどろむ。そんなおだやかで贅沢な時間は、一つの怒声どせいとその後に響いた爆音の銅鑼どらによって一瞬で吹き飛んだ。

 文字通り飛び起きた私の息は完全に上がっており、心臓は痛いほどに脈を打っている。横では同じく飛び起きたのだろう、ひどい寝癖ねぐせのミールが同じ様に息を荒くしながら、落ち着きなくあたりを見回していた。


ぇぇぇぇいんッ!!!!!!かごの服に着替え、広場へ集合ッ!!!!!!」


 私達を飛び起きさせたあの怒声がまたとどろいた。距離は確実に離れているのに、思わず肩がビクリとすくむ。寝起きでなくとも、胃が締まるような辛さを覚える声量せいりょうだった。

 起きたばかりなのに無茶むちゃを言うな、そう思いながらも私達は慌ててボロい麻布あさぬのを脱ぎ、布団の横にあったあいめの衣服に着替え始めた。念の為、そうおもっての準備だったが、この判断をした昨晩さくばんの私を今はものすごく褒めたい。

 気づけば先に着替え終えたミールが小上がりに腰掛こしけ、履物――というか地下じか足袋たび?に足を通し始めていた。私も後を追うように土間の方へと向かい、小上がりに腰をおろす。


「へ、部屋の鍵!!私がかけるから先出て!!!」


 視線は向けず、声だけでミールにそううながす。


「え?!あ、うん!!分かった!!!!」


 そして私の声に少し驚きながらも、屈託くったくのない声でミールは私に返事を返した。


 一足先にき終えたミールがふたつの内鍵うちかぎを片手でそれぞれひねる。そして勢いよく引き戸から外へと飛び出していった。履き終えた私も引き戸そばの柱にかかった鍵を手に取り、開いたままの引き戸にめがけて外へと駆け出した。

 朝日の眩しさに一瞬だけ目をすぼめながらも、引き戸を閉め、二つある鍵穴をそれぞれ施錠せじょうする。ガチャリと噛み合った音を確認した私は、先を走るミールを追って走りだした。




                  ◇




 寝癖もそのままに駆け出し、なんとか広場の群衆ぐんしゅうへ合流した私は、ひざに手をつきながら乾いた白土の地面をただ見ていた。

 いくら昨日の握り飯と熟睡じゅくすいを経たとしても、この痩せこけて筋肉もない体にはかなり酷な運動だった。私達の部屋からこの広場までは十メートルもない距離。その程度でも、全力で走ると肺が痛く締め付けられ、呼吸がつらくなる。のどが嫌に乾いて張り付く感覚が、より一層の不快感を覚えさせていた。

 ……てか、他の子たちはどうなんだ?そんな疑問がふとよぎった私は、息を整えながら視線を軽く上げ、周囲にいる人間を見渡した。


 目算もくさんだが、ざっと百人ぐらいはいるだろうか。自発的に整列せいれつをすることはなく、皆が皆、私やミールと同じ様にあわてて集まった、そんな様子だった。そして当然ではあるが、全員が私と同じ様にあいめの衣類に地下じか足袋たびを履いていた。

 だが、意外にも私とミールのような痩せた人間のみ……というわけでもなく、猫や豚、角の生えた異種族いしゅぞくもチラホラとまぎれている。それと、数えられる程度ではあるが健康そうな肉付きの者も。

 私を含め、ここにいるのは似たような境遇きょうぐう奴隷どれいばかりいる……そんな思い込みもあったからか、マッチ棒の群れの中に紛れる彼らは、少々目立って見えた。


いんッ!!!!!!!!!ちゅうもォォォォくッ!!!!!!!!!!」


 この嫌に脳に響く野太い大声。ましてやそばで叫ばれれば、もはや音響おんきょう兵器のそれとしか思えない。ゆがんだ顔もそのままに私は姿勢を正し、せめてもの抵抗ていこうとしてガンを飛ばすようにその声の方へと向き直った。


 集まった奴隷らの群衆ぐんしゅうはじ、向かってこの隔離かくり施設の入口側には、亀の子たわしの中央にそのまま顔をつけたかのような、剛毛ごうもうのヒゲを蓄えた顔の濃い男が立っていた。背丈は百八十センチはあるだろうか。そんな彼の後ろに、五名ほどの大人がたっているようにも見える。

 そんな剛毛たわし男はこちらをゆったりと見回すと、よしといった具合に笑いじわを顔に作りながら、その口を開いた。


「さぁーて、大声で起こしてすまなかったな!一晩ぐっすりと眠れたか?」


 意外にも、最初の一言は軽い謝罪からだった。この人、思いの外いい人なのか?……いや性格良くても不快だったことには変わりないけどさ。

 そんな私の内心をよそに、彼は言い聞かせるように話を続けた。


「早速だが、奴隷であるお前らはここにつれてこられた理由を知らないはずだ!なんせ奴隷商から買った奴らが殆どだからな!そのうえで、今回はこれからお前らがここで生きていく上でしなければならないこと、覚えなければならないことを説明するために、この広場に集まってもらった訳だ!」


 そういえば、昨日に部屋まで案内をしてくれたあの男もそんな事を言っていた。それが朝イチで叩き起こされるとは思ってもいなかったが。


「ということで!詳細しょうさいわれらが黄大社きたもり総合そうごう魔術学院がくいんかしら香練こうれん先生に説明していただく!!しっかりと聞いて覚えろよ!お前ら!!……んじゃ、よろしく!!」


 へぇ~コウレンが教えてくるんだ。じゃあ結局空飛んでる時に聞けたじゃ………………いや待て、この男なんて言った?コウレンのこと、って言わなかったか……?

 そんな戸惑いを尻目に、気づけば剛毛たわし男は背を向けて奥へ下がり、合わせるように見慣れた眼鏡のあの顔が私たち奴隷の方へと歩み寄っていた。


「……えー、改めてご紹介に預かりました、この黄大社きたもり総合そうごう魔術学院がくいん学院長がくいんちょうを努めております、香練こうれんと申します」


 がくいんちょう……学院の、多分、おさ。驚きと同時に、にも落ちた。

 奴隷向けの説明日前日に、なんの根回しもせず私らをここにねじ込んだんだ。その時点で、ある程度の責任者なのは明白だった。ただ、まさかここのトップとは思っていなかった。ぶっちゃけ非常勤ひじょうきんの先生レベルかと思ってた、ごめん。


 しかし……これは思っていたよりもラッキーかも知れない。なんせ、彼は(たぶん)高等教育機関の代表だ。社会的地位は安定しているだろうし、現代日本ほど文化や社会が発達していなさそうなこの世界なら、その肩書かたがきと地位は輪をかけて盤石ばんじゃくだろう。さすれば、なかなかにぶっといコネクションになる。ったく~~!!誘う時、あんな風におどしやがってこいつぅ~~↑!!

 だが、内心浮かれ気味な私の様子に彼は気づく様子もなく、調子をそのままに言葉を続けた。


「……さて。早速ですが、奴隷である皆さんたちの所有者しょゆうしゃは私やこの学院がくいんではありません。では本当のご主人様は誰か……それはこの学院がある黄大社きたもり、その国府こくふです。要は君たちはお役所の財産、という訳ですね」


 お役所の、財産……?彼の言った通り、てっきり私はこの学院に買われたものだと思っていた。では、なぜ私たちはここに集められたのか?

 それに対する答えは、あっさりと彼の口から語られた。


「では、そんな皆さんにせられた奴隷として仕事はなにか……それは二年の間、様々な迷宮に潜り、調査し、帰ってくることです」


 その一言を聞いた途端とたん、それまで無気力だった周囲の奴隷が一気にざわめき出した。小さく声を上げる者、怯えて震える者、口を開け唖然あぜんとする者……十人十色の反応こそすれど、恐怖という感情だけは全員に共通しているように思えた。

 周囲の困惑こんわくを理解しようと、この体の記憶を辿たどってみる。しかし、私の意識が覚醒かくせいする前で思い出せる記憶は、貧民街ひんみんがい鬱屈うっくつとした光景ぐらいしかなく、それすらもかすみがかかったようにおぼろげなものだった。


 迷宮にもぐる。このという存在がぶっちゃけ何か分からない。それゆえに、言われたことの重大さにピンと来ていない自分がこの世界にとって異物のようにも感じられた。

 ふと、右腕が誰かに強く握られた。見ればそこには両手で私の手を握り、こちらを見つめているミールがいた。その表情は重く暗い。声をあげ取り乱してこそいないが、胸が苦しくなるような表情だった。


「み、ミール……?大丈夫?」

「アズサ……迷宮、ダンジョンだって……」


 不安そうに言葉を絞り出したミールを前に私は何も言えず、とりあえず落ち着かせようと両手で彼女を抱き寄せていた。同時に、彼女がポツリとこぼした一言を思い出す。

 。この表現で私はようやく迷宮の存在を理解できた。

 いわゆる剣や魔術の世界でおなじみの、モンスターやドラゴンが巣食すくう中世風のあの空間。迫りくる敵に立ち向かい、ボスを倒せばとみ名声めいせいを得られる、そんな特殊な場所。

 なろう系の創作でもよく見かける、ファンタジー作品には欠かせない場所。けど、アジアン……というか、日本風なこの世界だと、どんな場所でどんな存在になっているんだ……?

 結果として概念がいねんこそ理解できたが、置かれた実状じつじょうに関してはより想像が出来なくなってしまった。あー……和風ファンタジーのダンジョンゲー、しておけばよかったな……。

 周囲は相変わらず不安に飲まれている。それどころか、ざわめきがどこか喧騒けんそうじみた雰囲気をまとい始めているようにも見えた。その時――


「――静かにッ!」


 ――その時、コウレンの一声が喧騒けんそう霧散むさんさせた。あの顔面たわし男のような耳に刺さる声ではない。だが、この場の全員の意識を端的たんてきに突く、そんな強く芯のある声だった。そして、皆が意識を向けている様子を確認したあと、彼はまた言葉を続けた。


「……皆さんがおびえるのも無理はありません。事実、この仕事を二年間、無事に生き抜く事ができる者はそう多くありません」


 ……え、迷宮ってそんなに人が死ぬような場所なの?え、ガチで?え、蘇生そせい魔術とか神殿しんでんで復活とか……無いの?え、は?……マジで?

 正直に言えば半信半疑なコウレンの言葉。だが、先のざわめきとミールのあの表情を思い出すにつれ、まだ実感はなくとも徐々に突きつけられた状況の過酷かこくさを私は感じ始めていた。

 喉が少し乾く。胸の奥がじんわりと苦しい。思わず下唇を軽く噛む。鼻で吸った息の音がやけに大きく聞こえる。呼吸が、はやい。あ、やばい、ちょっと怖――


「……しかし!」 


 再びコウレンが声を張った。その一声に私の意識はまた現実の彼へと戻った。なんとか水面へと顔を出し息をしたような、そんな感覚を覚えながら、私はゆっくりと深呼吸をしながら耳を傾けた。


「しかし、皆さんをこのまま迷宮へ放り込むなんて無責任なことはしません。皆さんのために、私達は今ここにいます。私や後ろにいる先生方が八ヶ月をかけ、皆さんに迷宮で生き抜き、戦い、帰る術をしっかりと教えます」


 そう言いながら、コウレンは彼の背後に並んでいる五人の大人に向かって右手を広げた。そして手はそのままに、こちらの群衆から目を離すこと無く言葉を続けた。


「そして……四十八ヶ月、つまり二年間を無事終えることが出来れば、皆さんには迷宮探査員としての資格と合わせ、市民としての戸籍こせきを用意します」


 資格と戸籍。なるほど、あの時の未来云々ってのはこれか…………ん?待って?今なんて言った?


「え、ねぇミール……」

「ん、何?」

「この世界って二十四ヶ月で一年なの……?」

「……え、知らなかったのアズサ?」


 こいつマジかよ、そう言わんばかりの表情でミールは呆れながら返事を返した。あ、はい。この世界はそうなんスネ。すっげぇ……なんか、訳わかんねぇや!!

 じゃあ何?元日本人の私にしたらこれから実質四年間、デスゲーム生き残れってこと?…………バーカ!!!!!バーーーカ!!!鬼!!!!!悪魔!!!!コウレン!!!!!

 予想外の日数にクソガキ罵倒ばとうをするしかない、そんな私をよそにコウレンは言葉を続けた。


「もちろん、その二年間で苦しいことや辛いこと、命の危機にひんすることも多いでしょう。ですが、その先には奴隷から開放された自由が待っています。貧民街ひんみんがい片隅かたすみで雨にれることもなければ、温かなご飯も食べられる。どこにだって、行きたいところにその足で行ける。そんな力と未来です!」


 まるで何も知らない大衆を先導せんどうする演劇えんげきじみた口調。ネガティブを上塗りするかのように、不確定な未来に希望を詰め込んだ言葉。プロパガンダじゃなくちゃんとデメリットを言ってる分、誠意を見せているようで若干腹が立つ。こちとら前世は十八歳のJKだったんじゃい、んなにおう言葉にだまされるもんか。

 しかし、幼い他の奴隷らには思いのほかいたようで、周囲からは固唾かたずを呑んだり、不安こそあれど、遥か遠くでも見える場所にいた希望に対して、表情をゆるませる子らが何人もいた。


「何かがあれば私たちがいます。そして、君たちには可能性がある。……今日から四十八ヶ月、よろしくお願いしますね」


 先とは違うどこか活気かっきも感じさせるざわめきの中、偶然ぐうぜんかコウレンと目線が……いや、偶然じゃない。私をとらえるようにまっすぐと、彼の視線はこちらを見つめていた。

 わざとらしい微笑みを貼り付けた顔。それを私は何も言わず、ただじっと見つめ返していた。

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