決戦当日

「いない人手ぇ挙げてー。……はい。全員出席完了、と」

「トモ、修学旅行とかで絶対点呼取る係にならないでね?」


 ゴールデンウィーク明け最初の日曜日。

 僕と夏葉、加えて爆死ヒロイン三人衆は、決戦の場である都内某所の料亭に集まっていた。

 現在時刻は12時5分。

 お見合いは正午から。ついさっき始まったばかりだ。


「それじゃあ、何かあったら遠慮なく言って頂戴ね。できる範囲で協力させてもらうから」


 そう言い残して従業員休憩室を出ていったのは、この料亭の女将さん。

 本作戦の下準備を色々手伝ってくれた、頼りになる味方だ。

 颯吾父は常連だけど、酔うと決まって仲居さんにセクハラをしたり、他のお客と喧嘩騒ぎを起こしていたみたいで、お店のスタッフからは蛇蝎の如く嫌われているらしい。

 そこにオーナー直々に一泡吹かす許可が降りたものだから、みんなノリノリで協力してくれた。


 客商売としてどうなんだと思わなくもないけど、最近この店のオーナーになった実業家さんは、お客様は神様だ・無条件に従えという前時代的な慣習はクソくらえというスタンスらしく、度の過ぎたカスハラには断固抵抗するとのこと。

 ともあれ、僕たちは待機場所として提供された従業員休憩室で、最後のブリーフィングを始めようとしているんだけど……、


「……やっぱ、僕もこの格好でいなきゃ駄目?」


 メンバーはみんな変装のため、店の制服である茶衣着を借りている。

 そして何故か僕にも、同じものが用意されていた。

 平たく言えば、女性用。


「しょうがないでしょ、あんたの身長に合う男物がなかったんだから。サイズの合ってない制服でうろついたら怪しまれるし、我慢しなさいよ」

「童顔も相まって意外と様になってるよ、お兄。化粧のノリもいい感じ」


 輝夜と沙雪はそう言うけど、いまいち信用ならない。

 女子特有の『とりあえず可愛いって言っとけ』じゃないだろうな。

 何より、好きな女の子の前で女装させられてるという事実が、男の沽券的に、その……。


「私も似合ってると思うけど、久留米さんはどう?」


 ちらちらと夏葉の方を見ている僕の意を汲んでか、レイラ先輩が話を振る。


「そうですねぇ……」


 夏葉が僕の服装やウィッグを直しながら、ためつすがめつ眺める。


「うん、可愛いよトモ!」

「ヒャッホイ、褒められたぜぃ!(おいおい、勘弁してくれよ)」

「あー、これは本音と建前が天地返しだわ」

「チョロい、チョロすぎるよお兄」

「視えるわよ、ブンブン振り回されてる尻尾の幻影が」


 呆れ顔の三人衆の視線を受け、咳ばらいを一つ。


「いいからミーティングだ! ボサっとしてたら出番が来てしまうぞぅ!」

「分かりやすくモチベーションが上がったわね……。それじゃあ清瀬君、まずはこれを広げてもらえるかしら」


 レイラ先輩に渡されたのは、A0サイズの用紙に印刷された、この料亭の見取り図だった。


「まず、警備の配置から確認しましょう。久留米さん、お願い」

「はい。さっき偵察してきた様子だと、お見合い会場と、北側にある千紗さんの控え室に二人ずつ置かれてるみたいでした。あとは、ソー君のお父さんの個人秘書っていう人が一人」


 先輩がマーカー代わりの十円玉を図上に置いていく。


「警戒されてるのは千咲さんの反抗だけで、秋津君の方に見張りはなし。ここまでは予想通りね」

「問題は、どうやって控え室の見張りを引き剥がすかっスね。えーと、この場合だと……」

「『ハリー』が一番条件に近いかしらね」


 レイラ先輩は警備の配置や人数に合わせて、事前に『ディック』『トム』『ハリー』と三つの脱出シミュレーションを用意してくれている。

 名前の元ネタは、世界的に有名な脱走映画に出てくるトンネルらしい。

 中でも『ハリー』は、作中での脱出に実際に使われたもので、縁起がいいんだとか。


「基本はシミュレーションに沿って動いて、問題が起きたら臨機応変に対応しましょう。役割分担は実動隊が三人に、ここから指示を出すオペレーターが一人、あとは連絡役に一人、ってところかしら」

「僕は実動隊、レイラ先輩のオペレーターも確定でいいですよね。連絡役は……機転が利くナツが適任かな」

「それがいいわ。富士宮さんと沙雪さんは、清瀬君のサポートをお願い」

「はいな」

「分かりましたー」


 レイラ先輩の指示に小さく敬礼する、輝夜と沙雪。

 この三人は恋敵でもあるから、一緒にいてもう少しギスギスするかと思ったけど、元から顔見知りなのもあってか、特に問題は起きていない。


「よし、じゃあ班ごとに分かれて早速取り掛かろう! 便宜上の名前は……実動隊が『凹班』、待機組が『凸班』ってことで」

「あんたそれ身体のどこ見て決めた⁉」

「凹じゃないし! 凸を名乗るほど思い上がってはないけど、少なくとも凹んではないし!」


 些事を気にする凹系女子たちにポカポカ叩かれながら、僕は休憩室を後にした。


          ☆☆☆


 数分後。


「失礼致します。お食事をお持ちしました」


 断りを入れて、仲居さんがお見合い会場の障子を開けた。

 お膳を持った僕たち『凹班』は、その後ろに続く形で入室する。

 部屋の中では、両家の家族がテーブルを挟んで向かい合っていた。

 中でも、颯吾と千咲さんは和装姿で……っておい手を止めるな、輝夜に沙雪。   

 想い人のレア衣装に見惚れる気持ちは分かるけど、ボーっとしてると怪しまれるでしょうが。


 部屋に漂う空気は、ギスギスと重い。

 千咲さんは無言のまま、長い髪を暖簾の様に垂らして俯いており。

 颯吾もまた、腕を組んで憮然としていた。

 何とか空気を取り持とうと、両家の父親がから笑いでやり取りしているのが、いささか滑稽である。

 噂に聞いた千咲さんの父親は、神経質そうな痩せぎすの男だった。

 愛想笑いが下手なのか、思い通りに動かない娘への苛立ちが、表情から消しきれていない。

 この分なら、我慢が尽きるのも時間の問題だろう。


「どうもぉ、横から失礼致しますぅ」


 得意の声帯模写で女性らしいソプラノボイスを出しながら、配膳に取り掛かる。

 自然な手際は、お店のみなさんの演技指導の賜物だ。


「あ、あぁ、ど、うも……っ」


 僕と目が合ったところで、颯吾の表情筋が露骨に強張る。

 ……この野郎、僕の女装姿を見て思わず吹き出しそうになったな?

 こちとら夏葉印のお墨付きを得た、プリティ仲居見習いトモハルちゃんやぞ。


「んん? 何やら今日は新顔が多いじゃないか」


 そう言ったのは、颯吾の父親だった。

 こうして顔を見るのは初めてだけど、流石親子だけあって顔立ちは似ている点が多い。あくまで顔立ちだけね。

 秋晴れの様にからっとした颯吾に比べて、父親の方は何やらネットリとした空気をまとっている。

 どこか相手を小馬鹿にした様な、ニヤニヤとした笑みも不快だ。


「臨時で雇ったアルバイトです。ありがたいことに、近頃は忙しくさせていただいておりまして、人手が足りませんの。お見苦しい点もあるかと思いますが、どうかご容赦くださいませ」


 仲居さんがとっさのフォローを入れてくれる。ありがたい。


「いやいや、この初々しさがいいんじゃないか」


 などと言いながら、颯吾父が不意にこっちに手を伸ばし――ゲエェェェっ⁉

 このクソ親父、自然な流れでケツ触ってきやがった!

 隣で不機嫌そうにしてる奥さん(多分、お見合いに乗り気じゃないのだろう)から死角になる様にしつつ、それでいてガッツリと!

 よりにもよって野郎の僕のケツを、25パーの確率で引き当てて!


 しかも……うーわ、これは慣れた手つきですわ……。

 セクハラの常習犯とは聞いてたけど、仲居さんはいつもこんなのを相手にしてんのか。客商売は大変だ。

 ともかく、これでわずかに残っていた、破談にすることへの罪悪感も消え失せた。


「…………」


 と、配膳を終えてそろそろ退室しようかというタイミングで、部屋の壁際に静かに座る、屈強な男と目が合った。

 夏葉が言っていた、颯吾父の個人秘書だろうか。

 そのスジの人を連想させる強面で、眼光も鋭い。

 ただの秘書でないことは明らかだが、深くは考えない。だって怖いもん。


「そ、それでは、失礼致しますぅ」

「「――――」」


 そそくさと部屋を出る直前、颯吾と千咲さんがこっちを見る。

 それを確認して、僕は事前に打ち合わせたサインを送った。

 鼻を触るのは、作戦が『ハリー』に決まった合図。二人は小さく頷く。

 さぁ、これで下準備は全て整った。

 あとは、それぞれが役割をこなすだけだ。


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