全員しゅーごー

「結局、いつもの展開になったねぇ」

「徒労だったなぁ、この一ヶ月」


 カフェを出たところで、僕と夏葉は肩を落とした。

 同時に、ホっとしてもいる。


「ったく。まともにお見合いする気ないんだったら、初めからそう言えっての」


 千咲さんとの細かい打ち合わせのため店に残った颯吾に、僕は毒づく。


「またまたぁ。ご近所同盟が解散せずに済んで、嬉しい癖に」

「うっせー、お互い様だろ」

「まぁね。……でも、大丈夫なの? 脱出の段取り、全部こっちで請け負っちゃったけど」


 今回の作戦は、前半と後半で分かれている。

 前半の担当は、颯吾と千咲さん。

 お見合いの場で粗相をして父親を怒らせ、確実にDVの現場を記録するのが役割だ。

 僕と夏葉の領分は、後半部分。

 カメラを回収しつつ、千咲さんを安全に会場から脱出させなくてはならない。


「お見合いは三日後なんだ。颯吾たちといちいち会議してる暇なんかないだろ」


 お見合いの当事者でもある颯吾は、当日ロクに動けない。

 夏葉の両親の方も、ただでさえ他の案件を数多く抱えてる中で、今回の親権争いの準備を急ピッチで進めなければならず、余裕がない。

 それなら、僕たちだけで段取りから準備まで済ませてしまった方がいい。

 問題があるとすれば、


「で、肝心の作戦案は?」


 これなんだよなぁ……。

 なにぶん急な話なもんで、どこから手をつけるべきか、全くもって思いつかない。

 でも、大丈夫。僕にはこの一ヶ月の経験で得た教訓がある。


『鉄は熱いうちに打て』

『案ずるより産むが易し』

『じゃすと・どぅー・いっと』。


「ん、どこかに電話かけるの?」

「『藁にもすがる思い』なら、すがる藁は多い方がいいだろ?」


 彼女らに助けを求めるのは『すねに傷』があるから気が引けるけど、『背に腹は変えられない』。

『善は急げ』とばかりに、僕はスマホの電話帳を開いた。


【 1時間後 】


「「「辞世の句を詠みなさい」」」


『三人寄ればリンチの贄』

意味:知り合いの女性陣に、恋心を利用していたことをカミングアウトすると、本気でボコられる。


          ☆☆☆


「なるほどね、事情は大体分かったわ」


 返り血で汚れた手をハンカチでぬぐいながら、輝夜が言った。

 私立三津浦高校、文化部用部室棟。

 夕暮れに染まる拷問部屋、もとい文芸部部室には、僕と夏葉の他に、三人の少女がいる。

 沙雪、輝夜、レイラ先輩。

 カフェでの打ち合わせの後、僕は彼女たちをこの部室に呼び出した。

 そしてこの一ヶ月の出来事を全て打ち明け、理解を得ることに成功する。


「ひょはっはへふ(よかったです)」


 顔をパンパンに腫らした状態で、椅子に縛られてるのはご愛嬌。

 腹を割って誠心誠意言葉を尽くせば、ワンチャン無傷で許してもらえないかと期待したけど、世の中そう甘くはなかった。


「つまり、その千咲さんという人を、お見合い会場から連れ出す手伝いをして欲しいのね?」

「ほうへふ(そうです)」


 確認するレイラ先輩に、僕は頷き返す。

 眼鏡に返り血ついてるの、指摘した方がいいかな……。


「まさか、ソー君に縁談が持ち上がってたなんて……何でそういう話を黙ってるかな、我が家のお兄は」


 紗雪がタッパーの蓋に手をかける。おいやめろ、それは洒落にならん。

 とりあえず、彼女たちを利用した罪は、ひとしきりの折檻でチャラになったらしい。

 僕の勇み足で、散々恥をかかせてしまったのに、半殺しっていう軽いお咎め(当社比)で済ませてくれるなんて、みんな人間ができてるなぁ(洗脳済み)。


「ソー君のお見合いの日まで、もう時間がないの。急な話でみんなには申し訳ないけど、何とか力を貸してくれないかなぁ?」


 そう言う夏葉は『私はバカを一ヶ月放置しました』と書かれたスケッチブックを持たされている。

 主犯と共犯で、刑の内容に差があり過ぎませんかね。


「別に、あたしは嫌だなんて一言も言ってないでしょ」

「私も。そういう話なら喜んで協力するわ」

「ウチもいいよー」

「え、そんなあっさり?」


 僕は思わず聞き返す。


「あれだけ腫れてた顔が、ちょっと目を離した隙に元通りって、どんな回復力してんのよ、あんた……。ていうか、そんなに意外?」

「だって、颯吾はどのみち縁談を受ける気はないんだし、みんなにはお見合い潰しを手伝うメリットなんてなくない?」


 僕としては平身低頭で礼を尽くして、一人でも協力してくれれば御の字くらいのつもりでいたんだけど。

 きょとんとする僕を見て、三人が笑う。


「あのね、清瀬君。それを言ったら貴方や秋津君が普段やってることにも、同じことが言えてしまうわよ?」

「そうだよ。それにウチらはみんなソー君に助けてもらった恩があるんだから、どんな形でもこつこつ返していかないと」


 あぁ、そうか。

 目に入る範囲の『嫌なもの』を、個々人がコツコツと潰していって。

 その好循環を少しずつ広めていくことで、自分たちを取り巻く世界を、明るく塗り替えていく。

 観覧車で聞いた颯吾の【優しい世界構想】は、知らない内に周りにも根付いてたんだ。


 なら、なおさら失敗するわけにはいかない。

 大人たちの起こす悪意の連鎖と、颯吾が積み上げてきた善意の連鎖。

 今回の件は図らずも、それら二つの代理戦争になったのだから。


「さぁ、そうと決まれば早速作戦会議を始めましょうか」


 年長のレイラ先輩の音頭で、本題が始まる。


「作戦を立てなきゃいけないってことは、普通に人目を盗んで店を出るのは難しいのよね?」


 輝夜の問いに、僕は首肯する。


「それを許さないために、颯吾の親父さんの病院から警備員が派遣されるんだ。正確な人数と配置場所は当日になるまで分かんないけど、あまり大勢だと店側の迷惑になるから、多くて4~5人じゃないかって、颯吾が」

「ていうかそもそも論なんだけど、部外者のお兄がどうやってお店に入るの? 仮にお客として侵入するとしても、お見合い会場の周りをウロチョロしてたら、流石に怪しまれるよね」

「その点は、大丈夫みたいだよ」


 答えたのは夏葉。


「会場はソー君のお父さんの行きつけの料亭なんだけど、前に酔った勢いでオーナーさんが一番大事にしてるお客とトラブルを起こしたとかで、相当恨みを買ってるらしいの。それで今回の件をオーナーさんに話したら『間接的な協力で良ければ喜んで』って」


 改めて聞いても、怖い話だ。

 お客様は神様だ、なんて驕ってると、思わぬ虎の尾を踏んでしまうこともあるってことか。

 ともかく、ここはオーナーさんの私怨に全力で乗っかるとしよう。


「合法的にお店に入り込むことは可能、と」


 不意に呟いたレイラ先輩が、僕の方を見る。


「清瀬君、お店の見取り図みたいなものは用意できる?」

「もらってあります。ちょっと待ってください」


 僕がスマホで送った画像データと睨めっこをすること、数十秒。

 うんと呟いて、先輩が顔を上げる。


「みんな、ここは私に任せてもらえるかしら」

「妙案が浮かんだんスか、先輩!」

「大まかではあるけれど、一応ね。いつかミステリー小説を書こうと思って、日々勉強していたトリック作りのノウハウが、ここにきて役に立ちそうだわ」


 自信あり気にそう言って、豊満な胸を張るレイラ先輩。

 かくして僕たちは先輩の指示のもと、わずかな期間で可能な限りの準備をすることになった。


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