財閥解体の終わり

 オリバーとカトリノーに正式な面識はない。

 正確に言うのであればカトリノーが見たことがあるだけであり、オリバーは見たことすらない。

 カトリノーが見たのは5歳前までのオリバーであり、感想としては馬鹿の間の子であり興味をなくした。

 最近の評判で貴族に生まれた人間が改善することがあるのか?とすり替え説まで疑っていたがそもそもハリスン侯爵家を継がなくなったので貴族じゃなくなったからではないかとすら思っている。

 彼は貴族の称号を持つと人が愚かになるとすら思っている。

 ルイーズですら大公になってから変わってしまったと思っているのだから。


「はじめまして、オリバーです」

「ご丁寧にどうも、オリバー先生。カトリノーです」


 肩書すらない軽い紹介であり、あとは沈黙であった。


「オリバーは私の派閥ですわ。そしてベッサ公爵とのつながりがある」

「ベッサ公爵閣下ですか」


 オリバーよりもカールを優先するのはその知名度と成果である。

 カトリノーはカールを見たことがない。接したこともない。知っている情報は新聞や関係者の話くらいである。

 またルイーズ大公の後継者の筆頭とルイーズ派閥の人間からそれとなく聞いているくらいである。

 糞女メアリーの巻き上げた金、財産を返却したこと。この一点を持って間違いなくまともであるとすら思っていた。新設貴族で公爵位になったことで愚物になったことを疑っている。

 ルイーズやカールが聞いたら「「いらなかったわ!こんなもの!」」と心からの怒りの返答が返ってくるだろうが。


「うーむ」


 どう考えても押収された財産から金を返すという発想が出てくることはないのだ・

 ハロルド?無理だろあんな馬鹿、アランに投げて終わりだ。

 アラン?アランだぞ?金を返す発想があるのか危ういぞあのギャンブル中毒。

 ハリスン侯爵邸でそんなことをする人間がいない。

 つまりオリバーが入れ知恵をしたかカールが思いついたかだが……。

 もしオリバーが入れ知恵してるとしたら大事だろう。母親を止めることができなかったくせに復讐権で弟に移動した財産を返却するようそそのかしたことになる。うっかり表に出れば恥知らずとして死ぬだろうしな。事件が起きた際に教師が内定していたのは就任時期からして間違いない。わざわざそんな危険なことをする必要が見えない。

 仮にオリバーが入れ知恵したことが明らかになってオリバーが生きているのであればそういうことにしておこうとなったということだ。表立ってハリスン侯爵邸に出入りもしていない以上はおそらくない。あるとしたら兄の名誉回復で弟が喧伝するくらいだろう。

 もしやそのせいで表立ってアピールできないのではないか?


「オリバーは派閥に入りに際してベッサ公爵の不利益になることはしないと明言していますし、私も受け入れました。必要なら誓約書も書きますと言いましたがね。まぁ帝都専門学校の教師を騙した時点で私は貴族としては完全に終わりますけどね」

「ほう、来年からそちらですか」


 そうなるとまた話は変わる。

 貴族学院の教師はともかく帝都専門学校の教師というものは本人も周辺も評価していなければなれるものではない。

 だからアランはなれなかったのだ。あいつに人を教える才能なんてないだろう。

 あいつは教える相手が賢いからあいつのいうことを理解してるだけで先生という職業には向いていない。経験者である自分はよくわかる。あんなもんの教育でも理解できるほど賢いルイ嬢が継いでくれればよかったと今でも思っているのだが。


「ベッサ公爵閣下との関係は?」

「兄と弟です」

「知っていますが?」

「唯一の家族ですよ」

ですか」


 その言葉の重みはカトリノーはよく知っていた。

 彼にとっての家族は妻子は当然として、ルイーズやポール、他のみんなだった。かろうじてピーターも入れてやっていい。ただしハロルド、貴様はだめだ。

 彼等以外に信頼できる人間は今まで生きていたことはない。

 一応の血の繋がりよりも弟だけが家族という言葉は重いものだ。


「もしベッサ公爵閣下が失脚したどうするのですかな?」

「ありえませんね。弟は賢い。悪意を持って失脚したのであればやりかえすか、帝国に呆れ果ててでていくでしょう。失脚した時点で命が残るかわかりませんしね」


 本人が聞いていたら無理だよそんなもん!とっとと逃げるわ!というであろうがオリバーの信頼は無駄に厚かった。


「まぁルイーズ姉もついてますからね。そう簡単に失脚はしないでしょう」

「あの子は賢い。私が5歳の頃など唾棄すべき存在に過ぎなかったほどです……。もしかしたら耳ざとい商人であればご存知かもしれませんが」


 まぁそうだろうなと言う言葉をカトリノーは飲み込んでいた。よくもまぁこうも変わるものだなとすら思ってはいるのだが……。


「私はやるとしたら弟のために働きます。それだけですね」

「袂は分かちましたが姉の願いを叶えるくらいは手伝います。それだけですな」


 はぁとため息を付いたリリーナは謎の張り合いを始めた2人の会話に入ることにした。


「奇しくも家族のために働く人間がいるようで結構なことですわ、同じ方向だけは向いているでしょうし、神聖帝国が消えたあとまた考えていただければ結構ですわ。別段目標達成後に続けるも辞めるもそこは好きにして結構ですわ」

「意外と気楽なものですな」


 カトリノーの訝しげな口調にリリーナははいはいというように話し始めた。


「私達が掲げるのは社会や国家に対して責任を果たす高貴な義務ノブレス・オブリージュ、地位に応じて働くものです。その点では教師として働いているオリバーはもうその時点で果たしてるわけですしね。あなたはまさか無罪となったあともあの経営をあのまま続けると?」

「我が社の危険な人材は帝国が全部処分してくれたのでね。まぁ見逃したやつもいますが背任罪で消えてもらいますよ。後釜には平和に生きたいから血なまぐさいことと離れた私の家族を入れますとも。血は繋がってませんがね。もっとも社会や国家に対して責任を果たす高貴な義務ノブレス・オブリージュなんて柄ではないしそんな地位でもありません。平民ですからな」

「ええ、優秀であればそれでいいですわ。優秀な貴族が消えたら貴族制度は消えていいですしね。優秀な貴族が人々を導くのが私達な方針なのです。優秀な平民はどんどん評価しましょう。去るのは自由ですけど、私自分で派閥に入ってほしいと勧誘した人を入れたあとで逃がしたことがありませんわ」

「おお怖い、脅されてるのですかな?」

「入れる際はなくもないですがね。でも恩恵は十分に与えてますし、意外と派閥で動いて成果が出ると続けてみようと思うものですわ。お友だちはお友だちとして付き合いますしね」


 言っていることは事実ではあったがカトリノーは会社経営をしてきた視点からはっきりといった。


「惰性で続ける仕事では?」

「まぁ惰性でも成果があればいいですけどね……。一旦入って抜ける理由がないからまぁいいかっていうのもそれはそれでいいんですけど。まぁ面と向かってやめますと理由を言ってもらったほうが派閥の今後の方針とか風通しの面で重要だから言っては欲しいですけどね」

「派閥は会社と同じか、会社の中に派閥があるものだと思うと財閥は派閥とは派閥でその中にも派閥がある面倒この上ないものでしたな」


 うんざりした表情をうかべたカトリノーはイヤダイヤダというように首を振っていた。


「私は別に宰相になりたいわけでもないですしね」

「そうですか、それは驚きですね。何になりたいのですか?」

「私が高い地位になることなく国家を動かせる立場になることですわ。闇将軍でもキャスティング・ボートを握るものでも大御所政治でも院政でもいい方はどれでもいいですけどね」

「大御所……帝位に?」

「違いますわ、初代宰相の異世界国家の歴史にはあまり詳しくないのですね」

「さほど、興味もありませんしな。私は最低限の教育は受けていますが異世界のあれこれは基本的に知らないのですよ。ああ、フランスはわかります、名前もその関係でつけてもらったものですしね」

「ああ、母親にですか」

「いえ、ルイーズ姉にですね。だいたいフランスの本で適当につけられています」

「適当?」

「いや、ルイーズ姉は名付けのセンスが壊滅的にないので適当につけてもらった方がいいですね。ワッケイン子爵の名付けの候補にポチがあったくらいセンスがないです」

「センスの問題ですこと?ワッケイン子爵は……末の……でしょう?」

「ええ、そうですよ。だからまずいんですよ。ハロルドも元はもっと酷かったからそれらしくみんなで誘導したのは覚えてますがね。いや、ひどいことは覚えてるんですがね」


 唖然としたリリーナは子供にポチは皇族みたいな命名基準ですけどと思っていた。   ついでにハロルドはひどい名前でも良かったんじゃないかしらとも思っている。


「だからそのフランスの本がなかったら顔が似てるからアザラシとか今食べたいものでスペアリブとかにされてたかも知れないからよかったんですよ」

「アザラシ、それ皇族にいますわ。陛下の従兄弟です」

「ルイーズ姉の息子がまだいたのか」

「いえ、皇族は変な名前をつけるだけですわね」

「ルイーズ姉は皇族だったのか?」

「まぁ……どこかの時代の皇帝の血を引いている可能性は戸籍課が証拠を出すまではありえますが……ここ300年以内ではありえないでしょうね」

「だからセンスがないのか……そうか……どこかの時代の皇帝か皇族の血筋か」

「いや、皇族の親もセンスがないからそういう名前をつけてるわけでは……。それに素でそれならむしろ皇族とは一切無関係と言え……」

「ならばあなたの派閥で働くことは帝国と貴族を利する以上は姉の利益にもなるわけか」


 話聞かないタイプのワンマン社長ですわね……。

 まぁ、前向きになったからいいかしら?

 絶妙に押されているリリーナは説明を諦めていた。


「そうですわ」

「ふーむいいでしょう、派閥に加わるとしましょうか」

「ええ、これからよろしくお願いいたしますわね。カトリノー」

「よろしくボス」


 なんとかなりましたわね。これで本当に良かったのかしら?いや、うーん。大丈夫ね。

 イントツルスごときよりはよほどいいですわ。

 比べる相手が悪いような気もするがリリーナは前向きだった。


「それでは国家の経済を握るために動くとしましょうか。明日の新聞で高田財閥の解体が出るでしょうが、今日の裁判を考えたら四代財閥解体となるでしょうな。高田財閥総帥を生かしておきたい帝国にとっては良いことですな。臣民は死刑になったと思ってくれるでしょう」

「ええ、そうですわね。ルブラン商会がどこまで伸びるか、それともカトリノー商事が伸びるか。それとも他の商会のほうが伸びるかしら?楽しみですわね」

「さてね、こればかりは先手を取っても成功するわけではないですからな。チェスで駒をとっても反撃されて負けるということもありましょう。安くて高品質が高くて低品質に負けることもままあるものですよ」


 リリーナはニッコリと笑うと。


「ならば高くて高品質で勝負すればいいのですわ。おそらく景気は上がるでしょうしね。貴族と平民の財布の紐はゆるくなりますわよ?」





「旧タルタ財閥の美術館より宝剣クラウソラスが売却に出されました、価格はおおよそですが……」

「構わない、買いたまえ。金はいくらでも出すぞ、貼り続けろ」


 カローザス侯爵はそういうと他の財閥の放出情報を見て丸をつけていった。


「これは全部買うぞ、アルミ金貨でも怯む必要はない」

「こちらの帝国暦13年製物干棹はよろしいのですか?」

「それはうちの倉庫にある。その出品は偽物だよ、むしろ鑑定で偽物と父が判定したのだがな。全くそんなものが初代宰相閣下のお抱え鍛冶集団のできなわけがあるまい。まぁ財閥に芸術品の機微はわからぬか。丸がついていないのは偽物だ。余裕があるな。ああこの籠手はヤールングレイプルか。本物だし買っておくか、釣り上げられたらやめていい。剣じゃないしな。あとついでに色々買い替えるか。解体されたベルソンヌ財閥の出品商品の鑑定の仕事はこれくらいか、余裕あるな。高田財閥の方も買わないと……流石に最古のシリーズはあまりないかぁ……ああこれも買っておこう。一応有名なギターだしな、話の種になるだろう大金貨5枚以内なら買って超えたら辞めておいてくれ」


 各財閥美術館が運営不可能となったため所蔵品を放出して貴族や裕福な平民が買い漁る。

 リリーナの言う通り貴族と平民の財布の紐はゆるくなり、ついでに色々購入して金が帝都にも落ちて行く。気前のいい貴族や平民は売却した家宝落札記念で酒場で酒を奢ったりして非常に気前が良くなっていた。

 財閥解体で即座に経済が悪化することは避けられつつあった。

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