フィデスの回顧
ティッティが去ると部屋はまた静寂を取り戻した。
彼女に出会ったのはどれだけ前だったのだろうか?いまだ大したことのない実家の孤児院で私の信頼する友人、ベレニケが見出した人間だ。
友人は今はなく残されたものは大したものではなかった。友人を殺した馬鹿者は死んだが友人が戻ってくることはない。絶対にないのです。
あれは友人の忘れ形見でしょうね、国家、皇帝、両親、宗教、全てに失望した私の最後に残った人間的な、優しさのような感情は彼女が殺されたことにより消え去ってしまった。
残ったのは私がなんとかしてやろうという傲慢さそのものだ、それは優しさではない。思いやりのようなものはついに消えたまま戻らず、あるのは同格との信頼関係のようなもの。自分より素晴らしい人格者を見れば見るほど私はそうあろうとしたがどうしても欠けたものは戻らないのです。
ティティスもそうだが孤児たちは息子娘や弟妹のようなもの。この慈しみというものは優しさではない。母猿が子猿を庇うものであって、襲われた仲間を助けるものではない。どこぞの書籍で読んだステラーカイギュウとやらが私であれば仲間が襲われても見捨てて逃げるだろう。憐憫も何もなく。
それが手元にいる孤児でも逃げるかもしれない。私がすることはあの神聖帝国という筆舌に尽くせない破滅したものを葬り、人々に人としての道を歩ませることだけなのだ。それをなすまでは死ねないし、死すことでなせるなら赤の他人でも庇って死ぬでしょう。
それにしても協力者たちも結構亡くなってしまったのですね。
私に宗教教育を施したクーディン枢機卿も亡くなったようですが、あのソウェ州知事の反応では10年前とは違って壊れてしまったのでしょう。
「元来宗教というものは人々の心に寄り添い慰め支えるものなのです。多少歪ですがこれも帝国を打倒するため……いずれはこの禁じられた宗教という劇薬が人々の心を照らすはずなのです。そうなさる、なせる方が神聖帝国にはおられます」
私が助祭の地位を頂くことになった際に彼はそう言っていた。
この頃私は大体に見切りをつけてはいた。宗教もそうあればいいとは思ったのは確かだったのですが。所詮は為政者にとって都合のいい言葉遊びとしか思っていませんでしたね。実際それはそうだったのですが。
「皇太子殿下がその至尊の地位についた際、危険な思想を持つものは一掃されるでしょう。そしてペトロ殿が帰還して教皇としてあのあり方を戻すでしょう。前の皇太子殿下が生きておられればそうなさりました。これより神聖帝国はかつてのあり方を取り戻すのです。孤児が増えている今こそ、身銭を切ってでも人々を助けなければ。せめて我々のような者たちだけでも」
結局のところ起こったことは即位式での殺戮だった。しかしクーディン枢機卿は熱狂していた、これで神聖帝国は独立時の気迫をも取り戻すのだと。粛清が相次ぐ中でそのようなことを言っていたが彼は変わらなかった。
教皇の地位に新皇帝が就くという暴挙すら彼にとっては必要な処置だったのだろう。彼の期待するペトロは帝都に戻っては来なかったけれども、それを気にせず今の情勢では厳しいから仕方がないなどと手紙に書いてよこしたものです。
当時は知りませんでしたがそのころにはあの……教団を率いてスケベッティという名前を名乗り始めた時期だったようで……情報が後手に回っていましたね。
そして愚かなる父だったものが大臣になった際、私はベレニケやティッティのような人間が増えるのであればいいなと思っていたものです。父への期待などありませんでしたが。
「ベレニケ、馬鹿者が財務大臣になりました。死の道を歩かされる愚かな愚かな……大馬鹿者です」
「フィデス、そんな事を言ってはいけないわ」
「ここから何をどうしたら財政を戻せるのか。聖職者を皆殺しにしても赤は赤です。黒に変わるには金鉱山がすべての禿山からでもでない限りは……やはり帝国と手を組んだほうがいいですね。現状資金は流れてきていますが、これで私欲に使えばそのうち破滅するでしょう。お好きなタイミングで。ここまで慎重にやっていたのに、それなのにわざわざ地雷原を全力疾走し始めた父だったものには哀れみを覚えます」
「そうしたいのであれば反対はしませんが……外国勢力の力を借りて国家運営に成功した事例はそうはありませんよ。私が読んだ本に載ってないだけでしたら申し訳ないですが」
「私は別に国家を運営したいわけではありません。あなたのような優秀な人間が国家の舵取りにもっと参加してくれれば、何も持たぬものをあなたのような人間になるための制度を作りたいだけ。偉い人は勝手に偉くなってくれればいいのですよ」
友人であるベレニケに愚痴るしかなかった私は話を聞いた途端すぐにそういった。
平民である彼女は元々は孤児院出身で雑多に寄付された本を読み漁り独学で知識をみにつけるという変わり者であり優秀な人だった。
神聖帝国でなければもっと立派になったでしょう。それが最も残念なことです。
神聖帝国の財政は遅かれ早かれ破綻する。この時点では新皇帝は疑心暗鬼で粛清を繰り返す馬鹿者であった。それでも危険人物が排斥されているのでクーディン枢機卿は支持していたのだと思う。だが私のとっては絶対に破綻する財政の責任を家族総出で命を使った謝罪に費やされるのは御免被るものだったのです。
どうせ消えるのであればせめて有意義に消えたいものと財務大臣権限の書類を改ざんして、印章を借りて横領してやりました。その金を別にプールしたり孤児院に使ったり、正直逃げる気は満々でしたけどね。泥舟に沈む滅びの美学は勝手にやってくれればいいのですから。
私の愚かなる両親が愚かな行為をしたのでこの手で殺したとき、心底安堵したものです。その直後ベレニケが殺され、何もかもが嫌になりました。
私はやることなすこと雑になり1年で粛清候補に上がり事実上の失脚をしたのです。まぁ問題はベレニケ亡きあとで私の指示がうまく回るわけがないことに気が付かなかったのですからやはり雑としか言えません。ティッティは今から考えてもよくやっていましたから。そこから完全に危険になって下野するまで3年持たせたのですから上手くはやれたでしょう。
政敵を手を組んだ聖職者たちと追い落とし、宮城の場で弾劾する……。なんというか人狼ゲームですね、私は黒に近い中で確定黒を晒し上げて吊るしてターンを引っ張り続けていたようなものなのですから。
「以上のようにベシュツァー枢機卿猊下の横領は私の嫌疑がかかっていまだ不透明な金額を遥かに超え、このゾェボア大司教の提出した聖騎士団の装備の金額があなたの大聖堂管区を経由すると倍額になっています」
「フィデス助祭の容疑は未だ不透明ですが、ベシュツアー枢機卿の横領は確実でしょう。内赦院長としてこれは看過できない。火刑に処しましょう」
「バカな!貴様ら!クーディンも正気か!ゾェボア!これは嘘だろう?な?書類の提出ミスではないか?フィデス助祭!貴様の陰謀だ!」
「私のような小娘に何ができましょう?まさか枢機卿猊下……この私のような、父が不正を働いたため処刑するために尽力した私が?自宅の屋敷で書類を集めるように猊下のお屋敷で書類を持ち出したとでもおっしゃるのですか?」
「…………誰だ!誰がこの私を売ったのだ!小娘!そうまでして生きながらえたいか!この私が死ねば神聖帝国は滅ぶぞ!ゾェボア!ゾェボア!頼む!どうか撤回してくれ……!」
「私は潔癖です、いっぺんの横領もしておりません。それは提出書類から見ても明らかでしょう。内赦院長の慧眼に感謝いたします」
「バカ者共が!くそったれ!地獄に落ちろ!」
「ではお先に地獄を整えていてくださいませ。もっとも肩透かしかもしれませんが」
流石に教皇庁総務局長を弾劾し返したのは問題でしたね。ですがここをしのげなければ死んでいたのはこっちですからね。致し方ありません。
結局身を潜めてはいましたが完全に姿を隠さなければならなくなりました。久々に顔を出したらクーディン枢機卿にいきなり呼び止められましたね。
「これ以上はどうにもなりませんね。どこに罪を押し付けてもまずあなたを殺すようにいうでしょう。それにしてもベシュツァーを燃やしても1年持つとは……政治家になったほうが良かったのでは?とにかくもう下野したほうがいいでしょう、完全に。地盤はととえているのでしょうから手のものを連れて帝都をでなさい」
それがクーディン枢機卿との最後の会話でした、いや私は踵を返して即座に行動に移ったので会話はしていませんね。
通達と言ったほうが良いでしょう。
だからあの方が変わってしまったかどうかまではわからない。結局のところ助祭になる際にじっくり話した10年前のイメージしかあの方にはないのです。
でもあの時のクーディン枢機卿は間違いなく……立派な方でしたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます