盗み聞き

 


 学校には裏山がある。そして、学校の校舎と裏山との間には狭いながらも場所があった。樹々は校舎に届かんばかりに枝を伸ばし、その樹々が桜ということもあり、そこは絶好の告白スポットなっている。また、一階の理科室から窓を開ければ告白の声が聞けるのも意外と皆の知らないポイントだ(もちろん、生徒の喧騒がない前提の話ではあるが)。ということで、俺はというと、ここで張り込みをしているわけだ。


 なぜか? ちょっとした伝手で理科室の鍵をせしめたからだ。準備は完璧。光は消した。窓は全て全開にはできないので、締め忘れた程度に開き、俺は壁にもたれてただその時を待つ。


 その時、足音がした。


 ザッ ザッ ザッ


 と、風に飛ばされた紅色の葉を踏みしめ、人がやってくる。男か、女か。いや、時間的に考えて男だろう。


 俺は背を屈め、窓際に体を寄せる。ちらりと外を覗けば、男がいる。


 来た。


 目当ての奴だ。


 ははぁ、それにしても、彼女に手紙を送ったのは、あの転入生だったとは。自信なさげな彼は、陰キャの中の陰キャといった様相だ。目は前髪で隠れ、なにかモゴモゴと口の中で呟いており、動きは固く、どこか危なっかしい。そんな彼が、彼女に手紙を送った!! これは、今年一番の大スクープになるかもしれない……(新聞部員のさがだ)


 俺は、ゴクリと唾を飲み込み、彼女が来るのを待つ。


 彼女が来れば、勝ったようなものだ。写真を撮り、あることないことでっち上げて、それらしいことを書けば誰もが食いつく。俺は今、あくどい顔をしていることだろう。しかし、これは新聞部のためなのだ。陰キャ、彼女には悪いが、犠牲となってくれたまえ。


 俺は、覗くのを止めて、腰を下ろす。冬服のズボンを通しても理科室の冷たい床を感じる。


 当たり前のことだが、俺は暖房をつけていない。下手をしたらバレる。なので、この部屋は現在進行形で冷えていっているのだ。


 早く、彼女が来ないかな~、と思っているのは、陰キャも俺も同じだろう。来なかったら困るという点でも同じかもしれない。まぁ、こっちはただもてはやすだけだから困る程度は全然違うだろうが。


 さて、5分経ったころ、彼女はようやっとやってきた。


 葉を踏みしめるその音が聞こえてきたの同時、陰キャが「天野さん」と言った。


 やはり! 心臓がドクドクと脈打ち、口元に笑みが広がっていくのが自分でも手に取るようにわかる。


 俺は努めて平静を装い、左手にカメラを構え、右手でスマホを握りながら、外を眺めた。


 そこには、陰キャと「天野さん」が向かい合ってるのが見えた。


 天野 凛。彼女は、前年度の我が高校主催のミスコン1位。つまり、一番顔がよくて愛想も(ある程度)良い人物だ。彼女のことなら基本情報は全て押さえている。清楚という言葉が合う、容姿。年齢は17歳で、7月9日が誕生日。俺と同じ学年でもある。血液型はO型、なのだが性格はあまり当てはまっているとは言い難い。男子からは「天野さん」、女子からは「凛」と大体呼ばれている。趣味は読書。恋愛系統の物語を好みとしていると調査で裏付けられている(ハードカバーがあったため、調べるのが難しかった情報なのでよく覚えている)。運動は苦手なようで体育だけ成績が5段階中3。他の教科はおおむね4及び5であり、学年2位から5位の間を行ったり来たりしている。学業においての上位争いが熾烈な争いに参加できていることから、非凡なことが伺える。ちなみに1位は俺だ。基本的に感情をあらわにしない彼女だが、虫は苦手なようで、授業中教室に入ってき、目の前を飛んでいたオオスズメバチを見て悲鳴を上げたのは校内で噂の種となった。


 最後の情報に関しては、いささか議論の余地が残るだろうが、これが俺の調べた天野凛の情報だ(天野のファンからせっつかれて調べた情報だが、あいつらはいい金づるだった)。


 さてと、天野ファンクラブは抜け駆け禁止の掟なんてものをしているが、転入生にはそんなもの関係ないようで、早速、口を開いた。


「天野凛さん」


「はい」


「僕と、交際してくれませんか?」


 ・・・ キターーーーーー。俺はスマホに言葉をメモし、カメラを動画モードで撮影する。その心の中で俺は喝采を挙げていた。動画に音が入っているかどうかは微妙というか、期待できるものではないが、これは、マジでスクープになるぞと、俺は確信した。


「それは、私と恋人関係になりたいということですか?」


 天野さんもド直球、ていうか、さぁ。二人ともド直球すぎませんか? 陰キャ君。てんぱってもいいんですよ? ここには誰もいないんですから(お前が言うな)。


 なんか、初々しい感じがしないんですよね。方や告白慣れした天野さん。笑いものに出来るのは消去法で陰キャ君なんだけど、告白の仕方が堂々としすぎじゃあないですか?


「はい」


「理由をお聞きしても?」


 おぉ、天野さんの告白断りの一つ。理由を聞く!


「はい。それは、、、」


「それは?」


 ゴク、と俺はつばを飲み込み、手に汗を握った。


「僕は、影が薄いです」


「へ?」


 は?


「僕は変わろうと思ったんです。前の学校でも、この学校でも影が薄いんです。体育の時も、奇数だと絶対省かれ、一人、先生の眼に入らぬように動きます。班決めの時も、僕はだいたい余り、押し付け合いになるのです。僕は誰かに認識されれど、相手にされず、されど、近づこうとしてもどうしていいかわからず、身を引き、ただただ無駄な時間を過ごすのです。これが、僕の日常です。けれど、これを打開したいと思ったのです。つまり、僕が話題の人となれば、これは解消する。そう思ったのです。だから、僕はあなたに告白しました」


「……」


 天野さん、押し黙っちゃってるよ。


 わかるよ? わかるよ。その気持ち。俺も痛いほどよくわかる。こいつ、何言ってるんだろ。陰キャ拗らせて変な思考回路でもって学校一の美少女に告白かます変なやつが誕生してるよ。もはや救いようのない何かなんだけど。これ、書いたら、面白いかな?


「つまり、あなたは有名になりたいから私に告白をしたと」


「はい」


 お、天野さんが立ち直った。


「あなたは、私に何をしてくれるの?」


「100万円以内で何かあげます」


 ・・・・・・。なんだって?


「??????」


 ついに、天野さんも思考停止してしまったようだ。


「もう一度聞くけど、何をしてくれるって?」


 おぉ、今回は立ち直りが早くなったぞ。


「100万円いないでしたいことをしていいです」


 どうやら、間違えてなかったようだ。こいつ、金持ちか? 金持ちなのか? 実は、髪を切ったらいい顔になる系の男子なのか? 主人公か?


「100万円なんて、そんなものどうやって用意するのよ?」


 それな、それ、最大の謎だよな。たかが、高校二年生が持っていい金じゃ……


「一か月分のお小遣いだけど?」


 ブルジョワやん。マジのブルジョワやん。一ヵ月の生活代や無くて、お小遣い? あんさんの親、医者かなにかですかいな?


「……いいわ。付き合ってあげる」


「ありがとうございます」


 俺が現実逃避をしている間に、二人は契約交際に踏み切ったようだ。恐ろしいことだ。


「それじゃあ、手をつなぐ?」


 天野さんの猫なで声が聞こえてきた。


「そうですな、それじゃあ、今日から恋人ってことでいいですね」


「ふふふ」


 そういって二人が去っていく。風で紅葉の葉が舞い、二人を祝福しているようだ。


 いかんいかん。現実逃避も、ここいらで、やめないと。


「えぇ。えぇ。マジでどうしよ」


 俺は、理科室の中で呆然としてしまった。


 

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