叶えて、ヒミツの願いごと③

 笹の設置が終わり、買い物も済ませた私たちは、帰路とは反対の――そして上方向に歩いていた。

 空はグラデーションをかけ、藍に染め上げる。

 そんな夜から逃げる夕焼けの残滓に、私たちはついていく。


「寄り道しましょう!」


 ザラメの提案で、町の小さな山を登ることとなったのだ。

 買い物袋がザラメに合わせ、踊るように揺れる。


「ところでデウスさん、この山は初めてですか?」

「ああ、今日が初めてだよ。そう——ザラメが私の“初めて”を……」

「言い方が如何わしいですぅ! でも、初めてなら良かったです」


 実に嬉しそうなザラメ。

 足取りは軽く、跳ねるように先を歩いている。


「何か見どころがあるのかね?」

「着いてからのお楽しみです! ふふふっ」


 ザラメは口元を手で押さえる。

 ヒミツを独り占めして悪戯に笑う彼女は、子どものように無邪気だった。

 苦痛などつゆ知らず、結末を気にも留めず。

 幼気な笑みが……少しばかり目に痛い。私には眩しいのだ。


「もうすぐですよ!」


 やがて道は開ける。駆けたザラメが望む先。

 眼下に広がるのは、地上の星空だった。


 町は光で溢れている。

 家や街灯、それから車。人の在るところに明かりが灯る。

 それはまさしく、人が生きているという証。

 生まれ、輝き、やがて潰える ……愛おしくもそれだけのモノ。


「ザラメ、好きなんです。この景色が」


 優しい声音は陽だまりのようだ。

 愛おしげに、ザラメは続ける。


「見てると、明日が待ち遠しくなるんです」


 袋の持ち手に両手を揃える。

 そうして眺めるは、地平を去り行く琥珀色。


「明日も明後日も、楽しいって思えるんです」


 人は明日を決められない。

 私がピリオドを打てば、世界は「そこまで」。

 その先は……明日は無い。

 それが、この世界の仕組み。抗いようのない摂理なのだ。

 だから、こうも純粋に明日を期待する彼女を見ていると、もどかしくてたまらなくなる。


「あ、この事は2人に内緒ですよ? 寄り道なんてバレたら、小言を言われちゃいますもん」


 振り返ったザラメは、人差し指を口元にあて悪戯っぽく舌を出した。


「ザラメとデウスさん。2人だけのヒミツです」


 地平線に残る琥珀の太陽が、ザラメを優しく照らしている。

 彼女にかかる逆光さえ、柔らかい。


「ヒミツ……か」


 私はザラメの前に立ち、自分に言い聞かせるよう呟いた。


「この絶景を見せてくれた君に、お礼をしなくてはな。……目を瞑ってくれたまえ」

「え、こうですか?」


 素直に目を閉じるザラメを背にし、願いを心の中で唱えた。


「————良いぞザラメ、目を開けて」

「わぁ……!!」


 見上げるザラメの顔は、恍惚と輝いた。

 神の業に——宝石と呼ぶに相応しい、完璧な虚構フィクションに。

 一面に広がるのは、ラピスラズリのアオ。

 金や銀の星が彩る、雲一つない精巧な空だった。


 これは“再起“の力の副産物。空を彩るだけで大した力はない。使うこともないと思っていたが……こんなにも喜んでくれるなら、神冥利に尽きる。


「すっごく綺麗です……!」

「私とザラメのヒミツだ」

「はい!!」


 星へと手を伸ばす様は子どものように無邪気で、瞳は砂糖菓子のように煌めく。

 そんなザラメに、私は目を奪われていた。この壮大なツクリモノより、よほど綺麗で美しい光。

 だからこの景色を、私たちだけのヒミツにしておきたい。とっておきとして、残しておきたいのだ。


「決めたよ、願いごと」


 星空に夢中で聞こえていないザラメに目を細め、私は祈る。

 それが、神として矛盾するものだとしても。


 ——願わくば、この日々が続きますようにと。

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