第6話
ある日、ご主人様がこの家の前の持ち主の老魔術師の話をしてくれた。
異世界に来て右も左も分からなかったご主人様は、目覚めた魔術の力の使い方をその人に教えてもらったようでご主人様は良く懐かしそうに話してくれる。
好きな事を教えるのは得意だったけれど、興味のない事を教えるのは下手というか雑な人だったらしく、文字やらこの世界の社会的価値観なんかは教われなかったようだ。
そういう事を教わろうと話をしていても結局、話題が右往左往して老魔術師の好きな魔術の話になってしまったらしい。
そんな老魔術師はどうやら偏屈で拘りの強い人だったようで、家族は居らず一人の魔術師の残した魔術書の解読に人生を捧げていたようだった。
「ナツウラユタカ」という名前の魔術師が100年前に遺した未完成の魔術書で題名を「時空の書」と言う。
どうやらご主人様と同じような異世界人が著者のようで、ご主人様と同じように元の世界に帰るために色々研究していたようだ。
老魔術師は「時空の書」の解読に人生を賭けていた。
ある時、ご主人様は「何故その魔術書の解読に人生を賭けているのですか」と聞いたらしい。
「興味があるからだ」と老魔術師は答えた。
「何故興味があるのか」とご主人様が問うと「仕方がないさ。ただ気になる。俺はこの執着の根源を他人に伝えられるような言葉は持ち合わせていない」と答えた。
お節介なご主人様は「異世界の事を教えて差し上げましょうか」と言うと老魔術師は眉間に皺を寄せて「興味ない。大体わかるさ。どうせこの世界よりは平和で裕福で発展している世界なんだろう?」と平和ボケしたご主人様の顔を見ながらニヤニヤと言い放った。ご主人様は微妙な顔をして頷くしかなかったようだ。
異世界に興味のない偏屈な老魔術師にご主人様が師事出来たのは、ご主人様が「日本語」を訳せるからだった。
ご主人様は魔術書の走り書きのような「日本語」と言うご主人様の世界の言語を訳す事で老魔術師を手伝い、その見返りにこの世界での身分の保証と魔術の指南をしてもらった。
だがそんな生活は長くは続かなかったようだ。ようやく生活に慣れ始めた頃、老魔術師が倒れた。
どうやら病に罹ったらしい。体を蝕む病は治癒魔術じゃ治せない。
倒れた老魔術師は死に際、ご主人様に「俺が死んだらこの家も「時空の書」も財産もお前にやる」と言った。家族がいない事は知っていたが
「なぜ俺に?他にも誰かいるのでしょう」とご主人様が問うと「居るが、どいつもこいつも独り立ちしたからな、俺が死んだ後に気がかりなのはお前くらいのものだ。それに「時空の書」に一番興味が持ってるのは知り合いの中じゃお前だ。だから俺の研究を引き継げ」
そんな事を言った。倒れた後の老魔術師は魔術協会にご主人様の顔を売ったり、知り合いの魔術師や弟子とご主人様の仲を取り持ったりと魔術師社会の中でのご主人様の立場を作る事に注力した。
老魔術師はご主人様の立場を確立し、知り合いへの挨拶回りを済ませた。
「やはりお前の世界の話は聞いていいか。お前が「時空の書」を解読した時、どんな世界に帰るのかを興味がある」
もはやベッドの上から動けなくなった老魔術師はそんな事をご主人様に最期に聞いてきた。
ご主人様は老魔術師に自分の世界の事を語った。国の話、文化の話、鉄の乗り物の話、娯楽の話、ご主人様がハマっていた「ゲーム」の話、ご主人様の友達の話、ご主人様の好きな「アイドル」の話。
老魔術師はただただ微笑みながらご主人様の話を聞いていた。そして、そのまま眠るように息を引きとったらしい。
ご主人様は老魔術師との生活を懐古して話をする時、とても楽しそうで、哀しそうだった。
もしかしたら、主人様が私を買ったのは寂しかったからなのかもしれない。
獣人とご主人様 あけぼの @akadaidai
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