獣人とご主人様
あけぼの
第1話
私のご主人様はツヤツヤした黒い髪を生やしていて、苦労をしてないような顔をしている。
幼い顔立ちで私と同じ歳くらいだと思っていたが十八才。三つも上だった。
聞けば、平和な世界から来た異世界人らしい。
異世界出身のご主人様に買われた私は、普通の獣人の扱いを考えれば楽園のような環境で生活している。
ご主人様の世界は特定の種族を蔑み、痛ぶる事を悪とする社会が形成されていたらしい。
今日のご主人様は部屋に篭って本を読んでいるようだ。
獣の耳をすませば薄壁の部屋の中の音くらいは手に取るように分かる。
部屋からは本のページをめくる音が聞こえている。読み進める速さはとても遅い。
異世界の字が分からないご主人様のことなのでその勉強でもしているのだろう。
以前、文字を教えて欲しいと言われたが、私も文字は分からないと答えたらとても残念そうにしていた。
聞き耳を立てていると部屋の中から立ち上がるような音が部屋から聞こえてきたので私は仕事に集中することにした。
ご主人様の住居は町の外れの丘の上にある二階建ての煉瓦の家で、小さいが、ご主人様と私の二人が住むには十分すぎる大きさである。
私は滅多にこの家を出ない。ここ数ヶ月は一度も外に出ていないと思う。
前にお使いを頼まれて町の住人に暴力を振るわれて怪我を負って以来、ご主人様が私の身を案じて家の外の用事を私に任せようとしなくなった。
私は他人の所有物である奴隷に対して暴力を働く人間は滅多に現れないから大丈夫だと言ったが、ご主人様からはなるべく外には出ないようにと念を押された。
実際、私も大丈夫とは建前で言っただけだったので外出する用事を任されなくなったのは嬉しかった。
やはり獣人の私には人間の町に居場所は無いのだ。
私が二階の窓を拭いていると、窓から見える灰色の不愉快な町の一角を歩くフードを被った少女の姿が見えた。私よりも幼そうだ。私は一目で彼女が獣人である事に気付いた。
服はオンボロで、挙動不審。奴隷かそれとも浮浪者かは判断がつかなかった。
少女は人通りの少ない小道を通っていたが、街を行き交う人々は獣人と知ってか知らずか彼女を不潔なものを扱う様な反応をする。
綺麗に拭いた窓から見える景色は不快だ。
可哀想に思ったが、私にはどうすることもできない。
そもそも、この世界の価値観に染まっていないご主人様に買われた事で、随分マシな生活をしているだけで、一歩外に出れば彼女と同じ扱いを受ける私が彼女を憐れむなんておこがましい。
私と彼女は紙一重。もしもご主人様に買われていなければ、私はあそこにいたのだ。
私は現実から目を背けるように窓から離れた。
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