10
「とこ、こんなところでなにをしているの? まさかまた私、避けられているとか?」
「ううん、本当は舞を待っていたのかもしれない、来てくれるって期待していたんだ」
壁に背中を預けるのをやめて舞の方に自分から近づいた。
別に前みたいに拒絶をしていたわけではなかったから慌てたりする自分はいない、それどころかいまも言ったように来てくれて嬉しかったりもする。
「はは、そりゃいくけどとこからそんなことを言われるとは思っていなかったよ」
「だって言える相手がいなかったからね、一日以上一緒にいられたことがなかったから」
「それなら私達は特別ぐらいの存在だよね、自分で言うのもあれだけど」
「そうだよ、その中で舞は一番だよ」
なんか言った後に恥ずかしくなってきてしまって見ていられなかった。
「えー嘘でしょそれは、衣子が晴に取られていなかったら衣子が一番だったよね?」
「はは、そうかも」
「うわ最低ー」
それでもなんとか合わせられているのはいい。
いまの願いはこのまま軽いままでいてほしいということだ。
変に踏み込まれると一気にやられる。
「とこ? 私と話しているんだからこっちを見てよ」
「うん」
「今日はいつものとこらしくないかも、不安そうな顔をしているからね」
対する舞も不安そうな顔をしていた。
だけどこれは私のせいかもしれないからしゃっきりしようと思う。
「そうなんだ?」
「いつもはもっとわかりにくい顔なんだよね」
「せっかく舞が来てくれているんだからちゃんとするよ」
「や、別に頑張る必要はないけどさ、だけどそういうところはとこのいいところだと思う。あとは好きなところかな」
「あ」
なんか経験値が高そうだった。
あまりに自然すぎて冷静になってしまって困っている。
「と、とこガチ勢……とまではいかなくてもちゃんと見ているからね」
「うん、ありがとう。私も舞のこと好きだよ、これは本当のことだよ」
「……それなら京子が言っていたことも合っていてただの妄想ではないのかもしれないね」
本人から出してくるぐらいなら大丈夫かもしれない。
「うん。舞には迷惑をかけてばかりだけど舞が大丈夫なら一緒にいたい」
「それなら――」
「とこー!」「ちょっと待てここ!」
二人が来てくれて慌てたわけではないけど普通に戻れたから感謝しかない。
「邪魔をするなよここ……」
「だって夏美としかいられなかったから飽きたんだよ」
葵さんに預けてからすぐに帰ってきていなかったから丁度よかったのかもしれない。
舞と仲を深める場合でもここの存在は大事だ、側にいてくれないと嫌だった。
「おま……酷いな」
「違うよ、夏美のことは好きだけどやっぱりとこといられないと嫌なんだよ」
「つ、ツンデレか?」
「ううん、とこにはデレデレだよ。それにとこがご主人様だからね」
「でも、実際のところとこは他の誰よりも強いよな?」
強いのではなくて知らないだけではないだろうか。
「好きだから一緒にいたいの」
「わ、私のところにもたまにでいいから来てくれるとありがたいんだけどなあ……?」
「仕方がないからそれは守ってあげるよ」
「ありがとな!」
「おい、うるせえぞー」
葵君だ。
呆れたような顔をしながらもいつも気にかけてくれているから葵さんが羨ましい。
「龍一にも仕方がないから構ってあげるよ」
「いらねえよ。ただ夏美を監視するのにここの力がいる、だからそこは頼むぜ?」
「任せて!」
結局、彼がここと葵さんを連れていったことでまた舞と二人きりになった。
でも、変に違うことを挟んだせいでどちらも黙ったままだ。
「見つめ合ってどうしたの?」
「晴こそ衣子と見つめ合っていたよね」
他の人が来て黙ったり喋ったり、だけどいまの私達にとってはこうしてきっかけを与えてもらわなければいけない気がする。
というか少ししか時間が経過していないのに井辻さんを纏う雰囲気が変わってしまったというか、これが恋のパワーならすごいと思った。
「好きだからね、その衣子ちゃんはああして警戒して距離を作っているけどね」
「べ、別に警戒しているわけではありませんよ、私はただ……少し気まずかっただけです」
「とこがいるからか」
「はい……」
キスの件で改めて謝罪をするのも違うし距離があるからとりあえず近くには来てもらう。
「とこさん……」
「うん」
名前で呼ぶことも駄目、少し前のことを話すのも微妙ということで今回も待つしかない。
「江連さん、見つめ合うのは駄目だよ」
「うん」
「私はまだあなたのことをライバルだと思っているからね」
「それなら安心していいよ」
「舞?」「舞ちゃん?」
もうライバル視をしていても疲れてしまうだけだから止めたいというところか。
元々グループの中心にいる子で言い争いに発展させたくないのだ。
「とこが好きなのは私だからね。でも、衣子があのままでいたら間違いなく衣子が選ばれていたよ、だからこの子がその場の勢いだけで行動していたわけではないことはわかってほしいかな」
止め方はあれだけど効果はあった……はずだ。
「はい、短い期間の間だけでしたけどとこさんは私のことを考えて行動してくれていたのでそんなことを言うつもりはないですよ」
井辻さんに対してではなく衣子に対して動いたのは効果的かもしれない。
「それならよかった。いやーこことか関係なく衣子はとこを抱きしめたりしていたけどやっとスッキリしたよ!」
「うっ……み、見られていたんですね」
「当たり前だよ、だってその直前まで私と京子はとこと衣子の二人といたんだよ?」
「そうよね、だから二人で見ていたときに抱きしめたものだから驚いたわ」
「うわ!?」
あ、衣子ではなく彼女が驚くのか。
別に私達はまだこそこそと抱きしめたりなんかはしていないから慌てなくていい。
「あら、あなたがどうして驚くの?」
「いるならもっとわかりやすく近づいてよ京子……」
「それはごめんなさい。それより晴と衣子はもういきなさい」
「うん、またね」
「そ、それではまた」
井辻さんが変わったわけではなくてただ単に知らなかっただけか。
やっといつもの三人になって今度こそいつもの私に戻った。
「あ、私は空気を読んで離れたりしないから、私がいても好き同士なら関係ないでしょう?」
「うん、京子もいていいよ」
「い、言い方が気になるけどまあいいわ。それよりこれでとこちゃんも安心できたでしょう? この子の口から好きだって言葉が聞けたのはいいわよね?」
「はい」
約束をしたわけでもないのにちゃんと来てくれたことがよかった。
「む、あなたもいつまで敬語を使うつもりなの? あの晴だってやめているのよ?」
「いきなりは難しいでしょ、それに仲良くなられても困るからこのままでいいんだけど」
「無駄な警戒をしない。私がとこちゃんを取るつもりなら舞のことを勧めたりしないわよ」
「ならこうしておけばいいね、とこをぎゅっと抱きしめておくの」
「そのまま好きという言葉も重ねたらより効果的ね」
舞がいいならこのままお付き合いを始めても――始められたらいいと思う。
他の子とは違っていて一緒にいられる時間が減ると不安になるから関係が変わってしまえばそういう点でもマシになるはずだから。
「とこ、好きだよ」
「私も舞のこと好きだよ」
「いいわねっ。さて、残った私は同じく残った葵の相手でもしてこようかしら」
「結局いくんかい」
「あなたにはいいけどとこちゃんに悪いもの、それじゃあこれでね」
最後まで二人は素直になりきれていないみたいだった。
「はは、なんか今更ながらに恥ずかしくなってきたよ」
「私は嬉しいよ」
「あー……あんまり真っすぐなのは禁止ね? 効果的すぎて駄目になってしまうから」
「舞がそう言うなら変化球にするよ」
「いやっ、それも不意にやられそうで心臓に悪いから真っすぐすぎなければいいよ」
私はいつものようにいい方の言いたいことは言うようにしていけばいい。
それすらも我慢をするようになったのなら続けない方がいいからだ。
「ふぅ、ちょっと落ち着いてきたからなにか食べにいこうか」
「舞の食べたい物が食べられるお店にいこう」
「あ、面倒くさくないならとこが作ってくれてもいいんだけど……どう?」
「いいよ、それなら食材を買って帰ろう」
食べたいならとんかつとかステーキとかでもいい。
時間がかかっても、いや、かかる分だけ彼女といられるのだから悪くない。
「私が持つから家までは休んでおけばいいよ」
「一緒に持とう」
「はは、なんかバカップルみたいに見えてしまわない?」
「はは、それでいいよ」
最低でも友達のように見えていればそれでよかった。
だからどう転んでも下回ることはなさそうなので安心している自分がいたのだった。
176 Nora_ @rianora_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます