欲しい物

 彼は俺が四才になった時、欲しいものを1つ言ってごらんと言った。これからは3日に一度欲しいものを持ってくるから、と。

 普通幼児と呼ばれるはずの四才に向かってそんなことを言うだろうか、どうにも彼は浮世離れという言い方が似合う。


 それはさておき、俺は様々な本を読みたいと言った。この家に本がなければ、本自体の存在を俺は知らないはずなのでそんなことも言えなかったが、幸い彼は絵本、子供向けの童話、そして教科書のようなものを家に置いていてくれた。

 この世界の文字はアルファベットとひらがなが混じった、読みづらい文字が五十音図に当てはめられていた。見慣れたものもあったが、全く違うものになっていたものもあったりなかなか覚えるのに苦労した。そう考えると一番お世話になった本は五十音図表になるのだ。異世界に来てまで五十音図を勉強するとは……何とも言えない気分にはなった。


「そう言えば今日からは絵本だけでなく小説という文字だけの本も持ってきたよ、辞書はこれだから君なら辞書も引けたと思う。これと一緒に読んでみるといいと思うよ」


 なんと、小説だけでなく本物マジモンの辞書まで持ってきてくれたとは。こればかりは感謝するべきだな、もし何もなしに読んだら意図がわからないものも多かっただろう。

「ありがとうございます。辞書まで貰えるとは、とても嬉しいです」

「本当かい、それならよかった」

 彼は俺が喜んでいるという言葉を聞き、嬉しそうに目を細める。


「最近はどうだい?なにか本以外で欲しいものはあったかい?」


 欲しいものといか、外に出たいという欲求はあるが……それはどうしたらいいのだろうか。さっきは自分の身を守れるようになってからなら、森に一人で行ってもいいと言われたがそれは剣を習えという事を言いたいのだろうか。習うなら誰から?


「そうですね、最近は特に本以外には興味がないです。強いていうならば外に出てみたいと思うぐらいですが、それは……どうなのですか?」


 どうするべきだろう。下手を打っても機嫌を悪くするだけな気がするが。


「外に出たいのなら、稽古でもするべきだね。ふむ、私がやってもいいが専門家をつけてあげよう」

「え?それはどういうこ……」

「そうと決まればこれを食べたら行ってこよう!誰がいいかなぁ〜」


 この人は怪しいがここまでしてもらうと本当に信用してしまいそうになる。全く……いや、二年もいれば当たり前だろうか。


「それにしてもこの香草はなかなかいいね。どこでとってきたんだい?」

「小川を登ると花畑の跡地がありましたよね。あそこを綺麗にしてたら傍で見つけたんです」


 この家の横には森からの小川が流れている。家の水もその川から引いてきた水と雨水を使っており、少し濾過をすれば飲めるほどには綺麗だ。その小川の傍には動物などが来るため、けもの道がある。そこから花畑まではすぐ近くにあるのだ。


「あそこをもう一度整備する……ふむ、悪くないね。あそこは元はというと皇族の所有地だったんだけど誰もいかなくなってしまってね。私に所有権が移った場所だったんだ。荒れてはいるが、そういうゆかりによって魔物も近寄ってこない。管理までは手が回っていなかったから君に任すよ」


 彼は手を顎に当てながら話をする。そういう事ならこれ以上何かを言うのも藪蛇だろう。


「わかりました。適度に整備しておきます」


 そうして、俺は花畑までは外出できるようになった。それからは花畑の管理と整備、武芸の稽古で日々を過ごしていった。

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