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「おはようございます」
酒を微塵も感じさせないトーンで言われたとき、俺は酒癖が悪かったことなどを全て胸に仕舞っておくことを決めた。
「おはよう」
あの後、トレーナーを捲り上げれば、確かに左胸に契約紋があった。
スマートフォンで時刻を確認する。3/4の10:00。ローテーブルを挟んで向き合った。
「今朝、組織の人間らしきアドレスから連絡があった」
公認犯罪者のアドレスなど、裏社会の人間で知らない者はいない。
「地図だけだ。他の情報は一切ない」
「信用されていないんでしょうね」
「そういうことだろう」
昨夜の「X」からの命令。組織を潰せは皆殺しを意味している。
「それでも、やることは変わりませんよ。刀の手入れだけしたいので、少し時間を貰ってもいいですか?」
「それなら、俺はバイクを見てる」
「ありがとうございます、あと…」
本当に何も覚えていない様子で、はにかんだ。
「昨日の記憶が無いんですけど、何かやらかしてました?」
「…何も」
「したんですね。ご迷惑をお掛けしました」
「どう思おうと勝手だが、酒は程々にしろ」
「それが良さそうですね」
翌日に持ち越さなかったところだけは、プロとして評価したい。
動きやすい服装に着替え、刀を抜く。反射する自分を見つめた。
自分の為に、人を殺す。確かにそれは感覚が変わるものでは無かった。人殺しも殺し屋も所詮同じ。必死に自己を正当化しようとしていたのは、同じか。
静かに、静かに刀と向き合う。
善悪など、分からない。そんなもの、存在しない。今はただ、エゴを抱えて殺せ。どうせ行きつくのは地獄だ。
連日の騒ぎで、バイクのあちらこちらに血が張り付いている。水をかけ、柔らかいスポンジでそれを落としていった。
ここ数日人と過ごし、本来の自分に驚いている。
こんなにも、誰かを想えたのかと。こんなにも、食事に感動できたのかと。時間を過ごすほどに、普通の人間に成れた気さえしてしまう。それは、茶々にも同じものを感じた。その事実は不快ではなく、むしろ心躍るものだった。
「ピカピカしてますね」
「ああ、行くぞ」
「はい」
運び屋は、バイクを走らせる。二人の死へ向かって。
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