モンスタートラック発進!
僕は山の上り坂をタラタラ走っていた。
山は景色が良く遠くまで眺める事が出来る。僕達がトラックを持って行った街も小さいけど視認できた。
こんな風に景色を楽しむのも長距離ドライバーには必要なスキルだと素人ながら思った。
九十九折りの坂道を軽トラで軽快に進んでいくと、下の方から何か音が聞こえた。
いや、音?と言うより声の様な気がしないでもない。でもこの上り坂では誰とも会わなかったから気のせいかもしれない。
「ヒカル、ちょっと停めろ」
「は、はい。もしかしてアスカさんも聞こえました?」
僕は軽トラを停めてアスカさんと軽トラから降りてみた。
「もしかしたら遭難してる奴がいるかもしれない」
「下の方から声が聞こえた気がします」
二人で道から体を乗り出して下を見るとエルゴンが乗っているデコトラが見えた。それもかなりのスピードを出している。
「あいつ何やってんだ?」
「エルゴンさーん!どうしましたー!」
僕がエルゴンに向かって大声を出すとエルゴンはこちらに気付いたみたいで窓から体を乗り出してた。何か言ってるがいまいち聞き取れない。
耳を澄ませてじっくりと聞いてみると、
「止まらない!助けてくれ!」
エルゴンは僕達に助けを求めていた。
確かにデコトラはスピードを出して坂道を走っている。このまま直進すると急カーブで確実に山から落ちてしまう。
「アスカさん!どうします!」
「いや、どうって言ってもここからじゃどうにも」
アスカさんも絶望の表情を浮かべている。このままじゃエルゴンはデコトラごと山から転げ落ちてしまう。だけどここからじゃ何もできない。ただ神に祈るだけだ。
そして何も解決出来ないままデコトラは急カーブに突っ込んで行った。
「うわぁ!」
僕は思わず声を上げてしまった。悲惨な事故が目の前で起きてしまうからだ。
だけど僕の情けない悲鳴に反してデコトラは思いもよらない動きを見せた。
急カーブを曲がる瞬間、デコトラの隙間から何かウネウネした触手の様なモノが出てきてデコトラを支えた。そして急カーブで器用に曲がったのだ。
「なにあれ……?」
アスカさんは絶望的な表情から間抜けな顔で間抜けな感想を漏らした。僕も全く同じ感想だ。
ぼーっと信じられない光景を眺めているとアスカさんが僕の背中を思い切り叩いた。
「いでっ!」
「ヒカル!車に乗れ!このままだと轢かれるぞ!」
アスカさんは運転席に乗り込んでエンジンをかけた。慌てて助手席に座った僕を見るや否やアスカさんは軽トラを発進させた。
「アスカさん!あれなんですか!何かゴドウィンから聞いてませんか!それとも僕が知らないだけでデコトラってああいうもん何ですか!」
「知らん!知らん!知らん!あんなもん知らん!こっちが聞きたいわ!」
何でか分からないがデコトラは猛スピードで坂道を走ってくる。こちらもスピードを出すがカーブの前では安全の為どうしてもスピードを落とさないといけないので、カーブでもお構い無しにスピードを出すデコトラにはドンドン距離を詰められている。
「まずはエルゴンをどうにかしないとな」
「どうにかってどうやって?」
「車をデコトラの横につけるからエルゴンにこっちに移ってもらう」
「アレに横付けするんですか!」
アスカさんは急カーブを曲がった所で少し空いている場所に車を停めた。デコトラがカーブから出てきた所で追い越させて後ろから横付けするつもりだ。
デコトラの物凄い音が近くまで迫っているのが分かる。まじで怖い、本当ヤバい、ちびりそう。
軽トラの横をすごいスピードでデコトラが通り過ぎた。一瞬の事だが般若とバッチリ目が合った。
それと同時にアスカさんは急いで軽トラを発車させた。
猛スピードのデコトラに追いつく為にはそれ以上のスピードを出さないといけない。
軽トラはデコトラと壁面に挟まれながら走っていく。
そして何とかデコトラの運転席まで辿り着き、僕は大声を出してエルゴンに呼び掛けた。
「エルゴンさん!こっちに飛び乗って下さい!」
「……」
「エルゴンさん?」
反応が無い。何でだ?
車内を覗き込むとエルゴンは白い目を剥いて泡を吹いていた。
「泡吹いてる!エルゴンさん!起きて!起きて下さい!」
「ヒカル!扉開けて叩き起こせ!」
「嘘でしょ!」
「はやく!」
「はい!」
僕は泣きそうになりながら軽トラのドアを開けて、デコトラのドアをガンガン叩いた。
それでもエルゴンは起きない。いつまで寝てんだよ。
「直接叩き起こせ!」
「嘘でしょ!」
「はやく!」
「……はい」
もう泣くしかない。
僕は軽トラの荷台に移動してデコトラのドアに手を掛けてた。ドアは施錠されておらず簡単に開いた。
恐る恐る走る軽トラからデコトラに飛び移った。あー怖い。ブルブルだ。
「起きろ!エルゴン!いつまで寝てんだ!」
僕は自棄になりながらエルゴンの顔面をビシバシ叩いた。
「ほえ?あれ?ヒカル?なんで?」
エルゴンがアホみたいな声を出した。
「早くデコトラから降りて!逃げますよ!」
僕はエルゴンが起きたのを確認するとさっさと軽トラに帰った。早く帰りたい一心だったので帰りは恐怖よりも安心感が勝った。
「無理じゃ!」
エルゴンも飛び乗ろうとするが出来なさそうだ。ドワーフであるエルゴンは手足が短く、こちらに飛び乗る事が出来ない。
仕方なく僕がエルゴンに手を伸ばして掴んでやった。手の掛かるおっさんだ全く。
「カーブだ!止まるぞ!」
アスカさんは大声で叫ぶと軽トラは急ブレーキを掛けた。その反動で僕もエルゴンも体が外に飛び出しそうになる。
「あがあああああばばばばば!!」
「離すんじゃないぞ!絶対離すんじゃないぞ!」
馬鹿みたいな声を上げる僕と情けない声を上げるエルゴンはお互い力の限り腕を掴み離さない。
僕は片手でエルゴンを支えてもう片方の手は軽トラの手すりをギュッと握りしめている。
腕が持ってかれる!
「ぐぎぎぎぎいいい!!」
僕のエルゴンを掴む手が開いてしまった。
「離すな!」
離せねーよ!てかお前が離さないんだろ!
何とか体を安定させ、エルゴンを荷台へと引っ張り上げた。
昔の僕ならそんな力は無かったが、工房で働くうちに筋肉がしっかりとついていた。
「大丈夫か!」
アスカさんが心配そうに振り返った。
「……は、はい」
僕は消え入るような声で答えた。
軽トラの目の前はカーブで直ぐに崖がある。
ガードレールなんて大層な物なんてこの世界には無い。あるのは申し訳程度の木の柵がカーブに立てられている。あんな物に軽トラで突っ込んだら簡単に壊れてしまう。
デコトラはカーブを先に行き坂道を登って行った。
「おい!エルゴン!アレなんだ!」
アスカさんは直ぐにエルゴンを問い詰めた。
「アレはミミックですぜ。何かに寄生して獲物を捕らえる魔物です。いつの間にかトラックに寄生していたらしいんですよ」
「何だそりゃ?」
へーミミックなのかアレが。俺のイメージだと宝箱なんだが、……あれ?
「エルゴンさんエルゴンさん」
「なんじゃ?ヒカル?」
「道の途中に宝箱落ちてませんでした?」
「あったな」
「それもしかして拾ったりしてませんよね?」
「いや?拾ったぞ」
「馬鹿!それでしょ!絶対!それがミミックでしょ!」
「えっ!あの宝箱ミミックだったか!」
僕はエルゴンの胸ぐらを掴みガクガクと揺らした。エルゴンは驚いているが何でそんな簡単な事が分からないんだ。
「ほらヒカルもういいじゃねーか。デコトラも行っちまったし。後で怒られるのはエルゴンだろ?」
「そんなー!姉さん助けて下さいよー」
「諦めて下さい。工房のデコトラを乗っ取られたんですよ」
「ヒカルも一緒に頭下げてくれ!」
「なんで!イヤです!する訳ないでしょ!」
「ほらさっさと行くぞ」
アスカさんが声をかけるとエルゴンは我先にと助手席に乗り込んだ。
「あっ!ずるい!荷台に乗って下さい!」
「早いもん勝ちじゃよ!ほら詰めてやるからさっさと乗れ」
「ヒカルも早く乗りな」
エルゴンは真ん中に詰めたがそうするとアスカさんとエルゴンが密着する事になる。それはイヤだ。だがここでエルゴンを降ろして僕が真ん中に入るとなんか下心がバレそうでそれもやだ。
「……くっ!僕は荷台に乗ってます」
苦肉の策だった。まあ、暴走デコトラももういないのでのんびり外の景色と風を堪能しながら帰ろう。
「じゃあ出すぞ」
アスカさんの掛け声と共に軽トラは発進した。カーブの手前で止まったのでゆっくりとカーブを曲がり坂道を上がっていく。
するそこにはデコトラがいた。
バックしてくるデコトラと坂道を上がっていく軽トラはゆっくりとすれ違った。みんな無言になりただデコトラの行方を見守っていた。
軽トラがデコトラを追い越すとデカトラから馬鹿でかいエンジン音が聞こえた。それは何か執念じみた叫び声にも聞こえた。
「アスカさん出して!」
僕は叫んだ。アスカさんもギアを上げる。
デコトラが突っ込んでくる前に軽トラはスピードを上げて坂道を登って行く。化け物トラックとのカーチェイスが始まった。
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