明らかに怪しいそれ
今日も僕は工房の仕事で遠くまでトラックを走らせていた。
だけど今日の僕はご機嫌である。なんせ般若のデコトラではなく、僕にぴったりな軽トラを運転しているからだ。
そして何より助手席には珍しくアスカさんが座っている。
今日の仕事はトラックの納品だったのだ。
アスカさんの仕事は納品するトラックを運転して依頼者の下へ届ける。
そしてその場でトラックの運転の仕方を教える教官の役割もあるのだ。
この世界には教習所なんかは無いし、運転免許も無い。だから基本的な操作は全てアスカさんが教える事になる。
と言ってもS字クランクも無ければ縦列駐車も必要ないので基本的な真っ直ぐ進む、カーブを曲がる、バックする。その程度の教習である。
教習が終わると一応マニュアルを渡して仕事はお終いになる。
しかしその帰りアスカさんは乗ってきたトラックは届けたので無い事になる。
だから僕も納品に軽トラで着いて行き、帰りはアスカさんを軽トラに乗せて帰ることになるのだ。
久々にアスカさんと一緒のドライブは何だか嬉しい。ここの所忙しくて二人きりで会うどころか数日間顔も合わせていなかった。
お互いトラックで西へ東へ長距離移動する為完全にすれ違いの生活を送っていた。
まあ、別に結婚している訳でも付き合っている訳でも無いので、これをすれ違いの生活と言うのかは怪しい所ではある。
でもむさ苦しいドワーフの里で暮らす僕にとっての一輪の花はアスカさん以外いない。里に帰る度に僕はアスカさんを探しているのだ。だから会えるだけで嬉しいものだ。
女の人を求めるだけなら大きな街に行けばそりゃ売春宿や風俗なんかもあるが、小心者の僕は入るおろか近付く事もビビっている。
街行く女性にナンパする度胸も無い。そもそもナンパする前に般若のデコトラを見て逃げららるので話す以前の問題だが。
だからこそ気軽に話せるアスカさんはまさしく僕の癒しそのものなのだ。
「アスカさん、あの山を越えたら里に着きます」
「そろそろ交代しようか?」
「大丈夫です。僕は街では何もしてないので元気ですから」
「そうか?じゃあお言葉に甘えて」
軽トラが軽快に走っていると道の真ん中に何か箱のような物が見えた。行きにこの道を通った時には何も無かった筈だ。
「何ですかねあれ?」
「うーん?なんだありゃ?」
軽トラが道を進みその箱の前に止まると、その箱の正体が分かった。
「これ宝箱ですよね?」
道のど真ん中に場違いな宝箱が置いてあった。本当に誰もが思い描くザ・宝箱で感じで怪しい匂いがぷんぷんしていた。
「すげーじゃん本物?開けてみようぜ!」
アスカさんが軽トラから降りようとしたので僕は必死に止めた。
「ダメですって!バリバリ怪しいじゃないですか!絶対罠ですよ!」
「えーそうか?」
アスカさんは軽トラから降りると道端の石ころを拾って宝箱に向かって思いっ切り投げつけた。
カツンと音を立てたが宝箱はびくともしない。
更に一発、もう一発と石を当てるが何も起こらない。
「ほら何もねーじゃねーか。誰かの落とし物なんじゃねーか?」
「いや、宝箱に罠が仕掛けられてるんじゃなくて、周りに誰かいるとか!」
周りを見渡すと木やら岩とかあり誰か隠れているかもしれない。
「だから速く乗ってください!こういう怪しいのはスルーしたほうがいいですって!」
「うーん、まあそうだな。誰かの落とし物ならそのうち気付くか」
「それにアスカさん、人の落とし物だったら石投げちゃダメですよ」
「ごめんごめん。黙っといてくれな?」
アスカさんは僕の忠告を聞いてくれて軽トラに乗ってくれた。
僕は宝箱を大きく迂回しながら通り過ぎた。あんな怪しい物は関わらないのに限る。もし罠でなくても中身が壊れていたら僕の責任にされるかもしれない。何処の世界でもガラの悪い奴はいる筈だ。
しばらく走らせていると今度は別のモノが正面に見えた。やたらとビカビカゴテゴテしているモノで僕にはガッツリ見覚えがあった。
「あれ?うちのデコトラですよ」
「ん?本当だ、誰が乗ってんだ?」
軽トラとデコトラがすれ違う時にお互い止まった。デコトラに乗っていたのは工房で働いているエルゴンと言うドワーフだ。
エルゴンは工房の中でも割と新入りであり、僕に次いで雑用を任されている若いドワーフだ。
若いと言ってもガッツリ髭が生えているのでどの程度年上なのか全く分からない。て言うかドワーフ全員同い年に見える。
「お?エルゴンじゃん、どうした?」
アスカさんが窓を開けて声を掛けた。
「ヒカルもアスカ姉さんもいないから俺が買い出し頼まれたんです」
「おお、そうか!お疲れ!」
「アスカ姉さんもお疲れ様です!そうだ!ゴドウィンの旦那が帰ったらそのまま上がっていいって言ってました!」
「おっ早上がりか久しぶりだな」
「じゃあ俺は行きますんで!」
「おう、気をつけろよ!」
「ヒカルもじゃあの!」
「はい、さようなら」
軽い雑談をした後エルゴンは走って行った。すれ違う時に荷台に描かれている般若と目が合った。やっぱりあの絵どうにかならないかな。
あっ!そうだったこのまま行くと怪しい宝箱があるのを伝え忘れてた。
「エルゴンさん!」
俺が窓を開けて叫んだがエルゴンには聞こえなかった様でそのままデコトラは去って行った。
まあ、あんな怪しい箱を拾う奴はいないか。
僕はそんな短絡的な事を思い軽トラを走らせた。この甘い考えが後に大きな災いをもたらす事も知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます