第29話 地雷

地雷がはっきりと押されるのがわかった。帰宅が遅くても、女遊びをしても、指輪をなくされても押されなかった地雷。

宮内舞衣に会いに行った目的は自分の沸点を知るためでもあった。

夫の行動に呆れてはいたが、怒れなかった。気持ちではなく打算で結婚したことが原因なのだと思う。不貞行為に対して悲しんだり、納得したりはするものの、怒りの感情は生まれなかった。だからといって、このままの生活を続ける自信もない。

家に帰ると、いつもと変わらない木野がいた。ソファに座りスポーツ番組を見ている。あの子は私に会ったことを伝えていないようだ。それとも、演技だろうか。残念ながら区別ができるほど、夫のことをよく知らない。

今朝まで大丈夫だったのに。

決めたら、生理的に受け付けなかった。

「お帰り」

若菜の帰宅に気づいた木野が声をかける。

声を聞くだけで苛立ちが募った。

あそこに座りながら、何度彼女と連絡を取っていたのだろう。私がいるこの空間で。

「話があるの」

言葉が強くなった。何かを感じとったのか木野が立ち上がり、若菜の方に近づいてくる。

「どしたの?」

「離婚しましょう」

虚を突かれたのだろうか。

木野は言葉が出ないでいる。

それでも思い当たる節は多すぎて、何から手をつけていけばいいのかわからない。そんな感じだろうか。

「離婚は待ってくれないか。もう、会わないから」

嫉妬から離婚を切り出したと思われたことが癪だった。

「会っても会わなくても、なんでもいい。関係を続けても構わない」

「そんなの無理だろ」

怒りで拍動を感じた。

若菜は荒くなる呼吸を落ち着かせながら、話を前に進めた。

「探偵に頼んだの」

若菜は書類を机に置いた。結婚指輪と同じブランドのプレゼントを掲げ、宮内舞衣とホテルに行き、そして、出てくる写真。

木野は額に手をあてた。

降参、または落胆しているように見える。

「こんなことする女だと思わなかった?もっと、寛容な女だと思った?あなたが何をしてても何も思わない女だと思った!?」

声を荒げた。自分でも驚くほどに。感情がコントール出来なくなっている。

「悪かった」

木野が両手を広げ近づいてくる。

抱きしめるつもりだろうか。

鳥肌が立った。

「触らないで!気持ち悪い!」

若菜は咄嗟に木野から離れた。

木野が絶句する。ショックを受けたのはこっちだ。

少しの沈黙の後、舞衣が口を開いた。

「宮内さんと会ったの」

「いつ?」

「今日。あなたの命令で知らない男に抱かれてたって。だから、メイクも落ちて髪もボサボサだって」

若菜は続けた。

「入社したのも、あなたの前で人事の男と寝たからだって。だから、もっと出来る人がいたけど、仕事の出来ない自分が採用されたって」

木野の顔は険しいまま。

どんな顔をしていても、滑稽にしか見えない。その真剣に悩んでる風の顔がさらに怒りを増長させると思わないのだろうか。

「本当なの?ねえ、本当なの?これは!」

木野は屈みながら、両膝を床につけた。

火に油が注がれる。

「申し訳なかった」

木野は頭をつけて謝罪した。全て事実だと認めた。

若菜は木野の頭を見下ろしながら、離婚が断固たるものになっていくのを感じた。

人事の男と寝たから採用?

まだまだ日本は男社会だ。

こんな馬鹿なことが大企業でまかり通っているなんて。

「浮気されても、指輪をなくされても、離婚までは考えなかった」

木野が顔を上げ、若菜を見上げる。

「私が一番嫌いなのは、働く女を馬鹿にしてる奴」

「馬鹿になんてしていない」

「してるじゃない!あなたは私が軽蔑する男そのもの。あなたみたいな上司の下で働く部下がかわいそうでならない」

若菜が眉間に手を当て嘆く。

「自分の見る目の無さが情けない」

「すまなかった」

木野がもう一度、頭を下げた。

「あなたは彼女が好き?」

最後の砦だと思ったのだろう。間髪入れず、木野がこたえる。

「好きなわけないだろ」

―好きです。愛してます―

そう啖呵を切った彼女が不憫でならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る