第1話⑦ はじまり

 次の日、戦いの場は森の中だった。


 双方にとって分の悪い場所だ。


 リワールドの銃は、かわすのに木が味方をしてくれる。アイの剣は、いつもの力任せの大振りができない。だからアイはいつもより短い剣を使った。けれど、俺にとっては好都合な場所だった。木を盾にして息を殺してタイミングを見計らった。多分、チャンスは一回。


 リワールドは、右手に銃、左手に剣を持ってアイに襲いかかる。アイは防戦一方。逃げ回るのが精一杯のようだ。ループの時間が迫る。

 

 アイがあっという声を上げて転んだ。木の根っこに引っかかった。リワールドは足を止める。

 

 リワールドはジャンプし、アイはループしてリワールドを追いかけることになる。

 

 リワールドが呪文を唱え始めたとき、背後から飛びかかった。その勢いでアイに崩れるように近づいていく。

 

「アイ、今だ」

 

 アイは剣を持って飛びかかる。

 

 世界が回るようなめまいが襲ってくる。いつものように目を閉じた。身体が一瞬軽くなる。

 

 ジャンプ先でリワールドの胸にアイの剣が刺さっていた。


 リワールドはぎごちないにやけた顔をすると、〝理想郷が……〟と呟き、崩れるように背中から倒れた。


 悲願を達成したにも拘らずアイは顔色一つ変えない。

 

「悪いが、離れていてくれ」アイがウエストバッグからスプレー缶を取り出した。リワールドにスプレーしていく。血を浴びた俺のTシャツにも振り掛けた。

 

「血液中にウイルスがいる。感染するとやっかいなことになる」

 

 小瓶を取り出し液体をリワールドに振り掛けた。次に小さい蝋燭とライターを取り出し、火を付けると死体に放った。

 

 リワールドは炎に包まれた。

 

「これで、世界が消えることはない。両親の敵(かたき)も取れた」

 

 今まで見たことのない、幸せそうな表情に変わった。

 

「次は君の番だ」顔から再び表情が消えた。「君を元の世界に送り届けて私のやるべきことが終わる」

 

 そんな顔をして欲しくない。俺は今、何をアイに語りかければよいのだろうか。

 

「アーリガティオ、プロイベーレ・リープ」アイが呪文を唱えた。

 

 何かを言わなければならない。〝よかったね〟じゃない。今そんな間抜けな言葉はいらない。アイが納得する言葉、喜ぶ言葉。俺のための言葉。二人のための言葉。何がいい。

 

「ループが起こらないように時を解放した。ループさせたら生き返る可能性があるからね。次に……」

 アイは目を合わせようとしない。


 ああ、もう時間がない。〝ちょっと待ってくれよ〟の言葉もでない。

 

「アーリガティオ、サリーレ」と何度も聞かされたジャンプの呪文をアイが唱えた。

 

 涙が出てきた。何をやってるんだ俺。情け無い奴。たった一言じゃないか。

 

「グッドラック」

 

 視線を逸らしたままのアイから発せられた言葉と共に、世界が回り出し、俺は白い光に包まれた。

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