19.改善と和解
五日間続けてひどい夕立があり、ようやく暖かな陽気の午後となった日、シュゼットたちの家にラーロがやってきた。それはちょうど、シュゼットとブロンが洗濯物を取り込んでいる時だった。
ブロンは急にハッとして空を見上げ、嬉しそうにキャンキャン鳴いた。
「やっほー、ブロン!」
その声に顔を上げたシュゼットは「ラーロ!」と声を上げて、手を振った。
ラーロはシュゼットのすぐそばに着地し、「シュゼットもこんにちは!」と笑った。
「もうすっかり元気そうだね」
「うんっ。シュゼットたちのおかげだよ!」
「ありがとうー!」と言いながら、ラーロはシュゼットにほほをすり寄せた。
「今日はどうしたの? おなか減った?」
「ううん。今日はシュゼットにこれを持ってきたんだ」
ラーロは顔を上げて自分の首を見せてきた。そこには葉っぱでできた袋が吊り下げられている。
「これ?」
「そうっ。フォーンたちに手伝ってもらって、首にかけてもらったんだ」
シュゼットはそうっとラーロの首から袋を外し、袋を開けた。中には様々な形をした小さな粒が入っている。
「ひょっとしてこれって植物の種?」
「そうっ。エル・フェリィークにしか咲いてない花の種。前にペーシャが気になるって言ってたから、その種も」
ブロンも種が見たいらしく、シュゼットの足に前足をかけて、キャンキャン吠えている。シュゼットはかがみこんで、ブロンにも袋の中身を見せた。
「わざわざありがとう! どれがペーシャの種なの?」
「羽根みたいな形のやつだよ」
確かに種の中には、羽毛の羽根のような形をした種がある。色は青色で、よく見ると金色の粒が含まれている。見たこともない形と色の種だ。
「不思議な種だねえ。どんな花が咲くんだろう」
「それは咲いてからのお楽しみだね!」
「フフ、そうだね。ありがとう、ラーロ」
シュゼットはラーロの首元をホリホリと撫でた。
「もっと早く持ってきてあげたかったんだけど、なかなか取れない種もあるから、時間かかっちゃったんだあ」
「そんな大変なことをしてくれてたんだね、ありがとう」
「どういたしまして! シュゼットだってフェリアスを助けるなんていう大変な仕事してくれたからね」
「ちっとも大変じゃなかったよ」
「でも普通の人間だったら、ぼくを助けないで、角とか毛皮とか取っちゃって、あとは放っておくと思うんだ。僕を射った人だって、それが狙いだったんだし」
シュゼットは身勝手な人間の行為に申し訳なくなり、ささやくような声で「そうだね」と答える。
「それでひどい目にあった仲間を知ってるもん。だからぼくは本当にツイてるんだよ、見つけてくれたのがシュゼットで。お薬も良い香りで、よく効いたし」
「ありがとう!」と言って、ラーロはまたシュゼットにほほをすり寄せた。若葉のような心地よい香りが漂ってくる。シュゼットはその香りにうっとりしながら、「どういたしまして」と答えた。
その時、家の方からシュゼットを呼ぶエリクの声が聞こえてきた。
「お客さんだぞー!」
「はーい、今行く! ごめん、ラーロ。ここでちょっと待っててくれる?」
「いーよー」
ラーロは地面にゆっくりと腰を下ろした。シュゼットはそれを見届けてから、ブロンを抱えて家の方へ向かった。
玄関に入ってすぐにシュゼットを迎えたのはフランセットとベルトランだった。
フランセットの表情は晴れやかで、ベルトランは何とも形容しがたい顔をしている。
「フランセットさん、ベルトランさん、こんにちは。今日はどうしたんですか?」
「聞いて、シュゼット! あなたに言われた通り、ロラの部屋のぬいぐるみを全部別の部屋に移したの。それからマスクも生活の中でできるだけつけさせたの。そうしたら、あの子が夜に咳をすることが減ったのよ! ダミアン先生に透視の魔法で体の中を見てもらったら、少しだけど前よりも炎症が良くなってるって! すごいわよね!」
「本当ですか! やったあ!」
シュゼットはブロンを下ろし、フランセットと手を取り合って、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。ブロンも一緒になってぴょこぴょこ飛び跳ねる。
「あなたのおかげよ、シュゼット。本当にありがとう」
「フランセットさんがわたしの言葉を信じて、すぐに実践してくださったおかげですよ。ありがとうございます」
「違うわ、あなたのおかげよ」
フランセットは急に真面目な顔になり、一度ベルトランの方を見てから、シュゼットの手を強く握った。
「この人のせいで悲しい思いをしたあなたが、ロラを見捨てずに、考えてくれたおかげじゃない。普通なら、もうかかわりたくないって思って、放っておくわよ。でもあなたはそうしなかった。ずっとロラを思ってくれていた。だから、こんなにも顕著に良い変化があったんだと思うわ」
「ロラの体が頑張ったんですよ」
「いいえ。あなたのおかげよ。そうに決まってるわ。病を治すには、愛情が必要だもの。本当にありがとう、シュゼット」
「私からもお礼を言わせてください」
ずっと黙っていたベルトランが、一歩シュゼットに歩み寄ってきた。エリクとアンリエッタは少し離れたところから、その様子を見守る。
「あの日は、ひどいことを言って、申し訳なかった」
「い、いえ。ベルトランさんが不安に思われるのも、無理ありません。わたしだって、自分の子供だったら心配すると思います」
シュゼットが顔の前で手を振ると、ベルトランはそれよりも激しく首を横に振った。
「私は自分のことしか考えていなかったんだ」
ベルトランはうつむきがちに話し出した。
「君を追い出した後、ロラの容態が急に悪くなったんだ。ショックだったのだろう、もう君に会えなくなることが。しかし、フランセットが君からの言伝を伝えたとたん、ロラは見違えるように元気になった。もちろん埃の原因を取り除いたこともあるだろうが。それ以上にロラにとっては、君が今でも自分を思ってくれていることが嬉しかったらしい」
シュゼットは思わずニコッとしてしまった。
「咳は減り、笑顔が増えた。私だって、最初はロラの笑顔を望んでいた。それなのに、一向に良くならないことに焦りを感じて、あの子が真に望むことから遠ざけてしまった。それで結局、ますます具合を悪くさせてしまった」
この時、シュゼットはまた神のお告げ、基、前世の記憶を取り戻した。
それは、「小児喘息はアレルギー反応だけではなく、心理的な問題によっても生じることがある。そのため、心身に負担がかからないようにしてあげることが重要だ」ということだ。
外にも出られず、友達もおらず、両親は治療の方針のことで喧嘩をしている。そして、シュゼットという初めての友人も失ったしまった。ロラはまさにそうだったのかもしれない。
そう思ったが、シュゼットは黙っていた。
「私は親失格だ。人としても最低だ。本当に申し訳なかった」
「そんな風に言わないでください。わたし、あれから考えたんです。どうして、ベルトランさんの言葉に、あんなにショックを受けたんだろうって。それで、分かったんです。わたしは、自分が自信を持ってやっている、自分の自然療法の安全性や有用性を、ベルトランさんに納得していただけるように話せなかったことが悔しかったんだって」
ベルトランが「それは私が有無を言わせなかったから」とつぶやくと、シュゼットは首を横に振った。
「それに、もう一つショックだったことがあるんです。それは、ベルトランさんに知られてしまった以上、もうこれ以上、ロラの助けになれないことが決まってしまったから。それが、ショックだったんです。笑顔がかわいくて、優しくて、大好きなロラの力になれないなんて、って悲しすぎて。それが、ショックだったんです」
フランセットは感極まった表情で、口元に手を当てた。
「だから、今ロラが少しずつ元気になっていると知れて、すごく嬉しいです。こうして、ベルトランさんが会いに来てくださったことも、本当に嬉しいです。ありがとうございます」
「……シュゼットは、人が良すぎるわ」
フランセットは泣きそうな、怒っているような不思議な顔でつぶやいた。
「私の娘を、そんなにも思ってくれていたんですね」
「はい。友達ですから」
シュゼットがにこっと微笑むと、ベルトランは唇を固く結んでシュゼットに右手を差し出してきた。
「もし、私を許してくれるのなら、またロラに会いに来てくれますか?」
シュゼットはその手を握って答えた。
「もちろんです! 明日にでも行きます! それでまたたくさんお話をしますよ」
ベルトランは「ありがとう」と言って、うっすらと微笑んだ。
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