6.ユーカリの香りに包まれて (2)
現在十歳のロラは、三歳の頃から喘息の症状に悩まされている。両親はロラを心配し、何度も魔法治療を受けさせている。町の役人であるロラの両親は、魔法治療の治療費を十分に払うことができるのだ。しかし「寛解」という状態が続き、すぐに症状がぶり返してしまっていた。
何年もの間苦しむ娘を心配する母親のフランセットは、夫に内緒で、あることを決行している。それが、薬物療法と民間療法だった。
ドアがノックされ、女中が熱々の湯が入ったたらいと新しいタオルを持って入って来た。もう一人の女中はポットとティーカップを持っている。
「お湯が来たわ、シュゼット」
「ありがとうございます。それじゃあまずは蒸気吸入をしようか。ベッドから足を下ろせそう?」
「うん。ちょっと待って」
ロラはクッションを並べ替えて寄り掛かれるようにすると、ベッドから足を下ろして座った。その間に、シュゼットは侍女に頼んで、ベッドのそばに置かれている背の高いテーブルの上にたらいを置いてもらった。
「ロラ、この前嗅いでもらったユーカリの香りは覚えてる? あの香りを蒸気と一緒に吸い込んでもらうと、喘息に効くんだ」
「好きな香りだったわ。ぜひお願い」
「それは良かった。それじゃあ、さっそく始めるね。体がつらかったらすぐに言ってね。他の方法に変えるから」
シュゼットはたらいの中にユーカリとラベンダー、ティートリーの精油を二滴ずつ垂らした。香りがうっすらを感じられると、ロラにタオルを手渡した。
「タオルを頭からかぶったら、たらいの上にタオルごと覆いかぶさって、蒸気を吸うの。だいたい三分くらいかな。わたしの砂時計で計るから、目を閉じて、苦しくならないようにゆっくりと呼吸してみて」
「わかったわ。うーん、良い香りっ」
それから三分間、ロラの規則正しい呼吸だけが部屋の中に流れた。
シュゼットは砂がサラサラと落ちる様子を見つめながら、少しでも良くなりますようにと祈った。
なぜフランセットが夫には内緒で薬物療法と民間療法を使っているのか。答えは簡単だ。夫のベルトランが魔法治療以外の医学を信用していないからだ。
『鉱物の粉を服用するだけで身体が良くなったら、大病など存在しない』
『民間療法で改善するほどロラの症状は簡単なものではない』
これがベルトランの主張だった。
「――でもあの人は、医学について知識があるわけじゃないのよ。わたしは、可能な手立てはすべて試したいの。ロラを早く良くするために」
裏口まで見送りに来たフランセットは、苦しそうに顔をゆがめ、ロラの部屋の方を見上げた。
「フランセットさんの考えも、ベルトランさんの考えも、どちらもわかりますよ。魔法治療は定期的に受けているわけですから、その上で他の療法を試すのは意味があると思います。ただ、ベルトランさんが心配されるように、民間療法、特にわたしの自然療法は、予防や症状の緩和が主な役割なので、治療に分類できるものかどうか、怪しいところです」
「そんなことないわ。蒸気吸入の後はずっと呼吸が楽になったって言ってたし、顔色も良くなったもの。ユーカリのお茶も気に入ったみたいだし。それに何より、あの子はシュゼットのことが大好きみたいだから、会えるだけで元気になってるもの。もちろんわたしも」
「そう言ってもらえてうれしいです。もしベルトランさんに見つからずに済みそうなら、エルダーフラワーとカモマイル、タイム、それからリコリスのハーブティーも試してみてください。このハーブティーも呼吸が楽になると思うので」
「ありがとう。そうだ、これは今日のお礼ね」
フランセットは大きなハムが入った包みを渡してくれた。包み紙ごしにもおいしそうな匂いが漂ってくる。
「立派ですね! こんなにおいしそうなものを、ありがとうございます」
「シュゼットには感謝してるんだから当然よ。そうだ、あの子も食べられるかしら。シュゼットのかわいいワンちゃん」
かわいいワンちゃんとはブロンのことだ。ブロンは今日は留守番をしている。念のため、アンリエッタが家で一人になる時間には、ブロンに家に残ってもらうことにしたのだ。
「味見をしてからですけど、たぶん大丈夫です。またいつでも呼んでくださいね。お大事にしてくださいね」
「ありがとう。またね、シュゼット」
シュゼットとフランセットは握手をして笑顔で別れた。
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