3.ソープワートで洗濯ものも心もきれいに (1)
「そうだ、エリク。今日帰ってきたら、ハーブチンキを飲んでみない?」
「ハーブチンキ?」
髪に
シュゼットのアロマテラピーを受けるようになってから、エリクは自分のバサバサ頭に気を遣うようになった。「俺の髪のせいで、シュゼットの手が荒れたら困るからな」というのがエリクの考えだ。
「なんだっけ、ハーブチンキって。マリユス教授も飲んでるやつだよな」
「そうそう。ハーブをアルコールに漬けて作ったものなんだけど、これにもハーブによって色々効能があって、薄めて飲んだり、うがいに使ったりするんだ。もちろん、安眠にも効くよ」
「へえ、ハーブって本当に使い方が多いんだな。いただいていいなら、いただくよ」
「オッケー、準備して待ってるね」
エリクの支度が済むと、シュゼットは見送りのために外に出た。今朝は朝から雲一つない晴天で、暑すぎるほどの日差しが照っている。
「うーん、良い天気!」
「散歩日和だな。シュゼットの今日の予定は?」
「えっと、十時に出かける用事が一つあるかな。エリクは終日教授のところだよね?」
「ああ。だから、なんかあったら教授の家に来てくれれば良いよ。すぐに助けに行くから。それから、出かける時もくれぐれも気を付けるようにな」
「わかった。ありがとう、エリク」
「いーえ。そんじゃあ、行ってくる」
エリクはブロンを抱き上げて行ってきますを言うと、軽やかな足取りで丘を降りて行った。
「良い人だな、エリクって」
エリクの小さくなる後ろ姿にそうつぶやくと、まるでそれが聞こえたかのようにエリクが振り返った。シュゼットの心臓がドキッと跳ねる。エリクはニッと笑って手を振ってきた。シュゼットは足元のブロンを抱き上げ、ブロンと一緒に手を振った。エリクはしばらく立ち止まって手を振り、ゆっくりと歩き出した。
――後ろ姿をシュゼットはいつまでも見ていられたら良いのに。
そんな考えが浮かんだ途端、シュゼットの頬がポッと赤くなった。シュゼットはブンブンと頭を振って、赤みを振り払った。
「さて、ブロン。エリクには何のチンキが良いと思う?」
ブロンは「キャンッ」と一鳴きして、シュゼットの腕から飛び出し、ターッと地下室の方に駆けていった。
シュゼットが後を追うと、ブロンはパッションフラワーとレモンバームのチンキが置かれている棚の前でお利巧に座って待っていた。
「パッションフラワーとレモンバームかあ。確かにパッションフラワーのハーブティーもおいしいって言ってたもんね。それじゃあ、そうしようか」
このハーブチンキは、不眠に効果がある。エリクにはぴったりだ。
シュゼットは少し背伸びをして、ハーブチンキの入った瓶を手に取った。
「お茶に入れて飲んでもらうのが良いかな。その方が飲みやすいし、体も一層温まるし」
ブロンは「賛成」と言うように「キャンッ」と吠え、しっぽをブンブン振った。
チンキの瓶を階段のそばの小さなテーブルの上に置き、シュゼットは地下室を後にした。
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