08 金色

 ――錬金術は誰に教わったんだ


 殿下の質問に答えるのには、勇気がいった。でも、わたしは胸を張って言いたい。


「母に習いました」

「……博識な母君だったんだな」


 殿下が言葉を選ぶ様子を笑顔で流す。

 わたしの家族がめずらしいものであることはわかっていた。

 知識を持ちすぎる女性は時に生意気だと言われ、ひどい場合には冷遇される。

 『知を追うことは真理を導きだす』とお父さまはお母さまからもわたしからも、錬金術を取り上げなかった。『わからないと思うなら考え、学びなさい』と言うお母さまは誇らしげだった。

 お母さまを咎めないお父さまがめずらしい人だと知ったのは、族長の息子に天理をそらんじてみせた時。みな知っていて当然と思っていたことを、女なのに生意気だと罵られ、周りの子にも異物を見る目を向けられた。

 頭を殴られたような衝撃を受けたわたしに、『お父さまは心が広い方なのよ』とお母さまは誇らしげに笑ったっけ。

 お母さまからうつった口癖に『しかし』と付け加えるようになったのはーーお母さまを亡くした後。わたしと同じ瞳は、さみしさとわからない感情をゆらして、唇を震わせた。


『知を追うことは真理を導きだす――しかし・・・、決して危険なことはしないでほしい』


 お母さま直伝の実験は危なくないものだとわかっているはずなのに、明るいはずの榛色の瞳が陰りを見せる。そうして、わたしはお父さまから隠れるようにして、錬金術を続けた。


 幸いなことに旦那さま――今は星鹿ユルドゥスゲイキの姿だけど――は実験の様子を興味深そうに眺められているだけで、居心地は悪くない。

 わたしはわたしの生きたいように生きることができている。

 家族以外から向けられる偏見は、前にもまして痛くもかゆくもなくなっていた。たった一人に見守られるだけで心強いなんて不思議ね。

 殿下のぎこちない態度は、わたしに対する気遣いだと受け取れた。かわいらしく思えて、心に残っていたよどみが消えていく。

 手首にやわらかな毛がかすめた。

 見下ろせば、星鹿ユルドゥスゲイキが触れるか触れないかの位置で鼻を近づけている。目が合えば、夜空の瞳は気まずげにそらされた。

 鼻先に促された先は、溶けた鉛。

 旦那さまは、わたしの手が止まっていることを気にかけてくれたらしい。

 黒い毛並みでおおわれた首を撫で、感謝を示す。

 一瞬、身を固くして、身震いをしたのは一度きり。

 旦那さまに対して失礼かも、と思うけれども病み付きになる手触りだ。短い毛は柔らかく、撫でればよくすべる。

 もうしばらく堪能していたかったのに、角で上手くかわされてしまった。

 あたたかい気持ちを胸に、殿下に向きなおる。


「さぁ、殿下。この鉛に磨いていた銅を入れてください」


 溶けた鉛に赤く光る銅をくぐらせると、灰色に様変わりした。なめらかについたことを確認して、空気に晒し軽く冷ましてから石盤に移していく。

 光を反射する表面に私たちの影が映った。

 並ぶ合金を覗きこむ、星鹿ユルドゥスゲイキと殿下の横顔が全く同じで微笑ましい。


「こちらを火であぶるのですが、されてみますか」


 素直に目を輝かせた殿下にはさみと牛皮でできた手袋を渡した。まだ幼さの残る手だが、大きさはちょうどいいみたい。

 小さく息を調えた殿下が灰色の欠片を火で炙った。炎が移るように、黄金色に輝いていく。

 薄暗い小屋に生まれた光に目を奪われた。


「これが、黄銅か」


 金色こんじきに輝く鉛を、殿下は瞬くのも忘れて眺めていた。美しいな、と呟いた口の上にも負けないぐらいのきらめきが見え隠れする。


「殿下の瞳も美しいですよ」


 空のような瞳は、何を言われたのかわからないという色で、わたしを見た。嘘いつわりないという気持ちを込めて笑みを深めれば、何かをたえるよう目頭に力を込められる。

 しばらく眺めていたら、照れ臭そうに黄銅を見下ろされた。さっきの旦那さまと同じ動きに、和んでしまう。

 目を合わせるのが苦手みたい。

 黄銅を見下ろしていた殿下は、映りこむ自分に言い聞かせるように口を開く。


「……輝けるよう、わたしも努力しよう」


 一番星のように、きよらかな瞳に光が芽吹いた気がした。


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