第16話 君のいないとき

 人気のない廊下の隅にうずくまって、体の震えが止まるのを待っていた。

じっと両手で体を抱き自分を落ち着かせる。

膝が笑ってうまく立てずにへたり込むと、ユエは情けなくなって息を吐いた。

『誰もいなくて良かった。』


 周りを見渡すと廊下はしんと静かだ。

遠くで人の声が小さく聞こえるくらいで、ユエ以外には誰もいなかった。

あの時は沢山の目があった。

嘲笑ちょうしょうともあわれみとも取れる目が、ユエに向けられていた。もう少しここにいようかな、と壁にもたれると廊下の向こうで走る靴音が聞こえた。人影が現れてこちらを見ている。


『ユエ?どうした?』

 駆け寄ったのは虎二とらじだ。

心配そうに跪くとユエの手を握った。

『虎ちゃん・・・こそ、どうしたの?』

『教室にいたけど帰ってこないから・・・。』

『え?そんなに時間経ってた?』

 腕時計を確認すると、結構な時間こうして座っていたみたいだった。


『ごめんね、心配かけて。』

『それはいいけど・・・立てるか?』

 虎二に立たせてもらうと足元がふらついて、虎二の胸にもたれかかった。

『ごめん・・・だいじょう・・・ぶ。』

 そっと虎二の胸に手を当てて離れようとした時、虎二の腕がユエを抱きしめる。

 ギュッと抱きしめられて時間が止まった気がした。


『虎ちゃん?』

『ユエ、俺、お前のこと好きだよ。』

 虎二の声が優しく響く。

『凄く好きだ、中学のときからずっと・・・。』

 耳元で虎二の鼓動が早く聞こえた。


『でもさ、俺、西島にしじまのことを大事にしたいって思ってる。馬鹿みたいだけど、あいつ・・・俺がユエのこと好きって分かってて付き合いたいって言ったんだ。だからじゃあいいよ?って。俺悪いやつでさ、西島のことおまえの代わりにしてんだ。でも・・・あいつ本気でぶつかってくるんだよ。』

『うん。』


『だからさ・・・ユエ、俺のこと振ってくれないか?俺、ちゃんとあいつと向かい合いたいって思ってる。駄目かな?』

 虎二は体を離すとユエを見下ろした。

その目は前と変わらない。

『虎ちゃん・・・西島さんのこと好きなんだね?』

『どうかな・・・まだわかんないんだ。でも中途半端なのはひどいなって思う。』

『うん。』


『前に西島にカラオケ誘われただろ?あれさ、別れ話してすごい泣かれたんだ。俺がユエを好きでもいいって。もうめちゃくちゃ。あいつあの後すっきりした顔で、片思いでも上等だって言って。』

 虎二が思い出したように笑う。

『なんか可愛いとこもあんだよ・・・そりゃあユエと比べたら全然違うけど。』

『そんなことないよ?西島さん可愛いもん。』


『そうだな。』

 ユエは虎二の目を見ると笑った。

『虎ちゃん、ごめんね。』

 虎二は息を吐くと頷いた。

『でも、やっぱりきついな。』

『フフ、でもありがとう。』

『うん。教室戻るぞ?』虎二はそっとユエの手を繋ぐと廊下を歩き出す。


『なあ、ユエ?俺はずっとユエのナイトだからな?』

『それは駄目だよ。』

『駄目じゃない。狼がいない時は必ず俺が守るよ、だから頼れよ?』

 虎二の笑顔にユエは苦笑する。

『また西島さんにカラオケ呼び出されちゃうよ。』

『それはまずいな。』

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