第2話 こうして俺も、負けヒロイン(男)に
想い人が去った茜色の屋上で、ヒロインはつぶやいた。
「・・・とんだ変態じゃん」
ほんとそれな。
てか俺、どうやって帰ろうか
無い頭で必死にそれを考えていると、また春風が吹いた。今度は強い風だった。
「あっ、箸が!」
急いで手を伸ばしたが、それは風に煽らあれ情けなく転がっていく。
待って俺の箸、そっちは修羅なんだ!
俺の必死の呼びかけ虚しく、箸はその勢いを強めて行き・・!
「ん?なにこれ。お箸?」
最悪だ・・・
俺は頭を抱えたのち、中腰で影から出る。
「あっ、ウチのお箸がご迷惑を・・・」
「・・・」
拾い上げた箸と俺を交互に見る奈緒さん。
それから要領を得たと言った感じでこちらににこやかに歩み寄る。
「もう、気をつけてよね」
「す、すいません!」
奈緒さんはより一層笑みを深くし、その顔を徐々に近づけてきて・・・!
「見てたでしょ」
「ヒィっ!?」
乙女が出していい声じゃ無い!?
「な、何のことかな」
「柳下くん」
急に名前を呼ばれ、俺は驚いて奈緒さんこと桜井奈緒さんの顔を見る。すると、その表
情には盗み聞きされたことへの怒りだとかは感じ取れなかった。
ただ桜井さんはジッと、ショーケースの中の商品を見定める見たいな目付きで俺を見る。
「な、何かな」
「柳下くんってさ。・・・地味だよね」
「うぐッ!?」
めちゃめちゃ怒ってる!?そうだよね?
じゃなきゃ初対面でそんな口撃性の高いこと言わないよね!?
「あっ、ごめんごめん。悪い意味じゃないんだよ」
「俺にはネガティブな意味以外で聞こえないよ・・・」
項垂れていると、そんなことお構いなしに桜井さんは手すりの方に移動してグラウンドを見おろした。
髪がたなびくその立ち姿は、思わず見惚れてしまうほどに綺麗で、まさに正ヒロインだ。
「あのね。私、ユウ君のこと、好きなの」
「う、うん」
急にどうしたんだ。
真っ直ぐな好意の開示にたじろいでしまう。
ユウ君こと坂本悠貴は俺でも知っている。クラスの男の中心人物で、明るいわカッコいいわで男女ともに人気が高いイメージがある。
・・・あれが奪略嗜好(受動)なド変態だなんて、誰も思わないよなぁ
「ま、ほら。趣味が頭おかしくても人間性がいいのは知ってるし」
「そう!ユウ君ってば本当に優しいんだから!」
パアァと表情を明るくした桜井さんは前のめりに近づいてきた。
「私がさ小学生の頃転校してきて友達が全くいない時に、ユウ君から遊びに誘ってくれて、そこから友達もできるようになってさ!ホント、いい子なんだよね」
好きな人のことを語る表情はどうしてここまで楽しげなんだろう。桜井さんはどこまでも純粋に彼への好意を伝えてくる。
・・・こんないい子なんだ。まともな人を好きになって幸せになって欲しいなぁ。 はじめましての俺ですら、そう感じてしまう。
「決めた。私、彼氏作る」
「うん、そうだよ。桜井さんに合う人がきっと・・・」
「それでユウ君に略奪してもらう」
「桜井さん!?」
だめだ。この幼馴染は共にイカれてしまっているのかも知れない。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなの相手にも悪いじゃん」
「・・・確かにー」
よかった。思いとどまってくれたみたいだ。
ちぇっと口をとんがらし、手すりに体重をかける桜井さんを見て俺は胸を撫で下ろす。
それも束の間、桜井さんは思いついたように手を叩く。
「なら柳下くんに彼氏役をして貰えばいいんだ」
「今俺はこの手すりが崩れることを祈ってるよ」
俺に失礼になるという考えがないんだろうか。・・・泣いていいかな
「ち、違うよ!?蔑ろにしてるとかじゃなくてさ、私、ユウ君への想いとか、誰にも言ったことなくてさ。そういう意味で、もう柳下くんとは友達以上というかさ」
「へ、へぇー」
だめだ。今、俺は鼻の穴が広がっている。
桜井さんはやる気を示すように小さくガッツポーズをして続ける。
「そ、それに地味な人に幼馴染を取られた方がさ、より競争心が煽れられるっていうかさ!」
「もうやめて!これ以上俺の尊厳を踏みにじらないで!」
俺が叫ぶと、慌てたように桜井さんは俺の手を取る。
「だからさ、だめ?」
可愛く、俺を見上げながら、桜井さんは小首を傾げる。
必死に訴えてくる大きな瞳は、濡れていて、庇護欲を掻き立ててくる。
「お願い」
柔らかな両手に力が込められて–––!
「おし、やろう」
「やったー!」
ちょっと待て、今俺は何を!?心と体が分離したぞ。
そもそも俺が偽りとは言え、学校の人気者な桜井さんの彼氏だなんて想像すらできない。
しかも最終的に坂本君に取られるの前提なんだろ?
・・・おい、夢オチよりも酷いオチがあるかよ。
俺は考え直した末に、断ろうと桜井さんを見る。
「ありがとね、柳下くん」
「ぜんっぜーん!」
もう死んでしまいたい
可愛い笑顔に絆され、安請け合いしてしまう。
「それじゃ、連絡先交換しよ」
グイグイと来るこの原動力は、ひとえに坂本くんへの純愛から来るものなんだけども、あまりの勢いに勘違いしそうになってしまう。
こうして連絡先の交換も終え、俺が桜井さんの彼氏役(負けイベ要員)になることが正式に決まると、桜井さんはグッと伸びをした。
それはもう胸のつっかえが取れたように。のびのびと。
「よしっ、それじゃ明日から一緒に登校しよっか」
「えっ、いいの?坂本くんと一緒に登校してるんじゃないの?」
毎日二人が登校しているのは同じ学年の中なら有名な話だ。いくらこれが坂本くんの好み(異常性癖)に合わすためとは言え、なんだか申し訳ない。
けれど桜井さんはあっけらかんと答える。
「いいのいいの。むしろ急に断られた方がこう、グッ!ってなるんじゃない?」
・・・なるほど、桜井さんの学力は多分俺と同じくらいだ。
「まぁ、もうそれでいいよ」
正直めんどくさい
「ありがと。それじゃあ詳しい時間とかは帰って連絡するね」
「うん」
扉に軽やかに向かっていった桜井さんは扉の前にたどり着くと体を捻って俺を見た。
「よろしくね、ダーリン」
ちゅっと投げキッスの仕草付き。・・・なんだろ、可愛いとかじゃなくてうざさすら感じてきた。
多分彼女は黙ってた方が人に好印象を与えるタイプだ。満足げに階段を降りていった桜井さんの背中を見ながらそんなことを考える。
彼女(仮)が去った茜色の屋上で、負け要員はつぶやいた。
「・・・とんだ変態じゃん」
頼りない風が吹く。
やはりそれは甘い香り。
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