四 違和感
コフィに会ったのは、偶然だった。
「お、久し振り!」
ふと目が合った人間が知り合いだと気づいたのは、本当に偶然だったと思う。
「コフィ、だよね?」
「そう! 判るんだ?」
コフィはそう言って、はにかんだ笑みを浮かべた。
「うん。なんでだろう……足の形と歩き方……かなぁ」
「えっ……そんな所、見てんの?」
コフィはあからさまに身を引く。
「いや、だって私、外ではいつも下ばっかり見てるから、他人の足とか歩き方が目に入るんだもの!」
「それって、どうなの?」
何とも言えない憐れみを含んだコフィの表情はあからさま過ぎて、本当に引いているわけではなくて、冗談を言っているんだよと教えてくれていた。
「でも、それで気づけたんだから良いじゃん。今でもそういう所、変わらないね」
「人間、そう簡単には変わらないよ」
あっけらかんとそう言うコフィは、以前とは別人のように感じられ、「おやっ?」とセヴラは思った。
「それ、【バー】使ってるの?」
「うん。ちょこちょこ細かく修正するから、少し会わないと私だって気づいてもらえないんだよね」
「そっかぁ」
コフィとセヴラは幼少期を共に過ごしていた時間がある。そのためセヴラはコフィの本来の姿を知っている。
「最近どう? 元気にやってる?」
「なんとかね。最近は【バー】が市民権を得たからさ、やりたいようにやってるよ」
今は【バー】を使った姿で生きるということが社会的に受け入れられつつある。その先駆けとして家裁では、【バー】による個人情報を会社や役所が受け入れなくてはならないという判決がいくつも下りていた。個人の認識を可視化することにより、実際に他者と共有できるのであれば、それはもう現実《ほんもの》だとする考え方がじわじわと蝕んでいく世の中。その風潮にセヴラはなんだかもやもやしていた。
「でも、小さい頃から変わらないものもあるんだね。なんか安心した」
セヴラはそう言って笑った。
「本当だよね、私もびっくり。もう昔の私じゃないって思っているけど、こうやって昔の私と今の私が同一だって認識される部分が、まだ……あるんだ」
コフィの声が震え始め、瞳から涙が零れた。
「ど、どしたの?」
思わずセヴラはコフィの背中に手を回し、そっと人の少ない道の端っこまで連れいていく。
ひとしきり泣いた後のコフィは、相変わらず美しかった。
「【バー】って凄いんだね。目も腫れないし鼻も赤くなってない。化粧が崩れないなんていう次元じゃないんだ……」
「え、ここでその感想を言うの?」
「あ、ごめん」
セヴラの不躾な言葉にも、コフィはカラカラと屈託なく笑った。
「そういう所も変わらないよ。昔から辛いのか平気なのか全然分からない。いつでも屈託なく笑える所、凄いと思う」
セヴラはそう言ってコフィの背中を撫でた。
「ちょっと、まだ泣かせる気?」
「そんな気はないよ。思った事を言っているだけ」
「あんたのそういう所も変わらないよね。ホントに嫌になっちゃう」
コフィは大きなため息を吐いた。
「ずっと分からなくなってた。今の自分が本当なんだって思えば思うほど、昔の自分が価値が無いものなのかなって考えちゃって。昔の自分は捨てたはずなのに、自分を変えていくほど昔の自分を貶めているみたいでさ。それなのにどんなに取り繕っても理想のまんまにはならないんだよね」
セブラは黙って聞いていた。
「この間、サティに会ったらさ、今の私が本当の私なんだって言ってくれて。でも、本当の私って何だろうって考えちゃった。【バー】の私? 昔の私? 私の頭の中にある私? どれ?って」
「そっか……」
「私の事、バカにしてる?」
「私が? まさか」
セヴラは驚いてコフィの顔を見た。コフィは冗談ではなく本気でセヴラの目をじっと見つめている。
「私って、そう見えるみたいだね。私も最近、サティに言われて知ったんだけど」
セヴラは力なく笑った。
「もう、疲れちゃったんだよ私は。見た目で判ることもあるけど、判らないこともあるでしょ。でも話して仲良くなったって、結局、相手のことなんて解らないんだよ。そう思ったら、疲れちゃった。だから気にしたくないの。そういう態度が他人を馬鹿にしているように見えるんだろうね」
セヴラは力なく肩を落とした。
「でもね、私は昔のコフィの事、好きだよ。コフィは嫌いだったのかもしれないけど、理想と現実とのギャップに苦しみながら努力してる所が、嫌いじゃなかった。だって、自分の認識を他人に押し付けたりしなかったでしょう。そう見えるように、そうなれるように頑張るけど、他人からそういう風に見てもらえなくても、気にしてないみたいに見えて格好良かった」
「気にしてたよ。だから今【バー】に染まってるじゃん」
「そうだね」
コフィはしばらく逡巡した後、徐に【バー】のスイッチを切った。豊かで長い髪、長いまつ毛とちょっと病弱そうに見えるほど白い肌、桜貝色に光っている長い爪とシックでパリッとしたシャツにタイトなロングスカートは消え、清潔そうだが着古されたパーカーを着た小柄な男がそこにいた。
「やあ、久し振りだね。その切れ長の目はそのままだったんだ。化粧で判らなかったよ」
セヴラは笑いながら言った。
「化粧ってレベルじゃないでしょう?」
「う~ん……でも、私にとってのコフィはこっちだから」
「そう思われてるのが死ぬほど嫌だった」
「ごめんね」
「でも、今はそう言われてホッとしてる」
コフィはそう言って涙を拭った。
「ちょっと、それ以上擦らないでよ。腫れたら目も当てられないよ!」
「良いのよ。明日は仕事を休むから」
セヴラは昔とあまり変わっていないコフィの姿を、愛おしく見つめていた。昔の記憶にあまり良い思い出はないけれど、当時の友人達は輝いている人が多かったように思う。そして、今のコフィも輝いて見えた。
「悩みながら努力して、苦悩する姿って美しいよね」
「今その発言すると、怖いよ」
「え、そうなの?」
セヴラは慌てて口を噤んだ。そんなセヴラを白い目で見ながら、コフィは大きく伸びをした。その姿、表情を見ながらセヴラは【バー】では作り込めない人間の姿があるような気がしていた。
ディーヴェルシータス 白宇 利士 @Lihito
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