第2話 宝石が綺麗ですね(改)

うーんと少女がうなっていた。

彼女は今年で10歳となった。

15歳で成人とされるこの世界では10歳は子供でありながらも

将来を考える必要がある年齢だ。

少女は周りと比べて美人とは言えなかったが特別不細工でもなかった。

であれば親が少女に期待するのはどこかの家庭へと嫁ぐことだろう。

それが普通だ。

悩むとしたら将来何をしたいかではなく、誰と結婚したいかと言ったところか。


近所のお兄さんはどうだろう。

年は6つほど離れてはいるが、許容範囲内だ。

それに彼は昔から付き合いがありよく面倒を見てくれていた。

気心も知れている。

結婚したとしても、今の生活から大幅に変化することなく過ごせそうだ。


ただ彼は現在、穀潰しと言われている。

なぜか。


彼は誰もいないのにも関わらずどこからか声がすると騒ぎ始め、

時折てんかんのように発作を起こすようになった。

時間が経つごとに収まっていったようだが、

周りの人間は彼を奇異な目で見るようになってしまった。

大抵の場合就職というのは親の手伝いか知り合いの伝手で働くものだ。

彼は鼻つまみものとしてみられた結果、働く場所がなくなり、

ニートとなってしまった。

少女の親も最初の頃は自分の娘とくっつけるのが良いと考えていたが、

今では違う嫁ぎ先がないかを悩んでいる。


少女は未だうーんとうなっていた。

実際少女はお兄さんのことを考えていた。

親と同じで結婚のこと?

それもあったが少女が考えていたことは


お兄さんがニートになってしまった原因が自分であるということだった。


---------------------------------------------------------------------------------------------

悩める少女こと私はによってこの世界へと転生させられた。

歪みは私を転生させる代わりに自身のことを広める、いわゆる布教行為を

行なってこいと言ってきたのだが、流石に前世が高卒・引きこもり・喪女である

身としては荷が重かったのでラノベでよく見る展開のようにチートがもらえないか

ごねてみた。

布教活動を円滑に進めるためか、単に私の能力に不安があったのか、

今となってはわからないが転生特典としてチート(歪みがいうには加護)

をくれた。


転生の醍醐味はチートにある。

鑑定スキルとか・・・吸収スキルとか・・・・

魔力最強とか・・・・めっちゃ美人とか・・・

一つでもあればとにかく人生安泰なチートが楽しみ楽しみで仕方がなかった。

赤ん坊の頃から無意味にゴロゴロしながら

手をかざして適当に思いついた呪文を呟いてみたり、

ご飯を食べるときにレベルアップを感じながらよく味わって食べてみたり、

異世界特有のよくわからんものに訳知り顔で頷いてみたり、

すれ違う人全てに笑顔を振り撒いてみたり・・・


結果として幼少期のあだ名は「ヤベェ奴」になった・・・・。


うん。死ぬか。

すまん自称神。

お前が悪いんだ。

期待させるだけ期待させて、何もないって。

そういうとこなんだ。

面白かったか?

おばさんが異世界転生してチヤホヤされると思って

ウキウキしてた姿は。

なあ。


と悲観的になり前世と同様

引きこもりがちになろうとしていた時、

近所のお兄さんのナレンさんが私に声をかけてくれた。


『誰でも自分が特別だと思う時がある。そしてまた自分が何者でもないと気づく時がある。僕もそういう時期があった。自分なんて・・って思っちゃうかもしれないけどそんなに気にする必要はないよ。なぜならやっぱり人はそれぞれ特別だから。今はまだわからないかもしれないけど自分だけの、自分にしかできないことがきっと見つかるよ』

当時の私にかける言葉としてはかなり大人びたセリフだったが、

転生して精神年齢サバ読みしている身にはゴリゴリ染みた。


好き。


そう気づいた。

最後に男の人に優しくされたのが遠い記憶であった私は

この人と結婚しようと思った。


ナレンさんは異世界ということもありこの世界ではフツ面だが

転生者からしたらイケメンの部類に入る。

しかも年上。誠実で優しくて頼り甲斐がある。

夫(他を全く知らないが)としては最高の部類だ。

好き。


結婚して子供を産んで幸せに暮らす。

これ以上望むべきことがあろうか。


布教活動?

くだらない。

チートもくれなかったのになんで向こうの言うことを

聞いてあげないといけないのか。

全くもってナンセンス。

私はこの世界で成し遂げなかった妄想を叶えるのだ。


と息巻いてナレンさんの後ばかりをついていく可愛らしい子供

となった。


それから1ヶ月近く経った頃だろうか。

ナレンさんが汗をかいて働いているところ見ながら

ぶらぶらと座っていた時ふと自称神とナレンさんの言葉が頭の中で重なった。


『得意なものに準じるものがいい』

『自分にしかできないことがきっと見つかる』


私だけ?

得意なこと、特別なこと。


ASMR?


なんでこんなこと思いつかなかったのだろう。

高校卒業してからニートになって配信業を見つけて、

ASMRに辿り着いて、文字通り死ぬまでやって。


前世とは違う人生を送りたい。

ラノベみたいにモテて金持ちで最強で。

そう言った思いが本当の自分の強みから遠ざけていたのだろうか。


思い立ったが吉日。

すぐに実践をしてみることにした。

以前であれば機材を人の耳に見立ててASMRを行っていたのだが、

この世界にはそんなものはない。

であれば魔法的な力でASMRが行われる可能性がある。


しかし魔法なんてこの世界に来てから使ったどころか見たこともないので

パッションでやるしかない。

手を政治家のようにろくろを回すポーズを取る。


イメージ。

自分の口が実際に人の耳元に近づいてると思い込む。


すぐそこに。

口をもごもごと動かし最終チェック。

息を止め、身じろぎを無くす。


口から息を吐き出す瞬間。

何もないはずの目の前に歪みが生まれた。

『ふー』


「フギィッ」


発生した歪みに息を吹きかけるのと同時に、

目の前であくせく働いていたナレンが奇怪な声をあげ飛び上がった。

腰を振るわせキョロキョロと周りを見渡している。


その姿になんとも言い難い快感を覚えながらも

もう一度試してみる。


『ふー』


「ウィギィ」

またもやナレンが飛び上がる。


残念というべきか当然というべきか。

私の加護チートは誰にでも、どこにでもASMRができるというものだった。


結局人は生まれ変わっても変わらないのだとため息をついた。



--------------------------------------------------------------------------------

というのが五年前の話。

自分の加護チートがASMRと分かってから

思い人であるナレンにちょっかいをかけまくったが運の尽き。

頼れる彼は近所の鼻つまみ者となってしまったのでした。


だってしょうがないじゃん!

好きなんだもん!


と最初のうちは思っていたが、ナレンに対する周りの目が厳しくなることを

肌で感じていた身としては恋心よりも

申し訳なさが勝ってしまい今ではすすんで部屋に食事を届けたりしている。


一人の廃人を作ってしまったことにしばらく悩んでいたが

実はこれが今の悩みというわけではない。


何をやらかしたかのかって?

私が何かをやらかした前提なのはやめてほしい。


はい。

私めがやらかしましたでございます。


しかしこれに関しては悪意があっての出来事ではない。

約束を守ろうとしたのだ。


約束というのは歪み(自称神)とのやつだ。

転生+加護をくれる代わりに布教をしてほしい。

というなんとも難しそうなお願いだ。


正直加護チートなしじゃどうにもならないし諦めていたのだが

ちゃっかりと加護チートをもらっていることがわかったので、

できる範囲でやることにした。



まず思いついたのはキリスト。

なんかこう・・・浅い知識になってしまうのだが

神の子がどうとかを神が告げたみたいな。


私は神の使いです。

皆さん仲良くしましょう。

というのを世界中に広めたという感じだった気がするが

それを馬鹿正直に真似すれば「ヤベェ奴」という不本意なあだ名だけが

世界中に広まってしまうことだろう。

というか何もないところに神の教えを解くならともかく

この世界?少なくともこの街にはすでに宗教が存在する。

あだ名が広がるだけならともかく、異教徒として火炙りにされるのだけは

勘弁願いたい。



神の子になるのが無理なら

神になればいいじゃない。


そんなアイデアがふっと舞い降りた。

私の加護は誰に、どこにでもASMRができるというもの。

(加護の検証はナレンさんに手伝ってもらいました。)

この加護を利用すれば、異教徒として吊し上げられることもなく

布教活動を行うことができるのではないだろうか。


例えば

「神の加護を受けた子供が生まれた」

といった言葉を遠くの誰かの耳元へささやく神のみわざによって

自分が違う宗教を信じていたとしても、

神の子を見つけ出し大切にするのではないか。


もちろん神の加護を受けている人物がそれとなく私だということを

暗示させることは必要だ。

しかも私が実際に神の子であるということを示す場面が来るかもしれない。

問題は山積みだ。


・・まあなんとかなるでしょう。


加護もあるし。

目に見えない神より聞こえる神の方が信用性高いでしょ。


ということで街全域にASMRをすることになった。


どこからともなくささやかれる言葉に誰しも最初は驚いたが

時間が経つにつれて「神の加護を受けた子供が生まれた」という

神の宣告はこの街の共通認識となり最近生まれた子供を大切にしようという

ムーブメントが起きた。


当然親は私を蝶よ花よと育て近所の人もたくさん貢物をした。

たくさん可愛がられた私はすくすくとその美貌をあらわにし、

一国の王子がその存在を耳にした。

求婚にきた王子様と私は結ばれ、幸せの中生涯をまっとうした。




とはならなかった。

ならないんだなこれが。

布教の第一歩の神の子可愛がられ作戦は失敗に終わった。


神の宣告によって神の子の存在は街の共通認識とはなったが、

特段親は私を可愛がらなかった。

ネグレクトとかそういうことではない。

飯はまずいしベットも固かったがそれはこの世界で一般的なものだ。


よく考えるとやはり親からは他の兄弟に比べて可愛がられたように思える。

ただそれだけでしかなかった。

たくさんのご飯や金銀財宝を貢がれることは結局なかった。


正直諦めモードであった。

それが10歳になる前の私の結論だった。

加護チートあっても直接的なものじゃないから

異世界転生系あるあるの主人公すげーみたいなことが一切なかった。

というか私が主人公、神の子であるということすら

だーれも知らない。


無理でしょ。

むり。

布教を諦めましょう。


最近廃人から神の宣告を初めて聞いたことで一躍

尊敬の対象となったナレンさんと無難に結婚ルートを目指します。

そう思っていた。


ただどんな形にせよ私が持っているのは間違いなく加護であるということ

を10歳になった時に知らされることになった。


街で一番大きい教会。

呼び出されている。



これが今の悩みである。



絶対にバレた。

殺される。

でも逃げようがない。

逃げたところで10歳の少女の行く末は野垂れ死ぬか

奴隷として売り飛ばされるかだ。


魔法がないのに奴隷商人がいるとはこれいかに。

そういうところだけあるのがムカつく。


はあ。


ベッドでゴロゴロしながらため息をついてると

ついにその時が来てしまった。

下の階から歩く音が近づいてくる。



「スー!行くわよ!!」

母が呼ぶ。

「はーい」

いたずらをして怒られに行く子供のように返事をする。


服のしわを伸ばし階段を降りるとこちらの世界での母が

待ち構えていた。

降りてくるのが遅いことに不満げではありそうながらも顔はどこか嬉しそうだった。


この後どうなるか想像してもないんだろうな。


自分のせいで大変な目に遭うにも関わらず、なんの関係もない母親に

毒吐いた発想をしてしまう。

こういったところは前世と大して変わってないらしい。


初めて通る道にも目もくれず暗い顔をして教会にたどり着いた。

薄目で周りを伺ってみるが

屈強そうな兵士が何人も立ち並び警護をしている。


これは確定だ。

私は死ぬ。

二度目になるが全然死にたくない。

先ほどまで一生懸命、楽観的に考えていたが

これは無理だ。

足はちゃんと震えている。


誰がどう見ても怖がっていると思うのだが、

母はお構いなしに私を引っ張ってズンズンと突き進む。

泣きたかった。


けど泣き喚けなかった。

きゅっとした顔で教会に入る。


そこで予想できなかったものを目にした。


子供だ。

同じ年ぐらいの少女が何人かが保護者と一緒にいた。


これ私のせいだ。

そう思った時ズッと血の気が引くのを感じた。


ASMR神の宣告で私が神の子であるということがわかるように

年齢や性別をおおまかにしゃべってしまっていた。

ここに集められたのはその特徴に当てはまる子供たちだ。

だから女の子しかいない。

自分の二度目の人生がなんだ。

他人の一度目の人生を滅茶苦茶にしてしまった。


教会の周囲を取り囲む兵士にASMRをするか。

私の加護はASMRを誰にでもどこにでもできることに加えて

効果が何倍にも強いというものがある。

つまりASMRを聞いた時ゾクゾクとした感覚が何倍にもなっているため

聞いたものは発作を起こすレベルで快感を得る。

これを上手く使えば周りの兵士たちを一時的に止めることができる。

その間に逃げることができれば・・・。


なんて。

わかってるのに考えてしまう。

したところでなんになる。

逃げたところでその先はない。



白状するしかないだろう。

私が異教徒であるということをなんとか証明して、

他の子達を助けてもらうしかない。


拳を握り締め覚悟を決めた。


震えながら最前列の椅子に母と腰をかける。

本当であれば隅っこで下を向いていたい。

けどもう遅い。


壇上ではさまざまなものを教会の男たちがあちらこちらに動いていた。

神父のようなものもいるがどちらかというとお手伝いさん的な身なりの

方が多い。


誰が一番偉い人なのか。

それを見極めことが始まる前に終わらせる。


注意して見ていると壇上に光を放つものを見つけた。

琥珀?

全体的にオレンジがかっており、

中に何か埋まっているような気もする。

今回の騒動の犯人を見つけるための魔道具だったりするのだろうか。


ここは異世界。

まだ魔法がないとは決まったわけではない。

あれが犯人を見つける道具として正確なものであれば、

私がわざわざ出て行く必要はない。

できれば自分から手を挙げるのではなく流れで死にたい。

コミュ障ここに極まれり。


なんて。

ここに来ても自分本位なのか私。

こんな私が逃げないようにちゃんと犯人を見つける道具であってくれ。

ただの宝石であったとしても最高レベルであろう石を祈りながら見つめる。






「まあなんて綺麗なんでしょう」

横から唐突に声が聞こえた。


その声の主はそのまま壇上に上がり石を手に取る。




「見てください。とても綺麗ですね!」

私は唾を飲んだ。



私がこれから殺されるかもしれないこと

その宝石が近くで見るとより綺麗なこと






を忘れさせてしまう彼女の美貌に驚いて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る