第4話
朝日と夕日の区別がつかない。昼夜の切り替わりの狭間で目覚めるといつも混乱する。それでも私は時計を持たない。別に困ることはないのだ。何時であろうと、やることは同じだから。
部屋を出て階段を下りる。はっとして、エントランスで立ち止まった。酔っ払いの男が倒れている。一発かまそうとして力尽きたのかもしれない。男のわき腹をハイヒールのつま先で突くと、うめき声を上げながら仰向けに寝返りを打ち、顔をガシガシと擦った。
「ちょっと。ねえ起きて」
「あ……ああ?」
「私のベッドを貸してあげる。添い寝だけなら安くしてあげてもいい」
「クソ女。ひざまずいて舐めやがれ」
「それならまずあんたが起きてくれなくちゃ。部屋は二階なの。手を貸すわ」
「頭痛え」
二度寝しようとする男の脇に手を入れ引っ張った。こういう客はおいしい。私のベッドで目覚めさせ「あなた素敵だったわ」と言えば、男は財布を開くほかない。
「ちょっと、しっかりしてよ」
いびきまでかきはじめた酔っ払いはびくともしない。諦めて立ち上がると、外から私を見ている影に気が付いた。帽子を深く被った背の高い男だ。
「いじわるね。そこで突っ立ってるなら手伝ってよ。それかあんたが私を買う?」
数秒間向かい合うと男は振り向き去ってしまった。一言も発さなかったが、男の醸し出す雰囲気はこの街のものではなかった。表側の物好きが女を買おうとして直前で怖じ気付いたのかもしれない。
路上に出るとクララがいた。アパートの隣室に住む女だ。たっぷりと太っていて性格は豪快、髪も豊かだし声も大きい。
「酔っ払いまだいた?」
「エントランスでしょ。引っ張ろうとしたけど全然だめだったわ」
「サクラには無理だよ。さすがのあたしも男抱えて階段は上れないからさ。むかついたから蹴っ飛ばしてやった」
笑い合っていると隣の縄張りで客を待つ売春婦に睨まれた。まだ若い売春婦だが、オレンジのスリップを着てアイラインを耳の横まで引いているからハロウィンの仮装をしているようにしか見えない。クララに耳打ちすると大声で笑うから、舌打ちまで貰ってしまった。
少し申し訳ない気持ちになる。私たちから離れたいだろうが、各々が暮らすアパートの前の路上で客を待つのがこの街のルールだ。
日雇い労働の男たちが、列になって近付いてきた。仕事の内容は詳しくは知らないが、表側でスレイブのような扱いを受けている。嫌だろうが、裏側に男の仕事はない。
スラム中の男が仕事を求めてぞろぞろと出て行き、こうして一斉に帰ってくるのだ。それはちょっとした光景で、知らぬ人が見ればデモ行進と間違えるかもしれない。路上の女が騒ぐから勇者の凱旋にも見えるだろう。不遇の戦士たちは帰宅の途中、表通りの連中から水攻めにあったらしく服が濡れている。
「ダーリン! 濡らすならあたしのここよ!」
男が一人寄ってきてジョークを言い続けるクララの腰に手を回した。
私は最後尾の一番気弱そうな男に目をつけた。通り過ぎる間際に口笛を吹く。視線を捕まえたら微笑みかけてやる。年寄りには通用しないが経験の少ない若い男になら効果がある。チップは期待出来ないが、今回はうまくいった。
男の腕に絡み付きアパートに戻る。去り際、首を目一杯まわすとハロウィン女は私を見ておらず、無感情な様子で一人ぽつりと残されていた。
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