ゴールド・ラッシュ
フロンティアと呼ばれているこの町にメタル・ゴールドという鉱石が見つかったのは開拓を始めて数年が過ぎ、開拓が上手くいかず暗礁に乗り上げた頃だった。
銀河を旅する宇宙船のエンジンの開発に必要な資源それがメタル・ゴールドである。
人々はこの忘れられた星、マルスに一攫千金の夢を求めてやってきては成功する者。失敗する者と淘汰されていった。
やがて成功し財を築いた一握りの人間たちによる独占支配が始まった。
入植者を制限して自分たちの利益を守る事にしたのだ。
こうして貧富の差ができ今日に至るのであった。
「まったく、面倒ばかりおこしよって!」
メタル・ゴールド鉱山のひとつ、ビルダー鉱山の持ち主であるビルダー・ビリーは機嫌が悪かった。
「すまねぇアニキ。部下がヘタをうっちまって……」
ビリーの事をアニキと呼ぶ男。ビリーよりひと回り大きい体を小さくさせていた。
「ジェシー。その保安官目障りだな」
弟のジェシーを使って自警団という名目のならず者の集団を作り歯向かう勢力を排除してきたのだ。
「じゃあ。アニキあのアープという女を殺るのかい?」
「人聞きの悪いことを言うものじゃない。不幸な事故に遭って行方不明になるだけだ」
「じゃあ。アニキまずはモーリーさんに報告に行ってくるぜ」
じゃあ、じゃあとうるさい男である。
この時代の通信システムは発展していない訳ではなく、マルスが開拓途中である事を理由に外部との通信を制限してメタル・ゴールドの利権を守っていた。
「わかった。お土産を忘れていくなよ」
そう言ってビリーは皮袋をテーブルに投げだす。
その勢いで皮袋の中身、金貨が溢れる。
皮袋を持って出ていくジェシー。
フロンティアの町を見渡すことのできる小高い丘。
スコップで掘った土を戻しながら地面をならしているアープ。黙って作業を見ているアンリもいる。
最後に木の十字架を突き刺し額の汗を拭う。
「まあ、こんなもんだろう」
少々満足げなアープ。対照的に機嫌が悪いアンリ。
「どうしてこんなヤツらのお墓なんか作ってあげるの?」
先程の騒ぎでアープに倒された男の墓を掘っていたのか。アンリは怪訝そうな顔で聞いてみた。
「店に置いていくわけにはいかないだろう」
「だからと言ってお墓まで……」
「まぁ、こいつらもどこかで道を間違えただけかもしれないしな」
十字架にガンベルトをかける。
「そうじゃなかったら私に殺されることもなかったろうさ」
「でも、アープお姉さまを殺そうとしたんだよ」
「そのお姉さまという言い方をやめてもらいたいものだが」
今まで生きてきたアープの人生でおよそ言われたことがない呼ばれ方だろうし呼ばせもしなかっただろう。
「お姉さまじゃあなかったら、皆殺しのアープとか風穴の保安官とか狂気のTwinkle スペシャルとか……」
たぶん無法者たちの間で云われているであろうアープに対する通り名を次々と口にするアンリ。
「わかった。私が悪かった」
アンリにアープお姉さまと呼ばれても悪い気がしない
そんな感情が湧き上がるアープ。
「死んだら善人も悪人もないだろう、せめて魂くらいは安らかにな」
十字架に黙祷をするアープ。
アープに背を向け手首についた火傷の跡を見ながら、怒りだろうか?
普段のアンリからは想像もつかない形相をしている。
(私は絶対に許さない……)
墓地の入り口に大型のバイクに似たアイアンホースと呼ばれている乗り物が停められている。
バイクと違うのは前輪にあたる部分にノズルがひとつ、後輪にあたる部分は2つ、ついている。
このノズルから荷電粒子を流体エネルギーに変換してアイアンホースを自在に操るのだ。
もちろんメタル・ゴールドを使っている。
アイアンホースの後ろには遺体を運ぶための荷台が取り付けているというシュールな光景になっている。
男がひとりアイアンホースの傍らに立っている。戻ってきたアープたちに気づく。
「いいアイアンホースだね。保安官のかい?」
バッチに気づいたのか、Twinkle スペシャルに気がついたのか男が話しかけてきた。
「あんたは?」
何気なく言葉を交わしながらも男の動きを警戒しているアープ。
「カインさん」
アンリが男をそう呼んだ。
「この町で修理屋をやっている。保安官の活躍は聞いたよ」
「カインさんはこの町で一番の修理屋さんだと思うわ、たぶん」
「アンリちゃん。たぶんは余計だな間違いなく一番だ」
酒場であった男たちとは違いその態度に嫌味を感じさせない。
「保安官のアイアンホースに何かあったらいつでも来てくれ、すぐに直してやるからさ」
カインの爽やかにアープの口もとがゆるむ。
「そのときは、頼む」
アイアンホースに乗るアープ。後のシートにアンリが乗っている。
「カイン。またね〜」
カインに手を振るアンリ。荷台をひきながらアイアンホースは走り去る。
「荷台がシュールすぎる」
町の中でもひときわ目立つ大きさの建物。フロンティアの町長モーリー・キローの邸宅だ。
客間の豪華なソファーに向かい合ってモーリーとジェシーが座っている。
豪華なテーブルにはその豪華さに相応しい置き物と金貨がこぼれ落ちている皮袋があった。
この部屋に相応しくないのはモーリーとジェシーなのかもしれない、それだけ人としての品性に欠けるふたりであった。
「と、いう事で町長さんにはいつも通りに何もなかった。そうしてもらいたいのよ」
「わかっている。そのアープという保安官なかなかの厄介者らしいな」
この場合の厄介者とは無法者からみて厄介という事。
アープは法の味方なのである。
「わしらと組んでこの町を支配すれば、いくらでもこのような贅沢な暮らしができるというのに……まさか!銀河連邦のヤツらが!」
故郷の星を離れて様々な星を開拓した人類は銀河連邦という組織をつくり、そこで行政。立法。司法の三権を確立して開拓をした星の法と人を守ってきた。
「メタル・ゴールドの利権を取り上げる口実を探らせるつもりか?」
「難しい事はわかんね〜けどよ、仕事してくるわ」
立ち上がり部屋を出ていくジェシー。
ノーザン・サルーン
マスターは騒動などなかったかの様にいつも通りにグラスを磨いている。
カウンターで飲んでいるアープ。アンリが空になったグラスのかわりに新しくジュースの入ったグラスを持ってきた。
「はい! アープお姉さま。アンリちゃん特製100%グレープフルーツジュースだよ!」
「ありがとう」
おいしそうに飲むアープ。満足そうに微笑むアンリ。
「アープお姉さまはどうしてあんなに強いの?」
アンリでなくても聞きたい質問である。
なぜ女性のアープが銀河に5丁しかないTwinkle スペシャルを持っているのか?
どれだけの修羅場を経験すればあれだけの早撃ちができるのか?
「私は死にたくないから殺される前に相手を殺しているだけ。自分が死ぬのが怖くて相手を殺す」
グラスの残りを飲みほすアープ。
「強さとは関係ないのさ、ただの弱虫なのさ」
本気の様な冗談交じりの表情をしているアープ。
静かにグラスをさげるマスター。
鉱山主のビルダー。町長のモーリー。ジェシー団。銀河連邦。メタル・ゴールドに魅入られた人間たちの欲望が保安官アープを狙う。どうなる保安官。
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