アルテナ公国戦記〜空軍で異世界をその手に〜
ワナワナ
第1話 Engage the Wyvern
澄み切った青空が、どこまでも広がっていた。白く漂う雲の向こうには、陽光を浴びて輝く浮島がぽつりぽつりと浮かび、その間を悠々と竜たちが飛び交っている。
俺はただ、それを見上げていた。ここは王国の最北の果てにある、小さな村。ここに俺は住んでいる。
「もう、アル。またサボってるの?また空ばかり見て。」
「姉ちゃんも一緒に空を見ない?」
「はぁ……いい加減、地に足をつけなさい。もう十二歳よ。」
「断るよ、空を飛びたいから。」
相変わらず姉ちゃんは厳しい、それに現実的だ。まだ十六歳だってのに大人びている。ちなみに俺は十二才。この世界ではもうすぐ成人だ。といっても俺は転生者だ。主観の時間ではもう少し長く生きている。
前世では身体が弱かった。だから病室でVRゲームに没頭していた。特に好きだったのはフライトシューティングというジャンルで、戦闘機に乗って数多の戦場を駆けていた。
前の世界でも、この世界に来てからも俺は地上から空を夢見ている。
「アルは折角、魔法を使えるのに……ひこーきだったかしら?あれは作れそうなの?」
「全然だめ。」
「……アル、さっき頼んだこと覚えてるわよね?」
「草むしりでしょ、魔法ですぐ終わらせる。」
「なら良いわ。とにかく早くやりなさい。」
いつもどおりの日々。だが、そんな日々にも終わりが来る。それは突然の事だった。村の上空に巨大な影が現れたのだ。影は次第に大きくなり、やがてその姿を見せた。
そいつの名はワイバーン。ワイバーンは俺より遥かに大きかった。翼を広げれば10m以上あるだろう。
「冒険者のいない時になんで……」
「武器を使えるやつを集めろ!」
村人たちが皆慌てている。俺も本当は怖い。でもこれはチャンスでもある。
「アル、早く逃げないと!」
姉が手を掴む。だが俺は手を払い除けてこう言った。
「姉ちゃん、俺、空を飛びたい。」
「馬鹿!こんな時に何言って!?」
姉ちゃんは驚いた顔をして俺を見る。無理もない。だが俺は決めたのだ。空を飛ぶことを。そのためなら命など惜しくはない。だから俺は思いっきり息を吸い込んで、大声でワイバーンに問いかける。
「おい、ワイバーン!何しに来たんだ?」
「む……?いと小さきものよ。我には“テナ”という名がある。ワイバーンと呼ぶな。」
空気が揺れた。風が巻き起こり、俺の髪がざわつく。
「そうか、俺はアル。テナ、何しに来たんだ?」
その瞬間だった。
唐突に地面が光を放った。俺とテナの間を走る、緻密で幾何学的な文様。黄金に輝く魔法陣が、まるで時間を止めるかのように世界を支配した。思わず後ずさる。だが足がすくみ、動けない。魔法陣の中心に立つ俺の胸の奥で、何かが軋んだ。心臓の鼓動とは違う、もっと深い場所、魂が何かに触れられた感覚。
そして、それに呼応するように、テナの瞳が大きく見開かれる。
「ま、まさか……っ。我らが、名を交わしたばかりに……!」
テナが叫び、風が荒れ狂う。その咆哮に空が震え、大地が軋んだ。だが魔法陣の輝きは、それすらも飲み込むようにただ静かに、強く、輝き続けた。
後で知ったがそれは主従契約の魔法陣で、互いの名前が条件だったらしい。つまりこいつは俺と契約をしたわけだ。
「あああ!やってしまった!」
テナがめちゃくちゃに暴れる。姉ちゃんがつい先程まで耕していた畑が台無しだ。こ、殺されるぞ……。
「テナ、ストップ!ストップ!」
テナはぴたりと動きを止めてこちらを見る。
「お前、魔法使いだったのか。何でこんな辺境に……。」
「そう、属性は風と火と雷だ。」
この世界では、魔法使いは珍しい。俺も転生ボーナスが無ければ使えない側だっただろう。
「我が迂闊に名前を言ったから……。」
テナは翼を折り曲げて下を見る。俺も馬鹿だが、実はこいつもアホなのでは?というかあんな魔法は俺も見たことがない。
「その……テナ、何しに来たんだ?」
「我は街に行きたいのだが、そこまでの方角を尋ねに来たのだ。」
テナはそう言いながら俺をじっと見つめる。
「お主が主人か……。微妙だな。」
「主人?」
俺は首をかしげる。主人?何の話だ?
「……!な、何でもないぞ。早く街へ行かねば。」
「テナ、待て!街まで案内する。」
テナは羽ばたこうとしていたが、俺がそう呼びかけると急に止まる。そしてこちらを振り向いた。
「……仕方ない。」
「アル、もう大丈夫なの?」
「……多分。」
その後、姉ちゃんが村のみんなに説明してくれて、事なきを得た。
「アル、畑を元に戻しなさい。あなたのワイバーンだからその義務があるわ。」
暴君だ。でも従うしかなかった。
◆
あなたのワイバーンか……。やはり主人になったということだろうか?いまいち確証が持てない。とりあえず俺は風魔法を使ってなんとか畑をもとに戻す。本当は土魔法の方が楽だが、ないものねだりしても仕方ない。
「アル、何か手伝えることはあるか?」
「いや……気持ちだけ受け取る。」
テナには体が大きすぎて難しいだろう。そう判断して俺は断った。
「テナ、ところで主人ってどういうことだ?」
「契約だ。魔法使いと知性ある魔物だけの特別な魔法……。互いの名前を明かすことで初めて成立する。」
「解除はできるのか?」
「出来るかもしれぬが……少なくとも我は知らぬ。」
「そうか……。」
俺が使えるのは風と火と雷の属性魔法だけだと思っていたが……知らないことばかりだ。
「テナ、明日は街に行こう。その時俺も乗せてくれないか?」
「……それぐらいなら良かろう。」
◆
空が夕焼けで染まったので俺は家に帰宅することにした。俺の家は村で一番離れたところにある。姉と俺の二人で暮らす小さな家だ。ドアを開けると姉ちゃんが待っていた。俺は席について食事を始める。
「ねぇアル、明日街に行くの?」
「うん。しばらく帰って来ない。」
「せっかく街に行くなら色々買ってきなさいよ。」
姉ちゃんはそう言って、お金の入った袋をテーブルに置く。思えば、俺はこの世界に転生してから姉ちゃんにはずっと世話になりっぱなしだった。両親の顔も俺は覚えていない。
「いつもお金が無いって言ってたのに……。」
「良いのよ。アルがやる気を出すなんて珍しいから。」
そして姉は一呼吸置いて神妙な面持ちでこう述べる。
「……納得するまで好きにしなさい。」
「……姉ちゃん、ありがとう。」
俺は少し、目頭が熱くなった。でも行かないとならない。俺が夢を叶えるためにも。
俺は明日大空に戻るのだ。
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