四通目 眼鏡
朝を迎えた霧の都で通勤途中のサラリーマンが路上のホームレスに硬貨を投げた。仕事がうまく行っていることから来る機嫌の良さが為した偽善であるが、ホームレスは大袈裟に喜び、サラリーマンを引き留めた。
「旦那、ちょいと待ちやせぇ。お礼にこいつをあげやしょう」
手に押し付けられた物を見てサラリーマンは顔をしかめた。おんぼろの眼鏡だったからだ。首を振って眼鏡を捨て、その場を去ろうとしたがホームレスにぐいと腕を掴まれた。
「悪いことは言いやせん。ちょっとおかけになってみてくだせえ」
「触るな!」
バシッと手を払いのけたがホームレスの異様にギラギラ光る目を見てたじろいだ。しばらくその目を睨んでいたが、貧乏人の暇つぶしに付き合うのも上級市民のたしなみかと考え直して眼鏡をかけた。
するとどうだ、先ほどまでいた交差点は鉄の棒がまばらに生えた林に、巨大なビルは四角い鋼鉄の塊、行きかう人々は円柱状の肉塊になったではないか。
驚いて眼鏡を外すと世界は元の通りに動いている。戸惑っているサラリーマンの様子を見てホームレスはにやにや笑った。
「そいつは本質が見える眼鏡なんでさぁ。旦那、良いでしょう? お慈悲のお礼に受け取ってくだせぇ、ほら」
呆然としているサラリーマンに眼鏡を押し付け、ホームレスは段ボールを抱えて人ごみに消えた。
その後、そのサラリーマンはホームレスになった末にベンチの上で凍死したとか、傷害事件を起こして刑務所に収監されたとか。いずれにせよ、ろくな結果にはならなかったということだ。
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