いっけなーい! ちこくちこくー!!
「現実にいるんだな、こんな不良少年」
自分を納得させるために口に出してみるが、この状況に対しての不満は消えない。
あからさまなヤンキー君への転生、それも全く覚えのない男の体、なのに与えられていない今までの記憶、すごいマイナススタートだ。
転生って、もっと恩恵をもらって始まるものじゃないのか?
それとも、アレなのか?
神様が天国か地獄どちらに行かせるか迷ったから、もう一回遊べるドン! 的な流れなのか?
でも、なんでヤンキーなんだ?
格闘技や武道といったものを習った経験は無いから喧嘩になったらボコボコにされてしまう。
たばこは付き合いで吸ったことがある程度。
お酒も飲み会とか人と飲むのが好きで一人では絶対に飲まない。
ギャンブルの類は負けるようにできていると避けてきた。
そんな男が転生したというのにこれでは、図体デカいだけのただのヤンキー君じゃないか!!
ただのヤンキーって、つまり、ただのヤンキーで……?? ……って、あれ?
まさか、着いた?
自分という存在について考え、混乱していたので気がつかなかったが、いつの間にか駅に着いていた。
制服から検索して突きとめた、俺が通っているであろう高校――
財布に定期券が入っていたので、キジマコウイチは電車通学で確定だろう。
ゆえに、駅に向かうのは当然のことで、無事に到着できてよかったと安心してもいいと思う。
しかし、俺は地図を見ていない。
正しくは、家を出る前に検索したきり一度もスマホを見ていないのだ。
それなのに、駅に着いてしまっている。
ずっと考え事をしていたにも関わらずだ。
(体は覚えているってことなのか)
なぜ無事に駅に着いたのか違和感しかないが俺は定期券を使って改札を通り、ホームへと階段を上がる。
ちなみに、キジマコウイチとは、この体の名前だ。
定期券を見た際に、駅の前と一緒に刻まれてあったのを確認した。
漢字はまだ分からないが、電車の中で生徒手帳でも見て探しておくとしよう。
駅のホームは出勤・通学のピークを過ぎたせいか乗車位置にまばらに人がいるだけ。
ちらちらと周りからの視線を感じるのは、学生がこの時間に駅にいるからだろう。
この社会に置いていかれた感じ、遅刻ってこんな感じだったな~。
ほんの少しの懐かしさと恥ずかしさを感じながら、ホームに入ってきた電車に乗り込む。
座れはしないけど、中は
あっ、同じ制服の人いる。
よかった~、この人についていけば、学校までの道のりは大丈夫だな。
そう安心し、扉にもたれかける。
ついていけばいいと分かっていても、念の為にと学校までの道をスマホで検索していた時だった。
「おい、何見てんだ!」
ガタンゴトンと列車が揺れる音だけが鳴っていた車内に男の声が響く。
音のする方向に顔を向けると、俺が見つけた同じ制服の女の子にキャップ帽を被った中年くらいの男が突っかかっている。
スマホから顔を上げた女の子は急の出来事に理解が追い付かないようで目を丸くしている。
「とぼけてんじゃねぇぞコラ」
「私、ですか?」
「そうに決まってんだろ! なめてんのか!?」
男の怒号が車内に響く。
比較的遠くの席にいる人は、なんだ?と女の子をの方に向き、近くの席の人ほど「私は関係ありません」とでも言うようにスマホから視線を外さないでいたり、寝たふりをしていたりする。
中には、野次馬根性丸出しでスマホを向ける人もいる。
そいつは、急に騒ぎ始めたおっさんを写しているとは思えないくらいにニマニマとしていることから、女の子を盗撮していることは容易に想像できた。
まあ、可愛いもんな。
改めて女の子を見るが、一目でカワイイと断言できるくらいには女の子の顔は整っている。
さらっとした黒髪ロング、白い肌、大きな瞳、発色の良い唇、まるでお人形さんみたいな彼女に見惚れるのは納得できるものがある。
正直、これほどの美人は初めて見たかもしれない。
「ずっとスマホ見てたんで、そんなことないと思うんですけど……」
「チッ」
女の子が怯えながら慌てて弁解するが、男は気に入らないようで、離れた俺にも聞こえるほどの大きな舌打ちをする。
「言い訳すんなバカタレが! 俺がそう感じたんだから謝れやボケェ!!」
なんという身勝手な意見。
朝からこんな子どもみたいなこと言って周りを困らせるなよ。
たまにいたな~、通勤ラッシュ時に現れる迷惑さん。
みんなに白い目で見られても止まることを知らない、あるいは止まれなくなっちゃったタイプの人だ。
目の前で訳の分からないことを叫ばれて、女の子は怖くて仕方がないのだろう。
ぎゅっと膝の上においた鞄を掴む指に力が入り、震えているのが分かる。
「だいたい星ヶ丘の生徒がこんな時間に電車に乗っているってのも変だしな? 不良が一丁前に座ってんじゃねぇよ」
男は早口で捲し立てるように文句をぶつける。
そんな女の子を逃がそうとしてか、あるいは、関係ないとアピールするためか、隣の人が横にずれる。
その僅かにできたスペースに気づいて女の子は立ち上がろうとするが、目の前での行動に男が反応しないわけがなく、立てないようにスペースを潰す。
「逃げんなよ。最近の若いのは間が悪くなったらすぐ逃げる。そんなんだから、社会に出ても使い物にならねぇ。今だって遅刻しているくらいなんだから、どうしょうもないわな!!」
席に座るなと言ったら、次は立つなって……言いたい放題にもほどがあるだろ。
ここまでひどい言いがかりを付けられているのに誰も助けようとしないとは……行くか。さすがに見ていて腹が立つ。
というか、これはアレだよな。
ラノベでお馴染みのお約束のアレってことでいいんだよな?
ヒロインが理不尽に詰められているところを主人公が助けて、ヒロインに惚れられるアレだ!!
間違いない!!
ここで助けた男の子に女の子が惹かれて恋物語が始まるラブコメの定番!!
ならば、行かせていただこう!!
俺の勝ち組青春譚! 今! ここに! 始まる!!
「それはおかしいと思うのですが?」
あっれーーー!?
俺が行動に移し、一歩踏み出そうとすると、男の隣に立った俺と同じ制服を着た別の女の子が声を上げる。
セミロングの銀色の髪を一つに結ったポニーテールと、一切の乱れなく着用された制服から気品のある凛とした雰囲気が出ている。
そして、何よりすごく美人。
座っている女の子はザ・清楚って感じの学園のマドンナ的ポジションが似合うが、おっさんに正面から向かい合った女の子はキリッとした誰もが憧れ、恐れる生徒会長みたいな感じ。
もしかして、本当に生徒会長とかだったりするのかな?
「彼女はあなたに危害を与えたわけでもなければ、ただここに座っていただけですよね?」
「あ? ガキが大人に盾突いてくんじゃねえ!」
「盾突きますよ。同級生を見て見ぬふりはできませんから」
すごいな。
面と向かってここまで言えるなんて。
大人を相手にして怖いはずなのに……
「はっ、不良同士の絆なんてしょーもない」
「学校に遅刻する理由なんて人それぞれです。うっかりということもあるはずです。それを一概に不良と決めつけてくるのはやめていただきたいのですが」
「じゃあ、なんだよ。その髪は」
「え?」
「その髪の色だよ。そんな色に染めているようなガキが――」
「おい、おっさん。いい加減にしろ」
「あ?」
俺の声に反応して、おっさんが振り返る。
ガンつけて敵意を前面に押し出したおっさんの顔が、俺と向かい合うと、どんどんと青ざめていく。
その変わり様は病的なもので心配になる。
でも、目は離そうとしないんだよな……
あー、そっか……
忘れてた。
そういえば、俺って不良だったな。
自分の姿のことを忘れていた。
ずっと鏡を見ているわけではないから自分の外見がヤンキーであることが頭から抜けていた。
そっか、ヤンキーだもんな。
なら、ちょっとやってみるか。
「不良ってのは俺みたいな奴のこと言うんだ。文句があるんだったら俺が聞くぜ」
自分よりも背の小さいおっさんを見下ろしながら言うと、おっさんは何も言い返してこないで苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。
だが、決して目を逸らさない。
その様子から引くに引けなくなっているのが容易にわかる。
テントンテントーン♪
軽快な電子音とともに電車の扉が開く。
「チッ」
おっさんは舌打ちをすると、バツが悪そうに俺を睨みつけながら降りていく。
ふぅ~、この厳つい面相も使い用だな。
黒髪の子に目を向けると、銀髪の子が隣に座り、慰められていた。
取り繕った笑顔を見せる彼女は、俺からの視線に気がついたのか顔を上げると、びくっと体を震わす。
まあ、デメリットの方が大きいか。
さっき、怖い目に逢ったばかりだ。
こんな怖そうな見た目の奴が近くにいたら落ち着けないよな。
俺はそう察して、彼女たちから離れるため、列車を移動する。
「あのっ!!」
後ろから声が聞こえた気がして振り向くと、二人が俺の方を見ている。
「邪魔したな」
軽く手を上げて、二人に背を向けて歩く。
気を遣わないでくれという意味でこれをやったのだが、すぐに羞恥心が襲ってくる。
邪魔したなってどんだけ格好つけてるんだよ俺!!
イケメンにしか許されないだろ!!
あ、そういえば……
スマホを向けていた男に近づく。
男は顔を引き攣らせていたが、気にせずに尋ねてみる。
ここはヤンキーっぽくだな。
「なあ? あんた、撮ってただろ?」
「は、はい」
「分かってると思うけど、普通に盗撮だからな。ちゃんと消せよ。ネットに流したりしたら分かってるだろうな」
「ハ、ハイ!!」
これだけ俺にビビっていたら大丈夫だろう。
俺は隣の車両へと移った。
座れる席はなかったので立ちながら目的の駅までスマホで学校への道のりを念入りに頭に叩き込む。
なんでかって?
当初の予定通りに二人についていけば学校に行ける……と思う人もいるだろうが、あんな別れ方をしておいて、女子高生二人の後ろをこそこそ歩く姿を想像してくれ。
察してくれ。
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