#018 その名!規格計画③

 まずい!これはまずい!チーズケーキを一口!美味い!

 「おやおやおや」

 驚いてこそいるがどうでもよさそう!確かに!最近あんまり出番ない気がする!

 「あ、あばばばばば……」

 何やら痙攣まで始めた。やっぱり取り憑かれてるんだろうか?

 「どうしよう」

 「場所変えます?」

 「マジ?」

 かなりの冷淡。本当にサバサバしている。俺以外には!!!僕だけヴェルダースオリジナルだというのか?

 着ぐるみたちがあたふたあたふたクロエをどうにかしようとしてくれるが、しかし悲しきかな、本人は膨らんだり萎んだりを繰り返すだけだった。発酵途中のパンか?

 「なるほど、難題ですね」

 そうちゃんと分析しているように聞こえたが、彼女の目線は本物の無関心だった。まぁ確かに関わらない方がよろしい。

 「もうつけちゃいます?」

 そうティアラをぶらぶらさせる彼女!売りもんだろ!もうちょっと丁重に扱いなよ!

 「どうしよう……いやまだ多分その時ではない!」

 「なるほど……ならば実演と行きましょう」

 「実演!」

 今!ここで!やるというんですか!

 精神病院かなんか?

 姿勢良く歩いていく彼女。やはり気品があります。バレエとかやってたのかしら。

 そしてついに膨張を続け店の一部分を占拠したクロエの頭らしき部分にかけた!

 しかしあれだな……あくまで着ぐるみたちが近くにいるもんだから、これといった効果は起こらないんじゃないんだろうか?

 「よし」


 そういうと彼女はクロエを蹴っ飛ばした!


 なんと!キャットファイト!目の前で!

 膨張したクロエの質量で、壁がメキメキ壊れていく!そしてそのまんま壁をぶち破ってクロエは転がっていく!

 「わぁわぁわぁ!」

 「やっていいんですか!」

 「これぞ仕事です」

 「そうかなぁ」

 転がっていくクロエに、一定周期でタライがゴンゴン落ちていく!なんだこれ!なんか意味あんのかよ!リズムゲームみてぇ!

 「よしこれで離れた」

 「確かに」

 「効果的ですね」

 「そうかなぁ⁈」

 まぁこの状態で!こちら側がちょっと近づいて彼女から俺たちに寄ってくるように!仕向ければ良いのだ!

 ということで彼女をちょっと追いかけてみる——なのだがしかし。

 

 ——そこにいたのは、タライに歯を食いしばって耐えるクロエの姿だった!!!


 「……負けません……負けません!!!」

 目からは血の涙が流れている!

 「なんと強靭な意志!」

 「そんなに嫌か」

 「まずいですね……販売員の信用に関わる」

 「やはりか……」

 ここまでくるとぼっちでいようとする求道者のようにも思えてきた。

 てかそんなに嫌か!歩み寄れ!

 「こうなったら更なる出力を解放します!」

 「え⁈」

 リモコンをガチャガチャ弄り始める彼女——いや待て!仕事だろ!だいぶ適当だぞ!


 上からどんどん降ってくる!サメ!こんにゃく!醤油!みりん!塩!


 塩は最後にかけた方がいいですからね、肉にはね。

 いやそんなこと言ってる場合ではない!!!

 「ぐぐぐぐ……」

 サメに齧られてんのに耐える!死ぬぞ!馬鹿!

 「近づいた方がいいんですかね」

 「しかし離れるのも時には大事だ」

 「そうですね」

 普通に納得した!

 「むむむ……何と恐ろしい」

 彼女結構露骨に苛立っていた。確かにまぁ商売としては全くもってロクなことではない。

 

 ——すると、途端に何やら周囲に異臭が漂ってきた!!!


 「なんだこれ……青酸カリ?」

 「嗅いだことあんの?」

 「これって、もしかして!」

 「……あの方の固有魔術」

 向いてみたら、何やらオーラが炎のように燃え盛っている!

 サメやらこんにゃくやらタライやらの残骸があたりには散見された——パワー全開かもしれない!サメがもうすでに骨さえない!

 嗚呼しまった!地獄の門が開いてしまった!

 「——あんたの差金?」

 そういう声はしっかりとした棘に満ちている——こんな声出たんだな!効果あったよ!赤髪の人!

 「……その、あの、はは……」

 「——へぇ、随分と使用人風情が偉くなったもんね」

 「そういえば」

 「そうでした」

 「あらあらあら……」

 ああ!どうしよう!僕は負けるかもしれない!流石に相性が悪すぎる!いくら何飛ばしても溶かされるだけだし!

 「——お灸を据える必要があるわね」

 なんか紫色の泡みたいなのがぷかぷか浮いてきた——地獄の毒々シャボン玉!!!

 「これに当たればお前は微妙な微熱と鼻水に襲われる……」

 「地味に嫌!」

 「安心なさい、微妙な気分で午後の授業を受けてもらうだけだから」

 「——クソッ!!!」

 「「あ!逃げた!」」

 踵を返してとっととさっき来た方向に向かっていく!逆行していく!昨日の方向!

 「どうします?」

 うわぁ!僕の全力疾走に息も切らさずついてきた!怖いよ!いやしかしお嬢様は訓練をしているものだと学びました。

 「どうしましょう……使い方を間違えただけはのような気もするんですよ」  

 「なるほど」

 「一応買おうとは思うんですけどね……」

 「そうですか……では一応収まるまで待ちますよ」

 「マジすか」

 それもう逃避行と同じ気がするんだけど。

 何とかなるのか?この状況下で?

 「とりあえずどこか建物に逃げ込んだ方が良さそうですね」

 「確かに!」

 それはすごくいい考えだ!

 俺の力なら入り口にバリケード張ることだってできる!

 これなら何とか逃げ切れるだろう!!!

 ということでその辺にあった時計台に逃げ込んだ!何かしらの鍵があるのかと思いきやそんなこともなかった。

 教師が自由だからこちらもそうしろということなのだろうか?それただの無法地帯じゃないんですか⁈

 そしてそこそこ登っていくと、それなりの大きさの部屋があった。

 おそらくここが物見台みたいな場所なんだろう。大きな窓もある。ここから確認できるな!ヨシ!

 「さてどうしましょう」

 考えなし!


 だがここで考えよう——わざわざ籠城してまで逃げる必要はあるのか?


 もはや僕が悪いだけなんで、微熱になれば全て簡単に収まるような気がしてきた。

 「自首していいですか?」

 「え!」

 しかしすでに時計台の中には家具やら食料やらが配備されている!

 そこまでしたいか!あんたほんと何がしたいんだよ⁈

 「さてこれから本番ですよ」

 なんか気合い入れのためか顔をぱんぱん叩く彼女。そんな気合い入れるほどのリスクもないんですけどね……。

 

 「——わかっているのか!!!」


 すると何やら大声が下から聞こえてくる!いやぁ!よく響く!


 窓から見てみると、下にはニックスとシャリオがヘルメット被った状態でメガホン片手に叫んでいる!

 この世界メガホンあるんだ〜デモとかできますね!

 とか言ってる場合ではない。あの二人に見事に裏切られたのだ。なんてこと!

 とりあえず窓を開けて顔を出す!

 「お前ら!裏切ったな!」

 「だってー」

 「こわいんですもーん」

 「この野郎!!!」

 「大人しく降りた方がいいですよ、準備して戻ってくるって言ってましたしー」

 「命が惜しいんならとっとと降りてこーい」

 「え⁈どんだけ怒ってる⁈」

 「「こっちに普通に話しかけるくらい」」

 「ガチだ!!!!!!」

 まずいことになった!限界突破まで持ってきてしまった。このまんま暴走させて仕舞えば、俺の命そのものも怪しくなってきた!

 「何とかならないか!」

 「知りませんよー」

 「大人しく受け入れろー」

 「こういう時命は保証しない?」

 「相手が悪かったな」

 「毒ってのが終わりですよ」

 「クソッ!!!」

 思った以上に毒が厄介だ……何であんなもんヒロインに置いた!

 

 「何食べます?」


 なんかそう言いながら彼女は飯盒で米を炊き始めていた!なるほど……この世界には米があるのか、僕にもすごく嬉しい。

 とか言ってる場合じゃないんだよ!もうみんな好き勝手動いちゃって!

 「……何があるんですか」

 「なんでもありますよ、お魚お肉お野菜、あとこんにゃく」

 「それ再利用じゃない?」

 「もともと野菜なんだから、地べたについても同じでしょう」

 「なるほど……なるほど⁈」

 なんかトンチ効かされてるだけの気がするぞ!やな頭の回り方!

 クソクソクソ……こういう場合どうしたらいいんだ?籠城した経験なんてある方がおかしいだろ!

 「安心なさってください、私はこれを持っています」

 そうスッと取り出されたのは、なんか毒々しい色のペーパーバックの本だった。

 つまりどういうことか?

 胡散臭い本です!

 「……なんですか?それ」

 「『絶対籠城マニュアル』です」

 「はぁ……」

 こんなもんで飯を食っている人が世の中にいるのか……てかどうしてんだ生活?籠城しながらこれ書いたのか?なんか文豪みたいなことになってない?

 「はいこれを!」

 「これを!」

 「二千ゴールドで売りましょう」

 流石にずっこけた!わざわざこんな風にした上に物買わせるってのか!恐ろしい手口!

 しかし今この状況、どれだけ俺がここからずっと物理的にも社会的にも浮いた状態で生活するかという話だ。大体の引きこもりが当てはまりそうなのが嫌ですね!

 「買った!!!」

 「まいど」

 だんだんと発音がこなれてきていた……しかしそれがほぼ一人の客の間で培われたのは少し悲しくなるぞ。

 もはや紙に縋る気持ちでパラパラめくってみる!妙にいい紙だった。だからか⁈このお値段!

 適当なページを開く。

 第五章、『追ってくるのが家族なのか友達なのかよくわからない関係性の人だった場合』。

 とりあえず金玉を見せてみましょう。その時の反応でどちらにせよいい方向に転がっていくはずです。

 

 「——んだこの本!!!」


 流石に地面に叩きつけた!一部分にキレるのはひどい気もするが、それだけで人は十分嫌いになれます!

 「あーあーあー、絶版なんですよー?」

 そうあたふたと本を守る彼女!

 「買ったから!俺のもんだろ!」

 「それもそうですね……どうします?塗ります?」

 今度は墨と筆を取り出した。いやあくまで衝動的であって、そんな危険思想にキレたわけでもないんすけどね……。

 「もう少し読んでみたらどうですか?」

 「まぁそれもそうか……」

 ということで再びパラパラ適当にめくる。

 第十章、『籠城してる上で気をつけたいこと』。三大欲求はとても大切です。特に閉鎖空間ともなると、その衝動は肥大化していく一方だと思われます。そのためにどうするか?食べ物の次には金よりも女を要求しましょう。それこそが明るい籠城に繋がります!


 「——くたばれ!!!!!!」


 ついに叩きつけた上に踏んづけてしまった!いや流石にキレるよ!てかなんで大事なことが第十章なんだよ!序章に書け!

 「よかったですね、私一人で賄えますよ!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねる彼女!

 「喜べばいいの?」

 

 しかしそうだ!!!


 俺には今現に、ここに閉じこもり続けても別にこれといったデメリットがないのだ!

 よくわからん女の子を連れ込んだ甲斐があったと言えるかもしれない。いやほんとの耐久戦になってしまうんじゃないか?これ。

 

 「——ハセベ!!!」


 すると先ほど聞いた鋭い声が耳を鳴らしてきた。

 なんだなんだ、そんなに言いたいことがあるのかということで窓を開けてみた。


 ——三人見知らぬ人がいた。


 ——怒りってすげぇな!人をこうも変えるんだもんな!!!

 

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磁力魔術は引き裂けない〜異世界に飛ばされた俺、魔術学園で最強ライフ〜 乱痴気ベッドマシン @aronia

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