第9話

(それは……)

 きっと悪癖ではない。喜一はそう思った。

損得に関係なく他者のために身を投げ出すことができる。それは紛れもなく善の心だろう。しかも、本人が嫌でもそうすることとは、それは不死郎の魂に刻まれていることだ。

 喜一にも似たような感覚がある。大工仕事に誇りを持っているからこそ、大工仕事で困っている人がいれば、自分から動いて手を尽くしてやりたくなる。感謝されたらもちろん嬉しいが、感謝されたいからやるわけじゃない。“体が勝手に動く”そういった類のものだ。


 (なんだ、やっぱりフーさんは悪い人じゃねえ。……いいやこの人は、悪い人になれない人間だ)


 魂に人助けが刻まれているのなら、不死郎はこれからも人を助け続ける。これは天命とも呼べるかもしれない。

 (やめられないもんだ。簡単には)

 喜一は自分の両掌を見る。毎日槌を握ってたこができ、乾燥して荒れた手だ。

 (下手な縁は作りたくない、か。だからフーさんだけ喜一“さん”に戻ったってことかい。それじゃあ、礼じゃない礼なら受け取ってくれるかね)

「フーさん、今日はとりあえず家に泊まっていってくれないかい。口笛は明日の朝、教えるよ」

 不死郎はそれに了承した。喜一は自分の布団を不死郎に貸し、喜一家族は一つの布団で川の字で寝た。不死郎が妻の隣でもいい。だなんて冗談は無論断った。

喜一はみんなが寝静まった夜の間に、田舎から持ってきて、しばらく開けていなかった箱を開く。中には綺麗に畳まれた着物が入っていた。

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