第8話

(はやく家に帰ろう)

 喜一は不死郎に対して、今自分にできることを考えた。そして一つの考えが浮かんだ。

「フーさん、息子を助けてもらったんだ。何かお礼をするよ。歩けそうなら、うちに寄ってってくれ」

金と賭博が好きな不死郎のことだから、お礼という言葉には食いつくと思っていたが、意外なことに、不死郎はそれを拒否した。

「取引じゃなくて、恩だ礼だどうのこうのってやつはなら、いりませんよ」

「どうしてだい。取引ならよくて、礼はだめだって」

「仕事柄、そういうのが一番厄介ごとを招くもんなんですよ。まぁ女性なら喜んでたところですがね」

「……喜助をはやくうちに帰してやりてえんだ。うちで妻も心配しているかもしれねえ。口笛はうちで教えてやるからさ。それでどうだい」

「まぁ、それなら」

家に帰り、喜一と喜助の帰りを心配していた妻に不死郎のことを伝えると、妻はこころよく不死郎を迎えた。

改めて喜助を救ってくれたことに感謝を伝えると、不死郎がなんとも言えない、苦虫を噛んだような顔をしていたので、不思議に思い、喜一は事情を聞いた。


「人助けなんてねえ、本当はしたくないんですよ」


それは不死郎の丈夫すぎるゆえの苦悩だった。

「過去にこの体を活かして、人助けに奔走していた時もあったんですが、助けられなかった子の親に疎まれたり、なんであっちは助けて、うちの人は助けてくれなかったんだとか。散々巻き込まれたんですよ。あげく、それで殺されかけたり、捕らえられたりね。大概自分でなんとかできますけど、長く生きすぎるとねえ、感謝するのもされるのも、それが一番疲れちまうんですよ」

 (感謝されるのも……か。それはしんどいかもしれねぇな)

 喜一は当然、人に感謝されるのは大好きだ。そのやりがいの為に仕事に打ち込めるものだ。それは多くの人がそうだろう。しかし反対に、どれだけ人に尽くして感謝されようとも、心が満たされない。そんな心持ちになっては、どんな人間でもいつか無気力になってしまう。


「だからこれは、嫌な悪癖なんです。人が目の前で事故を起こしそうな時、飛び込んじまうのは。もう下手な縁は作りたくねえのに、体が勝手に動いちまう。いてえ思いもするのに。……喜一さんも、変な癖ができる前に、大工やめちまった方がいいですよ」

 (それは……)

 きっと悪癖ではない。喜一はそう思った。

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