第4話

「賭博場ですよ」


不死でも飢えるなんて話を聞いたから、てっきり生活費に金を使うのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。不死郎が「俺についてきたら負けなしですよ」と言い切るので、これも江戸の町を学ぶ機会かと、喜一はついていってみることにした。

「あー、喜一さん、でしたっけ。あんた江戸の賭博場は行ったことあるかい」

 不死郎も喜一の名前を覚えたようだった。

「いいやないよ。田舎出身だったし、田舎はみんな生活でいっぱいいっぱいだから。丁半賭博ってのは江戸の親方に聞いたが、他にもあるのかい」

「天下の江戸ですからね。丁半はもう古い古い。盛り上がりすぎて禁止されました」

 (盛り上がりすぎて……さすが江戸。活気が田舎とは段違いだ)

連れていたかれたのは、料理屋の裏にある小さい二階建ての宿屋風の建物。一階から男たちの賑やかな声が聞こえた。喜一は迷わず中に進んでいく不死郎のあとを追う。不死郎が開けた襖の先は二十畳の大広間になっていて、客たちがさまざまな賭博を楽しんでいた。時折料理屋から直接酒が運ばれてくるらしく、男たちはとっくりからそのまま酒をあおっていた。


「今はねぇ、この“花札”が江戸の流行りですよ」

 不死郎が指差すのは十人ほどが輪になって小ぶりな赤の札を囲む場所。その札には、鹿や紅葉など、鮮やかな絵柄が描かれていて、賭博の道具にしては洒落たものだった。

「へえ、江戸ではこんな綺麗な札を使ってるんですかい。見事なもんだ」

 不死郎に渡された札を、喜一は職人としてまじまじ見てしまった。その様子を見た賭博場の男たちが茶化した。男たちと不死郎は、ともにこの店の常連らしい雰囲気だった。

「フーさん、なんだ? どこかの坊ちゃんでも連れてきたのかい!」

「この人は田舎出身の大工だよ。金は持ってるから、俺たちも混ぜてくれ」

「大工かい、いいねえ!」

「喜一さん、花札ってのはね、手札から役を作っていく遊戯(げえむ)なんだ」

「わかった。教えてくれ」

 酒が進み赤ら顔の江戸の男たちは気さくで、都の賭博場なんて鴨扱いされるかもしれないと警戒をしていた喜一だが、隣の不死郎がいい具合で狙い目を教えてくれるから、負け続けることはなかった。実際、喜一のことを鴨だと考えた者もいたのかもしれないが、どれだけ勝っても江戸の男たちは、あおればすぐに勝負にのっててくるから、一方的に勝ち逃げされることはなく、何度でも挑めた。酒と駆け引きの緊張感で、場の熱気はすぐに上がっていった。

不死郎は無気力そうだった態度が一変、高い洞察力で強気に勝負をして、時には相手に心理戦を仕掛けていい札を捨てさせ、勝ち抜いていく様は場を魅了し、負けた男以外の観衆から歓声も上がり、勝利の喜びで不死郎と喜一は肩を組むなどもした。

喜一も慣れてきて、不死郎の助言を借りず、自分の戦略で勝てた時は、思わずぴゅうっと口笛を鳴らしてしまった。意外なことに、不死郎がそれを見て目を瞬かせた。

「今の口笛、喜一、あんたですか」

「そうだよ。なんだいフーさん、口笛知らないってのかい?」

 この時、周りがみんな不死郎のことを気味よく「フーさん」と呼ぶから、喜一もいつの間にかフーさんと呼んでいた。不死郎の方もいつの間にか喜一と呼んでいた。

「知ってますとも。でも、うまくやれないんです。町を移動する時に、暇つぶしでやってみるんですけどねぇ」

「へえフーさん、口笛が苦手なのかい。意外だね」

「どうも舌が短いみたいで、うまくできないんですよ」

「うちの村ではみんなできるよ。子供の時に遊べるものが少ないから、道具を使わないものが流行るんだ。今回の花札の代わりに、やり方を教えようか」

「そりゃあいい取引だ」

 (三百年生きている男に、たった二十年ちょっとしか生きていない自分が教えてやれることがあるとは思わなかった)

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