第6話 コンタクト

 電車に乗ると、いろんな人達と一緒になる。

 十五分に一本くらいの間隔で電車が来るとはいえ、ここが田舎で、競合他社もないせいか、電車賃も高く、席取りもしょっちゅうだった。

 同い年くらいの背も高く、体格のいい男性と残り一席を取り合って、どちらも座ろうとして譲らなかったので、こっちも押し切ったら、その眼鏡をかけた男に、

「痛ぇ、ありえへんわ」

 とか言われたけど。

 ーー見えてなかっただけやろ。

 通勤中に、地下を歩いていて、前から歩いてきた男性にぶつかられて、眼鏡を壊されたこともあったし。

 その時と同じく、

「そっちもありえへんわ」

 と言うたったら、まさか反撃されると思ってなかったらしく、その眼鏡男は周りの同情を誘うように笑いながら、こちらを見ていた。

 とはいえ、いつも、平和的に解決するとは限らないので、戦闘的になるのは余りよくない。

 いつも譲らされるけど、何故か、今日は引けなかったけど、気をつけねば。

 F市で、向かいの座席も、左隣も空いて、席取りに破れた男性も座れたけど。

 隣のオバハン二人組がうるさかった。


 夏頃には、電車で寝てたら、隣の女性に当たってしまっていたらしく、扇子でパシッとされたこともあったし。

 じっと見てたら、見つめ返されて、腕から何かを払うように触ってた。

 まだコロナだし、気持ちは分かるけどさ……。

 こっちも、縦に揺れるように気をつけてるんだけど、ご不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい。

 黒のセミロングに、黒のスーツを着て、黒の仕切りのある鞄と、お綺麗な格好をされてたのに。


 かと思えば、お洒落な中年男性と一緒になることもあり、ついつい見てしまうこともある。

 今日は右人差し指にゴールドのミラーボールを思わせる指輪をされており、黒の文字盤の時計をあわせてた。

 黒のストライプのスーツの袖を折り返してた。

 眼鏡をかけて、黒の細身の鞄を持って、グレーヘアとまではいかないけど、髪もちょっとウェーブがかかった感じで、お洒落にされていた。

 意外だったのが、カラッツさんのサイコパスコラボの銃を鞄につけておられたことだった。

 へぇ~~、大人の男性がつけると、アニメのコラボグッズもあんなに格好良くなるんだ……。

 私が感心しながら見ていると、

「ねえ」

 隣の席から、ツインテールの女の子に声をかけられた。

「!?」

 声につられて、あわてて隣を見てしまったものの、あんな子いたっけ?

 途中で誰か降りて、隣に座っていた人がかわった記憶もなかった。

「ねえってば!あなた、永久歯がないでしょ?」

 猫みたいに大きな目をした彼女は、笑いながら、全く悪気なく、私の触れて欲しくない秘密に触れた。

「!?」

「左の糸切り歯が乳歯のままなんだね」

 ここは無視してやり過ごそうとしていると、身長がちょうど私と同じくらいの、その美少女は、

「大丈夫だよ。誰にも聞こえてないから」

 と言った。

 彼女にそう言われて、周りを見てみると、車窓の景色は流れているのに、私と彼女の周りの時間だけが止まっていた。

「ねえ、知りたくない?」

「……何を?」

 かかった!

 その言葉を待っていたらしく、彼女はニヤッと笑うと、

「乳歯はいずれなくなる。永久歯がなくて、乳歯が抜けたら終わりのまま生まれて来る人達はある程度いるけど」

 ここで、彼女は私の反応を見ながら、同情を示すように言った。

「困るよねえ……。糸切り歯とか、人から見える辺りが乳歯だと。あなたの場合、口が小さいから、インプラントにも出来ないし。ブリッジにすると、両隣の歯が犠牲になる」

「――何が言いたいの?」

 彼女は、更に私の方へ顔を寄せると、ニヤッとして言った。

「知りたくない?乳歯のまま、歯を失うことを恐れず、一生を終える方法を」

 ――たぶん、これって、私が少年マンガの主人公なら嬉しい状況なんだと思う。

 女子高生くらいの美少女に声をかけられて、謎めいた言葉をかけられる

 彼女はこういったやり取りには慣れているらしく、私の出方を待って笑っている。

「で、どうしたらいいの?」

 仕方なく、私は、本日二度目の、話を前に進めるための、お決まりの言葉を口にした。

「ほんの少しでいいの。血を少し、他の人から貰えば」

 彼女の言葉に私が戸惑っていると、彼女は、

「ほら、こんな風に」

 と言って、私の左手の甲に触った。

 蚊に刺されたように痒くならない、指に針を刺してしまったようにチクッともしない。

 彼女が言うように血を採られたかも分からないくらい、それは一瞬だった。


「気持ちが固まったら、連絡ちょうだい」

 謎めいた彼女は、私のスマホに勝手に彼女のLINEのアカウントを登録して去っていった。


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